前世でマウントを取り続けた同僚に復讐を
「……お前は……」
チュラス冒険者ギルドの応接室。
その男の顔を見た瞬間、俺の中でなにかがはじけ飛んだ。
喉が焼け付くような怒り。拳が勝手に震える。
かつて、前世で『クソ係長、お前ってホント使えねぇよなぁ』と毎日マウントを取り続けてきたあの男――――。
「田永……!」
スーツこそ着ていないが容姿は前世とまったく同じだった。
どうやら“転生”ではなく“転移”の口らしい。
「お、やっぱり村上さんじゃないっすか。なっつかしいなあ。最近こっちのギルドに移ってきたんすけどなんか村上さんっぽいなって思ってたらやっぱそうなんすね」
にやけた顔で近づいてくる田永。
その顔に悪意のフィルターが重なって見える。
「まさかこんなところで再会するとは思わなかったですよ。俺が転移したから他の連中もこっちに来てると思ってたけど――――顔変わりました?」
「転生したからな――――というかお前なんでこのギルドに……」
「そりゃあ、俺のスキル《強奪》が優秀だったおかげでここのギルドに幹部として赴任にすることになったんですよ。今はかなりの上位職にいるんですわ」
スキル《強奪》。このスキルはバロックこと大仲も持っていたもの。
他人のスキルや装備、資産を一時的に奪い取る異能。
確かに強いが、それは“悪用”されると最悪のスキルだった。
「村上さん、おっさん顔になりましたねぇ。……いや、もともと冴えなかったか」
くっくっくと笑いながら、わざとらしく俺を下から見上げる田永。
この男は前世からなにも変わっていない。
上司を小馬鹿にし、部下を踏みつけ、自分の出世のことしか考えていなかった。
「お前も……転生してたのか。しかも前と同じようなやり方で人を踏み台にして」
「違いますよ。俺は“転移”なんですよ。言いましたよね? いいっすか。俺は死んでないんすよ。……たぶん、事故の直前に転移させられたんでしょうね。いやぁ、運がよかった」
心底うれしそうに語るその顔に、俺は吐き気が込み上げてきた。
「で、村上さん……あんた、なんのスキル持ってるんですか? 《徳政令》ってやつらしいですけど。大したことないですよね?」
こいつは能力値は高いがロクに下調べもしないやる気なさが特徴的であった。
だから前世で営業に向かおうとするこいつを引き留めて営業先の情報をまとめた資料を渡したりしてフォローしたりしていた。
『あざーす。やっぱ村上さんは神だわ』
一ミリも感謝していないあの表情が思い出される。
「大したことないか……だったら、お前が試してみろよ」
「お言葉に甘えて――――《強奪》発動!」
その瞬間、空間に走る不穏な振動。
田永のスキルが俺に伸び、俺の《徳政令》を無理やり引き抜こうとしてくる。
だが――――。
「……ん?」
田永の顔が歪む。力の通り道が逆流した。
「おい、なんだ……!? う、動かねえ!?」
「《徳政令》――――発動」
すると『脳内で《再契約》を自動発動させますか?』との声が響き渡る。
なるほど。
スキルを奪われそうになったら自動で発動してその防御を行ううえに、許可を出せば逆に相手のスキルを奪うことができるようだ。
『お願いする』
その心の声とともに田永のスキルは“俺のもの”になった。
《強奪》が俺のスキルに再構築されたのだ。
「うわあああああああああ!」
田永はその場に崩れ落ちる。
「な、なんだよ……なんで俺のスキルが……!」
「簡単な話だ。お前は俺のスキルを奪おうとした。だが、《再契約》には自動反応がある。奪われそうになったら、逆に奪い取る。それがこのスキルの本質だ」
「……う、嘘だろ……!」
「それにしても――――相変わらず、無様だな。田永」
地面に這いつくばりながら、かつての部下にスキルを奪われ、土下座する姿。
どこまでも、哀れで、滑稽で、情けない。
「返せよ……俺のスキル……! 返してくれよ、頼む……! な、なんでそんな性根が腐ったいじめをするんだ! 小学生かよ!」
「お前が俺にしてきたことをそのまま返しただけだ。ほら、お前は俺の成果を横取りしていただろ」
「あ、謝るからさ――――だ、だからスキルを返してくれ」
「無理だ。再契約されたスキルは元には戻らない。お前の“スキル”は、もうゼロだ」
ギルドの職員たちが騒ぎ、上層部が慌てて駆け寄ってくる。
――――だが、もう遅い。
「田永、お前はもう冒険者でも、幹部でもない。平民以下だ」
「うわあああああああ!」
田永の泣き叫ぶ声が俺の心を静かに満たしていく。
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「ガクさん……」
ギルドの中庭でセラが俺に紅茶を差し出す。
その瞳には少しだけ、不安そうな色が混ざっていた。
「さっきの人……ガクさんの前世での知り合い、ですよね?」
「ああ、そうだ。田永って言ってな……最悪の同僚だった。覚えてるか?」
「わたしは絡みがなかったのでなんとも――――思い出すの辛くないですか?」
俺はセラの優しい声にふっと微笑む。
「いや。むしろ、これで前世の因縁を1つ切ることができた。それだけでも収穫だ」
「ガクさん……」
「でも、これで確信したよ」
俺は静かに言った。
「前世で働いていた会社の人間たち……全員、この世界に転生か転移してる。もしかしたらあの飛行機に乗っていた人間全員をこの世界に雑に放り込んだのかもしれない」
「え……!」
「しかも、偶然じゃない。明らかに“意図的に”」
「どうしてそんなことを……?」
「わからない。でも、少なくともこの世界における“契約”のシステム……その構造とあの会社のブラック体質は似すぎてる」
社員は全て“スキル”という形で個性を与えられ、契約という名の呪縛に縛られながら働かされる世界。
「地獄だよ、ここは。ブラック企業が拡張された異世界の縮図さ」
セラの目が潤む。
「でも……ガクさんはその地獄を変えようとしてる。わたしは信じてます」
その言葉が俺の中に力を与える。
「ありがとう、セラ」
静かに、でも確かに、俺は決意する。
この力を使い、俺は変える。
前世で苦しみ、今も搾取されている人々の人生を。
そして、かつて俺を地獄に叩き落とした“すべて”に、引導を渡してやる――――。