聖女セラとの再会
王都から南に位置する都市チュラスの市場は今日も多くの人で賑わっていた。
果物を並べた露店、香辛料の香りを漂わせる屋台、獣皮を売る旅商人――――異国の文化が入り乱れているその市場には異世界らしい活気と混沌が同居している。
そんな喧噪の中で俺は少女たち――――騎士団長のアリシアと元奴隷のグレイに囲まれながら、手作りのパンをほおばっていた。
「やっぱり、ここのパンは最高だな……」
そう口にすると、グレイが満面の笑みでうなずいた。
「お兄ちゃん、今日は穏やかな顔してるね!」
「ガクさん、最近はどんどん表情が柔らかくなってるわ。前はもっと、こう……苦悩してる感じだったのに」
「そりゃまあ、追放されたばかりの頃に比べりゃ――――」
遠い目をして呟いた俺はふと目を上げる。
そして、視線の先に――――。
あの子がいた。
艶やかな青髪、赤い瞳。
凛とした雰囲気をまといながらも、どこか儚げな立ち姿。
銀の聖衣を身にまとい、神々しいほどの清廉さを漂わせた少女。
「……セラなのか?」
その声が自分の口から漏れ出た瞬間、彼女がこちらに気づいた。
「――――!」
彼女の瞳が大きく見開かれ、その赤が潤み始める。
「ガクさん……! やっと……見つけました……!」
そう言ってセラは駆け出した。
市場の人波をかき分けながら、真っ直ぐにまるで奇跡のように、俺の胸元に飛び込んできた。
「――――なっ。ちょっあ……あんた!」
「……セラ……なのか?」
「はい……! わたしです……セラ・ミストリアです……」
セラはギルドで受付嬢をしていた。
そして、俺が追放された時に唯一見送りにきてくれた子だった。
――――それだけじゃない。
俺は前世の記憶を思い出す。
俺以外にもあのブラック企業の社員はこの異世界に転生したり転移したりしている。
バロックこと大仲博がいい例だ。
そして、前世で俺のことを唯一慕ってくれた自信なさげな少女の『世羅』もまた転生しているようなのだ。
――――目の前の『セラ』に。
「その……セラ。変なことを聞くが――――」
再会してすぐに聞くことじゃないことはわかっている。
でも、どうしても確かめてみたかった。
「村上岳という名前に聞き覚えはないか? じ、実は俺のことなんだが――――」
うわっ……仮に世羅がセラじゃなかったらどうしよう。
痛いヤツに見られてしまうのだろうか。
「む、村上さん……も、もしかしてガクさんって岳さんなんですか⁉」
瞼に涙を溜めながらもぱっと笑顔を見せるセラ。
「ああ……覚えていてくれたんだな!」
「お、覚えています――――あ、あの……わ、わたしには前世の記憶があってそれで――――」
「俺も同じだ。セラ。つい最近前世の記憶が頭に流れてきた」
「ガクさん――――」
俺の胸元で彼女の震える声がこだまする。
懐かしい声。
前世でただ1人、俺の価値を理解してくれていた存在。
俺は彼女の頭をそっと撫でた。
「……ああ……お前、生きていたのか。よかった」
「生きていました……! 転生してからずっと、探していたんです。ずっと……! わたしが転生したんだからもしかしたらガクさんもって――――」
周囲の喧噪が嘘のように静まり返っていた。
露店の商人たちも、行き交う市民たちも、俺たちの姿に目を奪われていた。
「あの聖女さまが……男の胸で泣いている……?」
「まさか、あの男は聖女の恋人……?」
「おっさん何者だよ……?」
「徳政さまじゃね?」
――――聖女セラ・ミストリア。その名は王都では知らぬ者がいない。
癒しの女神に最も近いとされる少女。
彼女は俺がギルドを追放されたタイミングで《聖女》のスキルに目覚め、王都に招聘された。
その彼女が街角でおっさんに抱きつき、涙を流している。
俺はなんともいえない空気に包まれながら、彼女の肩に手を置いた。
「セラ、お前……転生した直後から記憶があったのか?」
「……はい。墜落した飛行機の中でガクさんに助けられたあの瞬間をずっと覚えていました」
――――記憶が、よみがえる。
飛行機の機内。
乗客たちの絶叫。
火花。
煙。
俺自身も絶望の中にいた。
それでも、隣にいた女の子――――セラを落ち着かせようと、手を握った。
『大丈夫だ。俺が、必ずお前を守る』
あの言葉が少しでも彼女を支えていたのかもしれない……と考えるのは傲慢だろうか。
「だから……わたし、女神さまに祈ったんです。どうか、あの人ともう一度巡り会わせてくださいって……!」
「セラ……」
セラの目から溢れる涙はまるで神の祝福のように純粋だった。
アリシアとグレイは遠巻きに見つめていた。
特にアリシアは、無言のまま立ち尽くしている。
だがその瞳は――少し、悔しそうだった。
「……ガクさん。その聖女セラとまさかまさかの……前世の知り合いだったの?」
「ああ。唯一、俺のことを信じてくれていた。地味だけど、真面目で……誰よりも優しかった子だよ」
「そ、そうなんだ……」
アリシアのトーンが、わずかに下がる。
そして、グレイがぴょんと跳ねてセラの手を取った。
「セラちゃんって、お兄ちゃんのことが好きなんだねー! あたしもだよー! 一緒にお兄ちゃんを守ろうねー!」
「あっ、は、はいっ……!」
顔を真っ赤にするセラ。
その姿に周囲から歓声が上がった。
「うおおおおお! 聖女さまが……完全に惚れてやがる……!」
「おっさんのくせに……なんで……なんで俺じゃないんだよ……!」
「……許せねえ……!」
市場の男たちの絶望と嫉妬の声が地面を揺らすほどに響き渡った。
――――だが俺は。
心の奥で確かに感じていた。
この再会は偶然なんかじゃない。
必然だった。
そして、俺の人生は今、確実に“報われる”段階へと進んでいる。
セラがそんな俺を見上げて言った。
「ガクさん。わたし、あなたの力をもっと強くできるかもしれません」
「……なんだと?」
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