バロックに対する裁き
アルゼルム王国、地方都市アグノス。
その中心部、商人ギルド本部の前にある広場には朝から異様な熱気が渦巻いていた。
「ガクさまが来るんだって!」
「あの救世主の!」
「まさか本人が公の場で弁明するなんて……」
噂は瞬く間に広がり、街の人々が次々と集まってくる。
市場の商人、子どもたち、かつて《徳政令》で救われた元奴隷、借金を帳消しにされた債務者……。
彼らはこぞって『ガクさま!』、『英雄さま!』と口にする。
その中心で俺ことガク・グレンフォードは騎士団長アリシア・フェンデルと並び立っていた。俺の後ろには義妹……という設定のグレイも控えている。
「……まるで裁判だな」
ぽつりと本音を漏らすと隣のアリシアが不安そうに答えた。
「でも、こうでもしないと彼らは――ギルド幹部たちは反省しないのよ」
「だな。いったんすべての真実を明るみにしないとヤツらはまた同じことを繰り返す」
アリシアは強くうなずき、そして一歩前に出ると、声を張り上げた。
「市民諸君、そしてギルドの者たちに告ぐ――――本日ここにて元商人ギルド所属ガク・グレンフォード殿の名誉回復の場を設けるわ!」
その言葉に群衆から拍手と歓声が沸き上がる。
しかし、それをねじ伏せるようにギルド本部の大扉がキシみを上げて開いた。
「おいおいおい、こんな茶番劇に誰がつき合うかよ」
そこから現れたのは幹部バロック・ハンベルグだった。
上等なスーツに身を包み、いやらしい笑みを浮かべながら、ゆっくりと広場に足を踏み出す。
「貴様、まだこの街にいたのか。さっさと出ていけって言っただろ、無能おっさんの村上が……」
バロックの言葉に周囲がざわつく。
だが、今回は違った。
罵倒されても誰1人として俺を笑わない。
「……ガクさまは俺たちを救ってくれた人だ!」
「お前たちのほうがよっぽどクソだ!」
野次が飛ぶ。
ただの罵声ではない。
擁護と怒りの声だ。
「みんな……俺を擁護してくれる」
「あなたは多くの貢献をしてきた。これくらいの報いは受けて当然よ」
バロックの顔が引きつる。
「ふん、なにが英雄だ。最近スキルに目覚めた追放されたクズが……この俺に歯向かうとはな」
「その最近目覚めた俺のスキルにビビッて逃げたのはそっちだろうが」
「――――っ!?」
その言葉に、バロックの目が見開かれる。
俺は一歩前に出て、宣言する。
「俺のスキル《徳政令》は、この世界のあらゆる契約を解除できる力だ。そしてこの街で、どれだけの奴隷が搾取された者がいるのか――――今から、それを見せてやる」
ざわつく群衆のなかで、ひとりの老婆が前に出てきた。
「わたしの孫娘が……あのギルドに騙されて奴隷にされました。助けてくれ……ガクさま!」
「いいだろう。証明してやる」
「おい! やめろ! 余計なことをするな!」
俺は手を差し出し、老婆の震える手を握った。
スキル《徳政令》を発動――――周囲の空気が一変する。
「契約破棄――――対象、奴隷契約・第三条“労働提供の義務”!」
俺の声が響き渡ると同時に空中に紋章が浮かび、光の鎖が消滅するように消えた。
観衆からどよめきが起こる。
そして次々に、奴隷として拘束されていた者たちが現れ、その場で鎖が外れる。
彼らは呆然と立ち尽くし、やがて涙を流しながら俺の元へと駆け寄ってきた。
「自由だ……!」
「ありがとう、ガクさま!」
「ガクさま万歳!」
アリシアが静かに呟く。
「これが……本当の、英雄の姿」
だが、バロックは激昂していた。
「ふざけるなッ! そんなもの、ただのまやかしだ! というか営業妨害だ! ガク、お前は……俺の邪魔をするなあああ!」
次の瞬間、バロックは懐から短剣を抜き、俺に向かって突進した。
「危ない!」
アリシアが叫ぶ。
――――だが、俺は動じない。
目を閉じ、一言だけ呟く。
「契約破棄――対象、スキル契約」
その瞬間、バロックの体がビクリと震え、動きが止まる。
短剣が手から落ち、彼はその場に崩れ落ちた。
「ぐっ……な、なにが……俺の力が、消え……」
俺はバロックにゆっくりと近づくと彼を見下ろした。
「お前のスキルはすべて他人から奪ったもんなんだろ? スキル《強奪》で奪ったスキルか……。前世で俺の成果を横取りしていたお前らしいスキルだな」
「な、なんでそれを――――」
「俺には全部見える。契約に関する情報ならすべて知ることができる。契約も解除できる――――もう、お前はなにも持っていないんだよ」
バロックは歯を食いしばり拳を握りしめていたが、やがて膝から崩れて顔を泥に伏せた。
「……ク、ソが……無能おっさんのくせに……!」
その声はもはや誰にも届いていなかった。
「ガクさま! バロックを倒したんですか!?」
「いや、倒してはいない。ただ……こいつが自分で勝手に倒れただけだ」
俺は泥にまみれたバロックを冷ややかに見下ろしてそう言い放つ。
周囲からは再び歓声が湧き上がる。
「やった! あの悪徳ギルド幹部がついにやられた!」
「ガクさま、ありがとう……ありがとう……!」
先ほどまで手の届かない存在のように崇められていたバロックは、今やただの哀れな男に成り果てていた。
権力の象徴であったギルドの徽章も、今やただの鉄くずに見える。
群衆のなかで、俺に向かって少女が1人、駆け寄ってきた。
「ガクさまっ!」
それは、かつて俺が奴隷契約から解放した少女・ミリだった。
「ミリ……無事だったか」
「はいっ! あのとき助けてもらったおかげで、わたし……今はパン屋さんで働いてます! お母さんも喜んでて……ガクさまにどうしてもお礼を言いたかったんです!」
「そうか。それは良かった」
俺は優しく頭を撫でる。
その姿に、再び人々から感嘆の声が漏れた。
「神のようなお方だ……」
「まさに救世主……」
そして――――ついに、商人ギルド外部からもバロックを糾弾する声が上がる。
「……騎士団長アリシアさま、そしてガク殿」
威厳のある声。
現れたのは、アグノス市の行政を担う長官代理だった。
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