おっさん追放。そしてチートスキル覚醒
「――ガク・グレンフォード。貴様をギルド資金横領の罪で追放する!」
アルゼルム王国・地方都市アグノス。
今日も今日とて街の中心部にある商人ギルドは活気に満ちていた。
若い商人たちが朝から市場の動向を叫び、書類を抱えた受付嬢たちが行き交う。
――――しかしその中心、ギルド本部の会議室に響くのは『冷たい怒声』だった。
「つ、追放だと……」
俺は呆然と立ち尽くしていた。
俺はガク・グレンフォード。
商人ギルドに所属して20年間働いてきた38歳の中堅の商人。
目立った成果は出せないまでもしっかりと堅実な結果を積み重ねてきた俺は自分の仕事に誇りを持っていた。特に株式の運用などは他のギルドメンバーと比べても群を抜いて優れていると評価している。
そんな俺だがたった今目の前でギルド幹部たちに吊し上げられている。
「スキルもないクセにこの栄えある商人ギルドに所属しやがって……。しかも20年も居座りやがって――――そして横領とはな! 笑わせるぜ」
そう言って、幹部の1人――バロック・ハンベルグが嘲笑するように鼻を鳴らした。
「ふざけるな! 俺は横領なんかしていない! 俺がやっていたのは株式運用だ。ギルド資金を増やすためにリスクを抑えて――――」
「は? 株式? 何寝言を言ってんだよ。それはギルドの資金を懐に入れる口実だろ? そもそも株式ってなんだよ。それを運用して利益なんか出るのか? 商人なら商人らしく現地で汗水たらしながら足で稼げよ」
バロックは机を拳で叩くと、俺の前まで歩いてきて、胸倉を掴む。
「テメェみたいな無能がこのギルドの金に手ぇ出してるのが気に食わねえんだよ!」
「おい待て――――うっ……」
目の前が一瞬揺れる。
バロックに思いっきり殴られてしまったのだ。
「な……っ、なんで俺が殴られなきゃいけないんだ……!」
堪えきれずに叫ぶと、周囲の受付嬢たちからも冷ややかな視線が飛んでくる。
「あのヒゲ面……キモいよね」
「うわ、なんか生理的に嫌……こっち見ないで欲しいわ」
「クソおっさんが……どの面下げて居座ってたのかしらね」
散々な言われようだった。
俺はここで20年、必死に働いてきた。
スキルがないからこそ、誰よりも努力して、地道な商談を積み重ねてきた。
――――スキル。それがこの世界での絶対的な評価基準。
女神の審判によって授かるスキルの有無は人間の価値を決定づける。
俺はそれを持たなかった。
ただそれだけで、ずっと『無能』と罵られてきた。
それでも、自分なりに精一杯やってきたつもりだった。
……その結果が、これかよ。
「――――くっ……」
口を噤んだ俺を見て、バロックはニヤついた。
「おうおう、泣きそうか? なぁ、テメェ。スキルがなくても商人やってるってよ、笑えるよな――――くっははっ、都市伝説かと思ったら、マジでいるんだよなぁ。“スキル無しおじさん”」
くっ……ふざけやがって。
俺はギルドのために尽くしてきたんだ。
誰よりも働いてきた自負はある。
裏帳簿の整理も、株式投資も、誰もやりたがらない仕事を全部引き受けてきた。
――それなのに!
「……俺は、やってねぇ……! ギルドの金を増やしただけなんだ!」
だが、抵抗しても無駄だった。
俺は机に叩きつけられるようにして座らされる。
「早くサインしろよ」
「クっ……」
俺はそのままギルドの登録抹消の書類に強制的に署名させられた。
「じゃあな、ガク。お前みたいな奴に居場所なんてねぇんだよ。この街からも消えちまえよ」
バロックのその言葉に笑い声が重なった。
……終わった。
俺の居場所はもう……どこにもないんだ。
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ギルドを追い出された俺が最後に見たのは、ただ1人涙を流していた少女の姿だった。
「ガクさん!」
「……セラ、か」
小柄なその少女、セラ・ミストリアはかつての俺の部下であり、唯一俺に敬意を払ってくれていた受付嬢だった。彼女は泣きながら俺に駆け寄ってきた。
「ガクさん、そんな……どうして……!」
「気にするな。俺が無能なのはずっと前からの話だ」
「ちが……違います! ガクさんは、ギルドで一番努力していたじゃないですか!」
ついさっき退職させられた俺はギルドの話題を耳には入れたくなかった。
「そういえば……セラも最近、スキルが芽生えたって聞いたぞ。『聖女』だとか?」
「はい……でも、それよりも――――!」
「よかったな。スキルが芽生えれば、この世界ではちゃんと報われる」
すまないな。
話を逸らしてしまって。
「ガクさんも、きっと……いつか……!」
「……俺はもう、38だぞ? 今さらスキルが芽生えるわけがないだろ」
俺は彼女の肩を軽く叩くと、振り返らずにギルドの扉を出た。
これが俺の――追放の瞬間だった。
ギルドを出た俺はまるで捨て犬のように路上をさまよっていた。
住む場所も、金も、信頼も、すべて失った。
「……はは、なんだよ……俺って、こんなにみっともなかったっけ……?」
ギルドから提供されていた宿舎にも当然、もう入れなかった。
「出ていけ! ギルドに所属していない人間を泊める義務はない!」
寮長は冷たく叫び、俺を追い出した。
荷物なんてもう持ち出せなかった。あらかじめ捨てられていたのだ。
身につけていたボロボロの商人服だけが今の俺のすべて。
泥道に膝をついて、立ち上がれない。
誰も俺を助けてくれない。
通りかかる人はまるで汚物を見るような目で俺を避ける。
「うっ……くそ、クソッ!」
拳を地面に叩きつける。
だが、それはなんの意味もない。
ただの自己満足の行動だ。
こんな泥まみれのオッサンの行動に、何の価値もない。
「ったく、いい年して地べたに這いつくばってるとか、マジ無様」
「スキルもないくせに、ギルドでイキってたらしいよ? 横領までしてたとかさ」
誰かの声が背後で聞こえる。
その一言が胸を焼き尽くすような怒りを呼び起こした。
――――違う、俺は……俺はやってねぇ……!
だが、証明する手段もない。
俺が築いてきた信用はスキル無しという烙印ひとつで全て否定された。
まるで前世のようだ――。
……はっ? 前世?
「――――っ、ああ、そうか。俺……」
突然視界が歪み始めた。
記憶の奥底でなにかが暴れだす。
胸の奥に刺さっていた、名もなき痛みが……今になって形を取り始める。
――――そうだ。俺は前世でも地獄みたいな人生を生きていたんだ。
ブラック企業、終わらない残業、罵声、暴力、嘲笑、孤独。
気づけば、膝を抱えてその場に蹲っていた。
空は曇り、ぽつぽつと雨が降り始める。
こんな時に限って、雨なんだよな。
「はは……笑えるよな。女神さまよ……俺の人生ってマジで呪われてるよな……」
その時――――俺の脳内に透明な声が響いた。
『よく……頑張りましたね』
……え?
『あなたはこの世界でも前の世界でも理不尽な契約に苦しんできた』
誰だ?
いや、わかるぞ……この声は神の声だ。
『あなたに与えましょう。名もなき契約破りのスキル――《徳政令》を』
「《……徳政令》……?」
その瞬間、俺の身体に電流が走った。
まるで魂を直接掴まれたような衝撃だった。
頭の中に莫大な情報が一気に流れ込んでくる。
契約破棄。
債務解除。
命の契約、奴隷契約、金銭契約、誓約契約……あらゆる契約に干渉し、打ち砕く力。
それが――《徳政令》。
――――同時に前世の記憶が鮮明によみがえってくる。
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古びたビルに本社を構える小さな中小企業で俺こと村上岳は係長として働いていた。
毎日、パワハラに耐えていた。
直属の上司である丹羽を始め、部長の檀助正。営業主任の田永。
さらには生意気な部下である小林まで。
「使えないんだよお前は! 早く働けよ!」
「空気読めよ! クソ係長が! お前もう何歳だよ!」
「うわ~マジで不潔~、隣座りたくねぇ草」
「あいつ、いる意味ある? こいつが先輩とか終わりだろこの会社」
――――そんな毎日だった。
唯一、俺に優しくしてくれたのが経理担当の世羅だった。
彼女の前髪の奥にある瞳だけが俺を人間として扱ってくれた。
「先輩はもっと評価されるべきですよ」
そんな言葉が今も胸に残っている。
そうだ。俺は死んだんだ。
社員旅行で乗った飛行機が墜落して――――それで転生した。
「……なんだよ、これ……」
ふらふらと立ち上がる。
手を握ると、確かな実感がある。
体の奥から、確かな“力”が湧き上がっている。
「これが……俺のスキル、《徳政令》……?」
手に何も持たずとも、見えない“契約の糸”が、空中に浮かんで見える気がした。
これまで俺を苦しめてきた“契約”という呪縛。そのすべてを、打ち砕く力。
「……へへ、ようやくかよ」
俺はゆっくりと、泥の中から立ち上がった。
「ようやく……反撃できる……!」
――――これは、俺の復讐の物語だ。
スキルを持たぬ無能として見下され、追放されたおっさんが最強のスキルを得て、世界に反旗を翻す。
その第一歩が、今、始まったのだ――――。
お読みいただきありがとうございました!
今回はちょっと長めの作品に挑戦しようと思っています!
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※この作品はカクヨムでも連載しています。