嫌われていたおっさん、やたらとモテ始める
――――事件から数日が経過した。
俺ことガク・グレンフォードは未だにアグノスの下町にある宿の一室で元奴隷の少女グレイと共に慎ましい生活をしている。
そろそろグレイの教育的にもこんな貧相な場所に居続けるのもどうかと思うから引っ越しをしたいところだが……。
「お兄ちゃん、今日のご飯は干し肉とスープだよ! 奮発したからね!」
元奴隷の少女グレイはあれからずっと俺と一緒にいる。
朝も昼も夜もまるで本物の兄妹みたいに。
宿の女将も最初は俺のことを警戒していたが、近頃はやたらと親切だ。
「ガクさま、今日もあの子と仲睦まじくて……まるでご家族のようですねえ。ふふ……」
まあ、悪い気はしない。というか、むしろ心地よい。
だが、この「平和な生活」も、突然に賑やかなものへと変貌を遂げた。
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その日の朝、宿の入り口がバンッと開かれた。
「ガクさーん! いるーっ!?」
その声の主は、金髪碧眼の美少女――騎士団長、アリシア・フェンデルだった。
見れば彼女は真っ白な騎士服に身を包み、馬車から下りたばかりのようだった。
街中の視線を一身に集めながら、俺の宿へと駆け込んできた。
「ああもう……なんで毎日来るんだよ……」
「だって心配なのよ! この街、まだギルドの残党がいるんでしょ? だったら、あたしが守らなきゃ!」
「残党って。盗賊みたいに言うなよ――――ていうか別に襲われる予定もないし……」
「予定なんて関係ないのよ――――それにあたしがいない間に他の女がガクさんを取っちゃうかもしれないし」
「そんなことは絶対にありえない」
はぁ……若いっていいよね。
無鉄砲な行動も取れるんだから。
「お兄ちゃん、モテモテだね!」
そうグレイが笑った。
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昼前になると今度は別の訪問者が来た。
宿の前に地味目の服を着た女性が立っていた。
だが、その瞳は美しく、どこか物憂げで――――妙に色っぽい。
「あの、ガクさま……おられますでしょうか……」
見覚えがある。
数日前、俺が助けたあの少女の母親――未亡人の女性だった。
「おかげで……あの子は元気になりました。本当に、ありがとうございました」
彼女はそう言って、手作りの焼き菓子を差し出してくる。
「よければ、これ……お納めください」
……なんか、すごく恥ずかしいぞ。
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午後になると、信じられないことが起きた。
以前、俺のことを『キモい』とか『不潔』とか言っていた商人ギルドの美人受付嬢が――――泣きながら土下座しに来たのだ。
「す、すみませんでしたあああああ!」
「お、おい、なにしてんだ……!」
「わ、わたしの弟が! ガクさまに救っていただいたんです……。だから、あの時のことを……本当に、心の底から謝りたくて!」
その表情は本物の後悔と、感謝に満ちていた。
「どうか、どうか、お許しを……!」
「い、いや、もういいから顔を上げろ……」
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その日以降、俺の宿には毎日のように差し入れが届くようになった。
パン、スープ、果物、干し肉、焼き菓子、布、薬草、時には手紙――――。
中には『お見合いを希望します』、『お嫁にもらってください』などという過激な文面まで含まれていた。
「お兄ちゃん、モテモテすぎて、グレイびっくりだよ!」
「いやいや、なんでこんなことになってるんだよ……」
「きっと、神さまがご褒美をくれたんだよ! 神さまが神さまにご褒美だね!」
たしかに、今の俺は契約破棄スキル《徳政令》によって民衆から“救世主”として知られる存在になっていた。だが、それにしても――――。
これはちょっと異常じゃないか?