グレイとのデート 後編
「お兄ちゃん、お兄ちゃん! 見て、見て! チョコレートの滝だよっ!」
「滝って……お前、比喩が大げさすぎるだろ」
俺は少し呆れながらも、グレイの指さす方向を見た。
そこには溶かしたチョコレートが壺から豪快に溢れ出し、串刺しの果物やパンをくぐらせて食べるという、新手の甘味屋台があった。
なるほど、確かにチョコの流れが滝のように見える。
最近の屋台はすごいな……。
前世の記憶でも、こういうのはなかったぞ。
あ、いや……前世の俺はイケてないおっさんだったからそもそもスイーツなんて食べに行ってないんだわ。
「いらっしゃい! お兄さんと妹さんで仲良くどうぞ!」
屋台の店主は陽気な中年男で俺たちを見るなり笑顔を浮かべた。
「親子さんかな?」
「ちがうよー! お兄ちゃんとグレイは兄妹――――んー、でも違うのかな。お兄ちゃんはお兄ちゃんはだし。あ、でもお兄ちゃんは神さまだし」
「家族です。今日は家族サービスってことで一緒に回っているんです」
「おっ、兄ちゃんも大変だねー。ほらほら。まけとくから買っておいで」
「ありがとうございます」
「ありがと!」
俺はチョコフォンデュをくぐらせた苺を口に運びながら、改めてグレイを横目で見る。
彼女は小さな舌をぺろっと出しながら、今度はバナナにチョコをくぐらせていた。
「……なぁ、グレイ」
「なに?」
「こうやって甘いものを食べて、好きな場所に行けて、今……お前は幸せか?」
俺の問いかけに、グレイは一瞬動きを止めた。
「……うん。ううん、すっごく幸せ」
そして、小さくうなずいたあと、ぽつりと続けた。
「前はね、誰かと一緒に食べ物をわけ合ったことなんてなかった。食べる時は取り合いだったし、負けたら空腹で泣いてた。泣くしかなかった……」
「……」
「でも今は、お兄ちゃんがいて、アリシアお姉ちゃんもいて、街の人もいる。みんなで笑って、食べて、歩けて……ほんとに、ほんとに、夢みたいなんだよ」
そのとき、彼女の目に涙が浮かんでいることに気づいた。
「おい……泣くなよ。せっかくの甘味がしょっぱくなるぞ」
「うん……うん、ごめんね……」
俺はそっとグレイの頭を撫でた。
本当なら、10歳の子どもがこんなことを言う必要なんてないはずだった。
もっと無邪気に、無責任に『おかわりー!』と笑っている年齢なのに。
「……だったら、これからもっと幸せにしてやる」
「……!」
「もう二度と、泣くような思いはさせない。誰かに傷つけさせもしない」
俺のその言葉にグレイは目をぱちぱちとさせたあと、照れくさそうに笑った。
「うん! 約束だよ、お兄ちゃん!」
その笑顔は、まるで光のようにまっすぐで――――。
俺はその時、ふと、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
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「お兄ちゃん、最後はあそこ行きたい!」
グレイが指差した先には夜祭りでひときわ灯りが目立つ、木造の仮設小屋――小さな甘味処『月のしずく亭』があった。
「……あれって、確か夜だけ開く屋台だったか。前にセラが言ってた気がするな」
「うん! わたし、あそこ行きたかったの!」
グレイは俺の手をぎゅっと握り、足を小刻みに動かしてはしゃぐ。
どうやら、これまで巡ってきた店の中でも一番期待していた場所のようだ。
屋台に入ると、そこには年配の女将が一人、静かに佇んでいた。
「いらっしゃいませ。今宵の最後に心を落ち着ける甘味をどうぞ」
出されたのは和風風味の『月見団子』とほんのり温かい『蜜柚子茶』。
目新しいものではないが、どこかほっとする香りと味。
前世の俺はこういうのが好きだったんだろう。
記憶が反応する。
どんどん村上岳という男とガク・グレンフォードという男の境界線があいまいになる。
たぶん、知らないうちに混ざり合って2人の人間が1つになるんだろうな。
そんなことを考えていると――――。
「……ん~……しあわせ……」
団子をもっちりと口に運びながら、グレイがとろけた表情でつぶやく。
「甘いものはもう、しばらくいいかもな……」
と俺は笑いながら肩をすくめるが、心はどこか温かかった。
そして――ふいに、グレイが口を開いた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「……お兄ちゃんがね、もし誰かと結婚して、どこかに行っちゃっても……わたし、ちゃんと1人で頑張れるようになるから」
「は?」
「だから、それまでのあいだ……もうちょっとだけ、ずっと一緒にいてもいい?」
その言葉に一瞬、俺はなにも言えなくなった。
10歳の少女の精一杯の『覚悟』と『願い』がそこには込められていた。
しっかりしているな……。
前世の俺も、現世の俺も、10歳のころは鼻たらして遊ぶだけだったっけ?
両親は早く他界したとはいってもそれはどちらも10代のころの話だ。
俺の幼少期とグレイの幼少期はまったく違う。
彼女にとって別れとは、日常的なものだったのだろう。
この世界の奴隷の扱いは悲惨だ。
奴隷契約の効力があまりに強いために絶対服従が強制される。
そんな世界が彼女をたくましく育て上げた。
あまりに非情な現実だ。
「……バカ、なに言ってんだ。お前はもう俺の家族だ。どこに行くかも、なにをするかも、全部ちゃんと一緒だ!」
「……ほんと?」
「ほんとだ」
グレイの瞳が輝き、唇がわずかに震えたかと思うと、次の瞬間――――。
「……ん!」
彼女は両手でぎゅっと俺の腕に抱きついた。
子どものような純粋な行動。
でもそこには、はっきりとした情感が宿っていた。
「だいすき、お兄ちゃん!」
「……ったく、甘いのはもう十分だってのに……」
そう呟きながらも、俺の頬は自然と緩んでいた。
月明かりの下、甘味屋の灯が静かに揺れる。
その夜――俺とグレイの距離はまた少しだけ近づいたのだった。
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