アリシアとのデート 後編
アリシアの手は冷たくも温かく――それは矛盾するようだが、本当にそう感じた。
彼女が抱えているプレッシャーの重さは俺が思っていた以上なのかもしれない。
「……アリシア」
「ん?」
「お前は強いよ」
「ふふっ……そうかな?」
「騎士団長としても立派だし、こうして弱いところもちゃんと吐き出せる。だから俺なんかよりよっぽど立派だ」
「違うわ」
アリシアは顔をあげ、俺を真っ直ぐに見つめてくる。
「あたしは強くない。強くなろうと頑張ってきただけ。でも――あたしが本当に“強くなれた”と思えたのは、ガクさんがいたからなの」
「……」
「ガクさんが昔、あたしを拾ってくれた日。あの手があたしのすべてを変えたの。あたしは、あの時からずっと――」
言いかけて、アリシアは照れくさそうに口をつぐんだ。
「……なんでもないっ!」
頬を赤らめながら、アリシアは話題を変えるように急に立ち上がる。
「よし、次はアンティーク屋さんに行くわよ! ガクさんに似合いそうな、いい服を見つけてあげるから!」
「えっ? 俺にか?」
「当然よ! 今日はデートなんだから、“彼氏”をかっこよくしてあげるのも彼女の役目でしょ?」
おいおい、それはさすがに恥ずかしいぞ――――
と、言いかけたが、口からは出なかった。
なぜなら、アリシアの笑顔がまるで少女のように無垢で、どこか幸せそうだったからだ。
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「どう? ガクさん」
アリシアが選んだのは、黒を基調としたロングコートとシャツ、そして上質な革靴。
鏡に映る俺は――うん、確かに少しは“イイ男”っぽく見える気がする。
「似合ってるじゃない! やっぱりあたしの見る目は正しいのよ!」
「アリシア、よくそんなに褒め言葉が自然に出るな……」
「事実を言ってるだけだもん!」
あまりの饒舌さに、逆に照れる俺。
だが、そのときアリシアがふと真剣な顔になった。
「……ガクさんはいつかどこかに行ってしまうんじゃないかって、時々不安になるの」
「は?」
「だって、最近のガクさんっていろんな人から頼られてるでしょ? ギルドも騎士団も貴族たちも……。世界を変える力を持ってる人って、きっと1人で遠くへ行っちゃうんだろうなって、思っちゃうの」
「アリシア……」
「だから、あたしは今日みたいな日をいっぱい思い出にしたい。そうすれば、もし離れ離れになっても、寂しくないように……」
言葉が止まった。
代わりに、視線だけが俺を見つめてくる。
俺はゆっくりと、彼女の肩に手を置いた。
「グレイにも言ったが……簡単にどっか行ったりしねぇよ」
この子もきっと不安を抱えている。グレイと同じように。
だから安心させなきゃいけない。
俺が一回りも、二回りも大人である限り、彼女を守らなきゃいけない。
「……うん」
「お前がここにいてくれる限り、俺もそばにいる」
「ほんと?」
「ああ、約束する」
「じゃあ、指切りね」
「子どもか、お前は」
まぁ、子どもだよな。
「いいの。今日は恋人ごっこなんだから」
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そんなこんなで荷物は山盛り。
財布はすっからかん。
明日からの生活はどうすんのかねーと思ってしまう展開。
けれど、それ以上に心は妙に軽かった。
帰り道、アリシアがぽつりと言う。
「今日、一番よかったのは――――」
「ん?」
「ガクさんと過ごせた“時間”かもしれない」
そんなこと言われたら……お前、反則だろ。
だが俺もそっと笑って言った。
「……俺もだよ」
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こうしてアリシアとの“爆買いデート”は幕を下ろした。
きっとこの日も俺の心に深く刻まれる思い出になる。
……そして、それはこの先、どんな苦難に見舞われても、俺を支えてくれる“力”になるのだろう。