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勇者薄命  作者: ぬかびと
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第8話 筆談

「山の天気は西から変わるんですよ」

「それはさすがに、旅してたから知ってる」

「西の雲見てみたけど、今日は登山日和ですね。俺たち運がいいです」


 結果的に言うと、カイルが持っている山の知識は頼りになった。

 地面の様子が変われば怪我をしない進み方を指示してくれる。

 当然危険な場所ではルイスの手を引いたり、まめに気がつく。

 風向きにも敏感だ。

 王子様の体調を見ながら、日当たりのいい平地や風の当たらない場所を選んで、的確な状況で多めの休憩を取る。

 つまり、俺はルイスに気を遣いすぎず、カイルに従って進めばいい。意外と楽。

 普段のせっかちな俺なら、王子のためとはいえ休憩多すぎ……と若干苛ついたかもしれないが、今の二日酔い状態なら、むしろこの感じが身体に優しい。

 ちなみに、道中見つけた清流でカイルは普通に


「殿下に触れるのに不潔だと良くないなあ」


 とか言いながら、さっさと手を清めていた。

 思ったよりまともで安心したような、なんか握手したのに寂しいような複雑な気分になった。

 しかしこのカイル、最初は馴れ馴れしいとすら思ったが、ルイスと俺だけだと確実に気まずくて間が持たなかっただろう。

 彼のような人間が間にいて、空気を和らげてくれるのはありがたい。

 うるさいけど、適当に相づち打っとけばいいし。

 ルイスはカイルに対して、首を縦に振る、横に振るなどして意思疎通をしていた。

 カイルが意外と察しがいいようで何とかなっている。助かる。


「……そういえば、あんたは俺の髪に驚かなかったな」


 木陰の下で水分をとりながら、俺の方から話しかけてみた。


「はい! サフィーア女王陛下が『今は白髪のおじさんだけど、本人も気にしてるから言わないであげてね』と仰っていたので、驚きませんでした!」


 言ってんじゃねーか。


「それより、ガイアの剣ってどんなのなんですか! 一度見てみたいなあ」


 俺は頭をかきつつ、どう答えたものかと迷いながら言葉を選んだ。


「うーん……そんなに気軽に見せられるもんじゃないの」

「今下げてる腰の剣ですか?」

「これはただの護身用だね」

「じゃあ持ってきてないのか……残念だな」


 落胆するカイルに対して、俺はなんともいえない気持ちになったが、言葉を濁してごまかすしかなかった。


「まあ……マリウスのバカには、何度か見せたけどさ……」

「三英雄のマリウス様ですね! 確か一緒に旅をしたこともあったとか」

「まあね。しつこく付きまとってきて、やれ剣を見せろだの、身体も見せろだのせがまれて……すごい粘着質だったよ。全身ジロジロ調べられた」

「……」


 ふと気づいて顔を上げると、カイルは、ルイスと共に俺から一定の距離を取っていた。


「なに急に、どうしたの」

「いや、その……言いたくないんすけど……ガイアの剣って」


 カイルは気まずそうに視線を逸らしながら言った。


「何か……大胆な例えだったりします?」

「は……?」


 一瞬の間を必要としたが、すぐ意味を察して血の気が引くのを感じた。


「んなわけねえだろ! 武器だよちゃんと! 下品!」


 次の瞬間にはカイルの胸ぐらを掴んで揺さぶっていた。

 ルイスは俺とカイルを見上げて驚いたように目を丸くしている。


「ほら! 王子様もいるんだぞ! 教育に悪いぞ! サフィーアにばれたら殺されるぞ!」

「ももも申し訳ありませんでした……」


 まったく、子供の前でなんてこと言うんだ。

 もう腹が立つ度に心の中でバカイルと呼ぶことにした。



 


 日が傾いてきた。


「そろそろ野宿の場所考えたほうがいいですね」

「やだなあ……嫌いだなあ……野宿」


 ブツブツ言いながらカイルと適切な場所について話し合う。

 覚悟はしていたが、気が重い。

 ちゃんとした場所で火の番とかせずに寝たい。


「大自然に囲まれて夜を過ごすなんて最高じゃないっすか」

「お前とはわかり合えない」


 しかし、カイルの機転と知識のおかげで、ルイスを連れている状況でも思ったよりは進んだし、天候の問題も起こらなかった。

 順調な方だと前向きに捉えるしかないだろう。

 

「この辺りにします?」

「いいんじゃない、川近いし」


 林の中にやや開けた空間があったので、そこで一晩過ごすことにした。


「つかれた。腰終わった」


 へなへなと地面に座り込む。

 ルイスも大きな石の上に腰掛けてぐったりしていた。

 だが、そのひ弱な身体でぶっ倒れなかっただけいいか。

 焚き火の枝集めくらいは俺も少しやったが、火を起こすのはカイルに丸投げすることにした。

 この山男は鼻歌を歌いながら慣れた手つきで火打ち石をカチカチしている。元気だね。


「あ、シノンさん、今のうちに水汲んできてください」

「やだ。早く火つけてお前が行って。俺は動きたくない」

「わがままだな……」


 うるさい。野宿で機嫌が悪いんだ。

 あと、今朝までの『様』呼びはどうしたんだ。別にさん付けでもいいけどさ。

 食事の準備をしているうちに、空はすっかり暗くなっていた。


「そういえば……」

 

 汲んできた水で調理した、干し肉と乾燥野菜の具が入ったスープにパンを浸しながら、ふと疑問に思ったことを口にした。


「俺はこれから、このルイス王子と暮らすわけだが……」


 自分で口にしてみたものの、全く実感がわかない。

 今日一日、俺から話しかけなかったし、ルイスも俺に警戒……いや、萎縮しているのか、一定の距離を保ち続けている。

 うまくやっていけるのかこれ。


「……どうやって意思疎通すんの。この子声出ないからさ」

「あ、筆談の道具をお持ちですよ。さすがに登山中は、出し入れできなかったけど……」


 カイルはルイスの分の荷物から、片手で持てるくらいの小さな石板を取り出し、ルイスに手渡した。

 

「紙とペンもあるんですが、繰り返し書いたり消したりする物も必要だと、サフィーア様がこちらを作らせたのです」

「いい判断だな。王都ではともかく、村ではまだ紙もインクも貴重で、切らしたら面倒だ」


 俺はルイスの持ってる筆談用の石板を覗き込んだ。

 細工の細かい模様が彫られた、上質な木製の枠がついている。

 枠には所々に金属の装飾もあしらわれており、石筆をはめる窪みもあった。


「わ、高そう」


 王家の特注品かな。

 でも、華美すぎず上品な見た目で、ルイス本人の雰囲気には似合うのかもしれない。


「かっこいいでしょ、筆談用の石板。その名も……『筆板ひつばん』」


 カイルがやたらと勿体ぶって名称を明かしたが、略しただけだな。

 ルイスは、『筆板ひつばん』の枠の窪みから石筆を取り出し、さらさらと手を動かし始めた。


【これから宜しくお願いします】


 石板の部分に書かれた文字を俺に見せてくる。 

 無表情で愛想のない子供だと思っていたから、普通に礼儀正しそうで驚いた。


【今後、なんとお呼びすればいいですか】

「……」


 俺は、姿勢を正し、ルイスの前に跪いて見せた。

 話さなければならない大切なことがある。


「ルイス殿下。お願いがあります」


 少し視線を上げて相手の反応を伺うと、首を縦に振っていた。

 話していいよ、という意味だろう。


「俺のことは、おじさんと呼ばないでください」


 沈黙が流れる。

 カイルも黙っている様子なので、俺は顔を人差し指で掻きながら続けた。


「できれば『おにいさん』がいいかなあ……」


 ルイスは、カイルの方を見た。

 カイルが水で湿らせた小さな布を手渡す。

 受け取ると石版の部分にこすりつけた。あれで消すのかな。

 カイルはルイスの隣で、『筆板ひつばん』を覗き込みながら顔をしかめた。


「ええ……? 【なんとか呼んでみる】だって? いいですよ殿下。無理しなくて」

「おい黙れバカイル」


 ルイスも、書いたり消したりを繰り返して必死に次の言葉を探している。

 いいじゃん、そんなに困らなくても。

 やがて何かを決めたように、目の前にいる俺に筆板を見せた。


【お名前で呼んでも?】

「ああ、まあ……確かにそれなら年齢関係ないし、いいか……」


 やんわりとおにいさん呼びを拒否された気もするが、おじさんよりはましだ。

 ルイスはさらさらと手を動かした。


【わかりました。勇者シノン様。宜しくお願いいたします】

「いや、王子様に堅苦しくされても気が引けるし、もっと楽な呼び方でどうぞ」

【はい。シノンさん、ありがとうございます】


 俺は口を開けていた。


「カイル、やはりやんごとない御方は違うな」

「え?」


 目の前の少年が、突然神々しく見えてきた。

 王族なのに、尊大な態度も取らない。いい子だな。 


「さん付けで呼んでくれるなんて……村のガキ共とは雲泥の差だ。育ちが違うんだな」

「どんだけ雑な扱い受けてたんですか……?」

「おじさん呼びしてくるし、勇者って信じてもらえんし、むしろなんで同じ名前なんだよ白髪のニセモノ、引っ込めとか言われる」

「踏んだり蹴ったりじゃないですか……」


 心の広い大人は苦労するんだよね。

 ふと気づくと、ルイスは眠そうに目をこすっている。


「そろそろ寝る時間かな」

「そうですね。殿下もお疲れでしょう」


 カイルと食事の後片付けをしているうちに、王子様はぐっすり眠ってしまった。

 慣れない山道を歩き続けたのだから当然だ。


 地面に腰を下ろして木によりかかると、ふと村で待っているカーネリアさんの顔を思い出した。

 いけない、忘れるところだった。

 薬の包みを取り出し、中身を水で口に流し込んだ。

 向かい側に座るカイルが目を見開いていた。


「なんか、身体悪いんですか」

「いや別に。そこまで生活に支障はないよ」


 今のところはね、と続けようとしたが、やめた。

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