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ただのおっさんが救世主に

「ギルド幹部・バロックに関してはすでに複数の市民から訴えがあり、我々でも調査を進めていた。だが、今こうして公衆の面前で違法契約の実態を暴いてくれたこと、深く感謝する」

「……そうか。ようやく、正義が動き出すんだな」


 俺の言葉に長官は深く頷き、群衆に向かって高らかに宣言した。


「ここに宣言する――バロック・ハンベルグ、および彼の共犯者数名を商人ギルド幹部の地位から正式に解任。市からも追放とする」

「「おおおおおおおっ!」」




 喝采が広場全体を包み込む。




 見ているかバロック――いや、大仲博。

この瞬間をどれだけ多くの市民が夢見ていたことか。




「やったぞ……!」

「俺たち、やっと自由になれたんだ……!」


 ギルド幹部の腐敗に苦しめられてきた市民たちは歓喜に打ち震えていた。


 その光景の中、俺は静かに佇んでいた。


 かつて、泥にまみれて地べたを這い回った自分が今はこうして人々に囲まれ、『ありがとう』と頭を下げられている。


 ――――どこか実感が湧かない。

それでも、胸の奥にこみ上げるものがあった。


「……俺も、誰かの役に立てるんだな」


 ぽつりとこぼした俺の声に傍らのアリシアがそっと寄り添う。


「ガクさんはずっと昔から誰かの役に立っていたわ」

「そうか……」


 言葉に詰まるガクを見て、アリシアは微笑む。

 その横で義妹のグレイが元気よく言った。


「お兄ちゃん、すごいね! まるで神さまみたい!」


 ガクは頭をかいて、照れ隠しのように苦笑した。


「だからやめろって、神さまとか……。俺はただの無職のおっさんだ」

「無職じゃないだよ! 英雄だよ!」


 グレイが満面の笑みで言い返す。

 周囲の市民たちも、それに同意するように頷き、また口々に賞賛を口にした。


「ガクさまのおかげで、私の借金も消えました」

「母が奴隷にされかけたのを助けてくださって……」


 俺は人々の声に圧倒されながらも、1つひとつにうなずき、答え続けた。




 ――――その姿は英雄に見えていたのだろうか。

 本当にそう見えているのならこんなにもうれしいことはない。




「クソっ……お前のせいで……お前のせいでぇえぇぇっ!」



 地面に這いつくばり、泡を吹きながらもなお吠え続けるバロック。

だが、もはや誰も彼に手を差し伸べない。

かつて彼に媚びへつらっていた部下たちすらも、今は一歩引き、沈黙を貫いていた。



「ギルドの威光にすがったお前はその傲慢と愚かさで自らの首を絞めたんだよ」




 言葉は冷たく、鋭く、剣のような言葉をバロックに浴びせた。




「お前は前世でも今世でもひどかったな。まるで成長していない」

「やかましい……お前だって、無能なゴミだったじゃねぇか……!」

「それでも、俺は変わろうとしている。だが、お前は変わろうとしなかった。だから、お前は――――終わりだ」



 その瞬間、騎士団の兵士たちがバロックの両腕を拘束し、鎖で縛り上げた。



「嫌だ! まだだ! 俺は幹部だぞ! ギルドを動かしていたのは俺だ!」

「それがどうした」


 俺の一言で、彼の叫びは無意味な遠吠えと化した。

 群衆の誰かが叫ぶ。


「ざまぁみろ! 俺たちを苦しめた報いだ!」

「奴隷にした娘を返せーっ!」

「ギルドなんていらねぇ! ガクさまがいればそれでいいんだ!」


 民衆の叫びはやがて大きなうねりとなり、広場を満たした。

 それは怒りでも、憎しみでもない。

 喜びと、解放の声――――。


 その中で長官代理が一歩前に出る。


「我々はバロックの違法行為を重く見て、裁きを下す。市より追放し、二度とこのアグノスの土を踏ませぬようにする」

「ち、違うんだ……! 俺は、俺は悪くない……!」


 バロックの泣き叫ぶ声を背に俺は背を向けた。


 もう振り返ることはない。



________________________________________

 

その夜。ガクは宿の部屋で、1人静かに椅子に腰かけていた。

 街ではまだ、昼間の出来事の話題でもちきりだった。


 ガクがどれだけ凄いか、どれだけ助けられたか、救世主だ、女神の使徒だ、結婚してくれだ――――などと、店の中でも酒場でも飛び交っている。


「……なんか、大事になっちまったな」


 呟いたガクの隣にふわりとグレイが座る。


「お兄ちゃん……すごかったよ」

「あぁ。俺も、ちょっとびっくりしてる」

「でも、あたし知ってたよ。お兄ちゃんはすごいって、ずっと前から思ってたもん!」


 無邪気な笑顔に、ガクは少しだけ目を細める。


「……ありがとう、グレイ」


 そこへ、アリシアがやってきた。

いつも凛とした表情の彼女が、今夜はどこか柔らかい。


「ガクさん。街の人たち、みんなあなたに感謝しているわ。あたしも……誇りに思ってる」

「そうか……ありがとう、アリシア」



 グレイ、アリシア――――2人のヒロインが順番にまっすぐにガクを見つめていた。


「……やれやれ」


 肩をすくめつつも、ガクの口元には自然と笑みが浮かんでいた。


「ま、俺もこの世界で……悪くないな」





 そして、翌朝。


 街の広場には、ひときわ大きな旗が掲げられていた。


 《契約破壊者・ガク》


 《救世主》


 《徳政様》


 そのどれもが今やこの街に生きる人々の希望だった。


 誰もが口にする。



――――ただのおっさんが世界を変えた。



 その声は風に乗って遠くへと流れていく――――。

お読みいただきありがとうございました!


明日も2回更新しますのでお待ちください!


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※この作品はカクヨムでも連載しています。

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