奴隷契約を解除して、少女を助ける
俺の名は――――ガク・グレンフォード。
いや、正確には村上岳。
かつて日本という国でただのしがない中間管理職として生きていた男だった……。
――――そして、今。
俺は異世界に転生し、38歳にしてようやく――――最強のスキルを手に入れた。
30を過ぎてからはもうスキルの発現なんてない。
普通なら20代までにスキルが芽生えるこの世界において俺は遅咲きもいいところだった。
「《徳政令》か……」
このスキルの説明が頭に響く。
《徳政令》――それはあらゆる契約、債務、誓約を強制的に“無効化”するスキル。
対象は金銭契約、奴隷契約、命の契約、雇用契約、魔族契約、婚姻契約、スキル契約など、全契約。
使用回数は制限なし。使用対象の“契約強度”に応じて疲労が蓄積する。
「まるで……俺の人生のために存在していたようなスキルだな……」
友人の借金を肩代わりにする契約やギルドの地獄のような雇用契約。
他にも多くの契約が俺を蝕んできた。
「だがもう終わりだ。そういう時代はな……」
立ち上がった俺はまず試すことにした。
この《徳政令》というスキルの本当の“意味”を。
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――――翌日。
俺は街の片隅、スラム街に足を運んでいた。
ギルドも失った今の俺に、寝る場所も仕事もない。
だが、逆に言えば……なんでもできる無敵に存在だ。
「ん……? あれは……」
小さな声が耳に入った。
「やめてくださいっ! 痛いっ!」
そこには、薄汚れた服を着た少女が横暴な男たちに引きずられていく場面があった。
年齢は10歳前後だろうか。
銀色の髪に紫の目。
痩せた身体だが、その眼だけは力強く輝いていた。
「売り飛ばすなら今がいい! こんなガキでも、珍しい髪色ってだけで高く売れるぞ!」
「ギャアアアア……や、やめて……!」
俺は無意識に、その場に飛び出していた。
「おい、離せ!」
「なんだてめえ……って、ああ? スラムのクソおっさんかよ! 死ねよ」
「よく見ろ。ギルドから追放された無能だ。ギャハハハハ」
鼻で笑う連中を見て、かつての職場の連中を思い出した。
俺を無能扱いし、道具として扱い、捨てた連中だ。
「――――《徳政令》、発動」
使えるかどうかはわからない。
なんせ初めてのスキル発動なんだ。
一か八かの覚悟でスキルを発動させる。
俺の声が空間を切り裂くように響いた。
――――次の瞬間。
「――うっ、あ、あれっ……⁉ 腕が……⁉」
少女に巻かれていた奴隷の刻印が光を放ち、煙のようにかき消えていく。
「な、なんだと……⁉ 奴隷契約が……消えた……だと……⁉」
俺の前にいた男たちは目を剥き、震えながら後ずさる。
「テメェ……いったい何者だ……!」
「ただの『スキル無しの無能なおっさん』だよ――――少なくともさっきまではな」
俺は少女の前にひざまずき、手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「あ、うん……」
少女は、俺の顔をじっと見つめたあと、突然、俺に飛びついてきた。
「ありがとう! 神さまみたいだった!」
――――ああ。
こんな俺のことを『神』と言って感謝してくれる人がいた。
それだけで、もう……十分だった。
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少女の名前はグレイ。
元奴隷で家族もなく、ただ売られるだけの存在だったらしい。
「お兄ちゃんはすごいスキルを持ってるんだね!」
こんなおじさんを『お兄ちゃん』と呼んでくれるグレイ。
なんだか気恥ずかしいところもあるけど嫌じゃない。
「ああ、そうかもしれんな。けど、これでどうにか生きていけそうだ」
「じゃあ、あたしもついていく!」
「――――は?」
ついてくる?
「だって、お兄ちゃん、かっこよかったもん! 助けてくれたし!」
「そ、そうか……」
まさかこの年になって、女の子に『かっこいい』と言われるとは思ってなかった。
いや、前世でも一度もなかったぞ。たぶん。
完全に前世の記憶があるわけじゃないけど、頭の中に流れてきた記憶の範囲内では『かっこいい』なんて言われたことはなかったはずだ。
――――この世界は案外悪くはないのかもな。
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その夜、俺は借金の取り立てにきた高利貸しと対峙していた。
以前ギルドで働いていた仲間の借金を肩代わりしたのだが許しがたいことにヤツはどこかに逃げてしまった。
なので薄給で返済地獄に陥っていたのだが……それも今日で終わりだ。
「テメェ、返済期限は今日だって言ったよな? 1000ルクに、利息100ルク。つまり1100ルク。持ってんだろ?」
「いや、持ってない……というか、お前らの契約自体が――――無効だ」
「……ああん? 意味わかんねぇこと言うなよ!」
「――――《徳政令》、発動」
またしてもスキルが空間を揺らした。
「う……⁉ え、え? な、なにが……⁉ 契約が、消えた……⁉」
契約書は燃え尽き、借金の帳簿も消失。
目の前の高利貸しが狼狽している間に俺は財布から小銭を数枚取り出して見せる。
「これは『好意』としてのチップだ。感謝しろよ」
「クッソ……! 煽りやがって。な、なんなんだよお前はあああああ!」
俺はグレイを抱えながら、その場を去った。
「お兄ちゃん……すごいね! ほんとに、神さまみたい!」
「やめろ、照れるだろ」
「えへへー! でも、かっこよかった!」
――――マジでこの世界にこのスキル。
最高かもしれない……。
その日から――俺の人生は劇的に変わった。
まず最初に向かったのはスラム街の外れにある広場だ。
ここでは、借金に苦しむ商人や労働者が違法すれすれの『契約』を結ばされていた。
「……お願いだ、少し待ってくれ! 子どもが病気なんだ! た、頼むよ!」
「関係ねぇ。期日を過ぎたんだ。誓約に従い、今すぐこの家を差し押さえる!」
泣き叫ぶ父親、震える母親、咳き込む赤ん坊。
ああ……見覚えがある。この構図。
前世の俺と……同じだ。
強者が弱者をいたぶる光景だ。
「……もうやめにしようぜ、そういうの」
俺は歩み出て、スキルを構えた。
「《徳政令》、発動」
「なんだテメ――――ぐっ、うあっ⁉ 契約が消えただと……⁉」
驚き、慌てる取り立て人。
契約書が勝手に燃え、彼の懐の証文が風に吹かれて散っていく。
「そ、そんな馬鹿な……! 誓約魔法の力が無効に……?」
周囲にいた人々が俺を見る。
「……今、なにをしたのですか?」
「ただの“帳消し”だ。俺のスキルの名前は《徳政令》――――悪魔的な契約は全部無効にできる」
しばらくして、最初に泣いていた父親が震える手で俺に手を差し伸べた。
「ありがとうございます……! あなたは……救世主だ……!」
「違う。俺はただ借金と契約の地獄をぶっ壊すだけのただのおっさんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
この瞬間から噂が広がり始める。
――――スラムの救世主《徳政様》が現れた、と。
今日中に何話か追加で連続投稿する予定です!
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