逃亡するバロック
バロックはその顔を一瞬で青ざめると前世の俺の名前を口にした。
取り巻きたちが『は?』、『誰?』と戸惑う中、バロックは震える声で後ずさる。
「まさか……お前も……?」
「そうだよ。お前と同じ事故で死んで、この世界に来た」
「……ふざけんなよ……俺はてっきり、お前はあのまま死んだと思って……!」
ああ、確かに村上岳の人生はそこで終えた。
だが――――。
「村上岳は死んだ。だけどな、その記憶は死んでいない。ヤツの記憶は……俺の記憶はガク・グレンフォードに流れ込んで生きている」
俺はゆっくりと歩み寄る。
《徳政令》が周囲の空気をビリビリと震わせた。
「前世でも今世でも、お前は変わらない。人を見下して、搾取して、踏み台にして……そのツケを今ここで払ってもらうぞ」
「お、お前まさか俺のスキルを奪う気だな。報告は聞いてるぞ。俺が放った刺客のスキルを奪ったってな――――や、やめろ……やめろおおおおおおおおおおおお!」
バロックは取り巻きを突き飛ばして逃げ出した。
「おい……逃げたぞ」
「どうする?」
「給料が発生しないんだったら放置でいいんじゃね。契約破棄されたわけだし」
が、今の彼に付き従う者は誰もいない。
――――バロックもこれで終わりだな。
バロックが逃げ出したあと、周囲の空気は一変していた。
「……あれ、今のギルド幹部じゃねえか?」
「逃げたぞ?」
「しかも、“無能おっさん”って言われてた男から……?」
ざわつく人々の間を、俺は静かに歩く。
その隣には俺の手を握るグレイ。
まだ小さい手だがしっかりと震えもせず、俺の隣に立っていた。
「お兄ちゃん、すごいよ。あの人、すごく偉そうだったのに……」
「あいつは偉そうに見せていただけさ。本物はああして、すぐ逃げ出す」
人は変わらない。
特に他人を見下して生きていたやつほど。
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その日の夜。
下町の宿に戻った俺は暖炉の火を見つめながら、スキルの制御について考えていた。
《徳政令》で、契約を解除するだけなら簡単だ。
そしてやろうと思えば相手のスキルをはく奪できるし、自分のものにすることもできる。いわゆる《徳政令》の派生《再契約》だ。
だが、それはどうしようもない『力』だ。
使い方次第では『絶対的な暴力』になる。
「……俺がこの力を持ってる意味はなんだ?」
過去の俺は会社で虐げられてばかりだった。
殴られ、笑われ、捨てられた。
そんな俺に女神はこのスキルを与えた。
『お前のような人間がこの世界に必要だ』と言わんばかりに。
だから、俺はその期待に応える。
ただの『復讐』だけじゃない。
この腐った世界で誰かを救える存在になる。
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――――翌日。
アグノスの広場では、ギルドに対する不満が爆発しかけていた。
「なあ、本当にバロックが不正してたってのは本当なのか?」
「横領を誰かに押しつけたって噂だぜ」
「無理やり契約で部下を洗脳してたって噂もあるぞ」
「ギルドはまた隠蔽しようとするんじゃないか?」
市民の間では俺の名前が“契約を破壊する救世主”として広がっていた。
その勢いに乗じ俺はある行動に出た。
――――ギルド前での《公開弁明》。
「なんだと⁉ 元ギルド員風情が、勝手に話をするなど――!」
「止めないでくれよ。バロックの件をきちんと説明したいだけだ」
ギルド前の広場に集まった百人以上の群衆。
――――ここで俺はヤツの行いを白日のもとにさらす。
やるなら徹底的に。
ヤツを追い込む。
覚悟しろよバロック。