アリシアとのデート 前編
グレイと一緒に甘いものを食べまくった日から数日が経ったころだ――――。
ようやく落ち着いた生活のリズムを取り戻しつつある中、俺は朝から騒がしい声に起こされた。
「ガクさーん! 今日、お休みよね!?」
「ああ、もう! いつもいつも扉をガンガン叩くよな!」
扉を叩きながら叫ぶのは金髪碧眼の美少女、アリシア・フェンデル。
騎士団長であり、俺が十年以上前に拾って育てた娘のような存在……だったはずだ。
今では年頃の少女として美しく成長し、王国騎士団で団長の座についている化け物みたいな実力者だが、俺の前では昔と変わらず人懐っこく、無邪気な笑顔を浮かべてくる。
「休みって……まあ、確かに今日は特に依頼もねぇけど……」
「じゃあ、デートよ! デート!」
「……は?」
「デ・ー・ト!」
「は? は?」
言葉の意味がわからず、俺は寝癖のついた頭をかきむしる。
「……お前な。いきなりなんだよ」
「いつもグレイと一緒にいてズルいのよ! だから今日はあたしと2人きり! 文句あるなら、力づくで連れ出すわよ?」
「それが天下の騎士団長さまのやることなのかよ」
「あたしは騎士団長である前に1人の女の子なのよ。わかったら早く支度して。ほら早く!」
「ぐ、グレイは……?」
「副騎士団長に任せたらいいわ!」
副騎士団長って一応、王国で2番目に強い騎士だよな……。
そんなベビーシッターみたいな扱いって大丈夫なのか。
「子守も大切な国民を守る騎士団の役目だと思います。わたしはその役目を果たします」
いかにも堅物そうな黒髪の副団長さまがそう言う。
彼女の目には一点の曇りもなく、ネタではなく本気でベビーシッターを引き受けるとのこと。
「……ううっ。なんかすみません」
「いいえ。いつものことですから」
この調子だと普段からアリシアに振り回されているな。
申し訳ございません。うちの娘が迷惑をかけて……。
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彼女がデート先に選んだのは市場だった。
どうやら休日はほぼどこかの市場に出没するとのことらしく、アリシアのファンクラブ的なグループでは有名な話らしい。
いや、ファンクラブってなんだよ……。
「あたしもいろいろ頑張ってるから支援者の方が増えているのよ」
ああ。ファンクラブってガチのファンクラブじゃなくて、ちゃんとした仕事をしている人たちね。
「貧民街で食料を配ったり、商人の馬車を護送したりできているのもその人たちのおかげよ。国から下りる予算だけじゃ厳しいのよ」
「あの護衛って支援者の人たちのおかげだったのか。そりゃ支援者様様だな。あ、もちろんアリシアにも感謝してる。俺たち貧弱な商人は魔物に襲われただけですぐに死んでしまうからな」
「なに言ってんのよ。ガクさん、別にスキルとかなくても普通に魔物と戦えるでしょ――――あ、見えたわよ」
アリシアが指さす方に目線を向ける。
「うわー……ここ、初めて来たかも」
「ガクさん! あたしのセンスを信じて今日はとことん付き合ってもらうわよ!」
なぜか市場の入口で拳を掲げるアリシア。
周囲の男たちの目が釘付けになっていた。
そりゃそうだ。
金髪碧眼、整った顔立ちに身体のラインがはっきりわかるような軽装の騎士服。
目立たないわけがない。
しかも、目を輝かせて俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「お、おい!」
「デートってこういうものでしょう? 前に騎士団の後輩が言ってたわ。好きな人の腕にこうやって……って!」
あいつ……天然でやってるのか?
……否、あのニヤニヤ顔は絶対わざとだ。
「うーん! このスイーツ屋さん、全部おいしそうだわ!」
「だからって、そんなに一度に買うな! 財布が死ぬ!」
「大丈夫よ。いざとなったら自腹切るから」
「それはそれでなんか嫌だな……」
俺の制止も空しくアリシアの爆買いは止まらない。
菓子、果物、香辛料、さらには珍しい織物に小物類……あっという間に荷物持ちが俺の役目になっていた。
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「はい、あーん」
「……お前、本気か?」
「当然でしょ?」
通りの片隅、ひと休みしながらアリシアが俺の口にドライフルーツを突っ込もうとしてくる。
こんな美女にあーんされるなんて、読者サービスかよ。
「ほら、恥ずかしがってるの? 昔はもっと無防備だったくせに……。ガクさんってば、ほんと可愛いとこあるんだから」
「やめろ。俺のイメージが崩れる……」
しかし、なんだかんだで悪い気はしない。
アリシアは昔と変わらず、俺の価値をちゃんと見てくれる数少ない存在だ。
「ねぇ……」
ふいにアリシアが声を潜めた。
「あたしさ、ほんとは怖かったの」
「……なにが?」
「騎士団長になって、いろんなものが見えた。貴族社会の腐敗、表裏ある人間関係、そして“役に立つスキル”を持たない者への差別……。あたしも、《剣聖》のスキルがなかったら、ここまで来れなかったってわかってる。だから……」
その言葉の先を、アリシアは続けない。
代わりに、俺の手をそっと握ってきた。
「……ガクさんがいてくれて、本当によかった」