チートスキルがさらにチートに⁉
静かな夜だった。
チュラスの郊外にある宿の一室で、俺――ガク・グレンフォードはひとりベッドに腰掛けていた。
真面目で勤勉な聖女のセラ。
仕事をしているのか怪しい騎士団長のアリシア。
そして、とにかくかわいいグレイはそれぞれ隣の部屋で眠っている。
こんなに可愛い女の子たちと旅をしているというのに俺はなにをしているのか。
「……また来たなこの感覚」
身体の奥から湧き上がる、熱と衝動。
スキル《徳政令》が俺を呼び出している――――いや、正確にはスキルを通じて女神が俺を呼び出している。
額に汗が滲む。
「女神さま……また、お前か?」
脳裏に響くのは、あの慈悲深い声だった。
『あなたは理不尽な契約を断ち切る者。ですが、今後はそれだけでは足りません。』
『あなたにはスキルの拡張版『再契約』をぜひとも使用してみてください』
『非常に強力な権能ですが、聖女セラのおかげで代償なく使えると思います』
思考の中で淡い光が爆ぜる。
『拡張スキル《再契約》――――それは、既に誰かと結ばれた契約を、あなた自身のものへと再定義する力です』
「契約を……俺のものに?」
それはつまり――――。
「スキルの奪取が可能になる力であることはわかっている。だからこそ慎重に使いたい」
ぞわりと背筋が震える。
この力はまさにチートを超えた“反則級”の力だ。
強欲な権力者どもが自分に都合のいい契約で民を縛るこの世界。
奴らの支配の根源である『契約』そのものを破壊し、自分のものとすることができる。
「だが、やるべきときにはやるさ……!」
俺は震える拳を握り締めた。
確かに俺の持つスキルは契約相手に対して圧倒的効力を持つ。
だが、契約とかが絡んでいない暴力に対しては無力だ。
よくないことだが他の人間からスキルを奪い、自衛の手段にするのも1つの選択肢として考えるべきだろう。
――――ちょうどそのときだった。
宿の外から、ドタドタと騒がしい足音が近づいてくる。
「おいおい、今度はなんだよ……?」
部屋の扉が乱暴に叩かれた。
「ガクさん。大変よ!」
叫び声の主はアリシアだった。
「町の外れで盗賊団が出たって!」
「盗賊……? このタイミングでか」
「行くわよ!」
俺はすぐに立ち上がり、上着を羽織る。
なにかが起こる――――そう直感した。
もしかしたら、この新たなスキルの初陣かもしれない。
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「……ヒャッハー! 金目のモン全部出せぇええ!」
「キャアアアア!」
チュラスの南側、郊外の農村地帯は燃え盛る炎と盗賊たちの雄叫びで包まれていた。
俺たちは最速で現場に駆けつけた。
「騎士団長のアリシアよ!」
アリシアが剣を抜き、先陣を切る。
「食らいなさい『剣聖の一閃』!」
その一撃で最前列にいた盗賊2人が吹き飛んだ。
「おい、あの美人。確か、騎士団の団長だぞ!」
「クソっ、話が違うって!」
「なんで王都の騎士団長がここに来てるんだよ!」
「卑怯だろ!」
盗賊たちは動揺しながらも後方の男に視線を向けた。
「隊長! どうしますか!」
「ビビるな! 俺がやる! 俺にはスキル《業炎刃》があるんだ!」
炎を纏った巨大な剣を振りかざすその男に俺は目を細めた。
「来たな……こいつだ」
盗賊団のリーダー――――そして、俺の新たなスキルの実験台だ。
「ガクさん、危ないですよ!」
セラが叫ぶが俺は静かに前に出る。
「……おい、テメェ。派手にやってくれたな?」
「おお? なんだお前は。変なおっさんが……」
「ええぃ! やられる前にやってやるか――――スキル《徳政令》、発動」
俺は低く呟き、スキルを発動した。
その瞬間、盗賊の剣が鈍く震え、炎が掻き消えた。
「なっ……俺のスキルが……消えた……!?」
驚愕する盗賊に俺はさらに一歩近づく。
「――――そして、《再契約》、発動」
視界が光に包まれ、俺の中に何かが流れ込む。
熱い。強い。そして、圧倒的な力だ。
盗賊の《業炎刃》が俺のスキルとして再定義された。
「な、なんだと……!?」
盗賊は膝をつく。
力を失った男に、もう抵抗するすべはない。
「これが《再契約》……奪われたくなければ契約に頼るなってこった」
俺は踵を返し、仲間たちの方へと戻る。
「すごい……!」
「お兄ちゃん、光ってたよ!」
「本当にそのスキルすごいですね……」
皆の驚いた顔を見て、俺は少しだけ照れながら頷く。
「ま、少しは頼りになるおっさんってとこだな」
笑いながら、俺は自分の手のひらを見つめた。
この力は確かに“女神からの贈り物”だ。
だが同時に使い方を誤ればこの世界そのものを壊してしまう。
「やっぱり、気を引き締めていくしかねぇな」
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その翌日チュラスの冒険者ギルドに呼び出された。
「噂には聞いておりましたが、さすがです!」
「これからもこのチュラスの冒険者ギルドで依頼を受けてほしいです!」
「あー、まー、時間があればできる限り働くことにするよ」
そんな感じで昨日の事件の報告と感謝を受けた。
――――だが、そこで思いもよらない再会が待っていたのだった。
「……久しぶりですね、係長」
その声を聞いた瞬間、俺の背筋が凍った。
「……お前は……」
目の前に立っていたのは、間違いなくあの男。
前世で俺を見下し続けた、あの営業部のエース――――。