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勇者薄命  作者: ぬかびと
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第7話 出会い

 翌朝。

 簡素な宿で目覚めた俺は、サフィーアが利用している宿屋の裏手に向かった。

 王族が臨時で貸し切りにしていた宿だ。この小さな宿場町の中では上等な方。

 ちなみに、今の俺は人生何度目か分からない頭痛とだるさ、腹の中の不快感を抱えていた。 

 品質のいい酒は酔わない。

 そう思っていた時期が俺にもありました。


「完全に二日酔い」


 まだ寝ていたかった。朝日の眩しさも忌々しい。

 昨日も同じこと考えてたな。


「だから言ったのに……」


 裏口の扉から出てきたサフィーアが眉をひそめていた。

 朝っぱらから俺の真っ青な顔を見る羽目になり心底呆れてるのだろう。

 後ろには、小柄な少年がぴたりと彼女にくっついており、不安そうな表情でサフィーアの外套の裾を掴んでいる。

 一瞬目が合ったが、すぐうつむいて視線を反らされた。


「……彼が、ルイス王子?」

「そう。私の息子」


 確かに目鼻立ちは似ているかもしれない。

 ただ、髪や瞳の色は違う。

 まばゆい金髪と青い目の持ち主であるサフィーアに対して、このルイス少年はどちらも濃い栗色だ。


「髪と目の色は、アランに似たの」


 大人しすぎるところもね、とサフィーアは付け足す。

 ルイスは何も言わずにうつむいたままだった。

 そういえば声が出ないんだったか。

 しかも食に困らないはずの王宮育ちの割に肌は青白いし、がりがりに細すぎる。

 このひ弱な少年を将来国王にしたいのか? 大丈夫か国の未来。


「ルイス、この方がシノン。私の古い友人なの。彼の言うことをちゃんと聞くのよ」

「……ど、どうも。白髪だけど、よろしく」


 どう接していいか分からず、なんだかぎこちない挨拶をしてしまった。

 ルイスはサフィーアと俺を交互に見比べながら、やがて頷いた。


「私はもう王宮に戻らないと。何日も空けられないわ」

「むしろよく出られたな」

「今はアランが誤魔化してくれてるのよ。息子が暗殺されかけた衝撃で体調不良だって。二、三日は何とかなるけど、それ以上はね」


 旦那さんも大変だな、と思ってしまった。

 よりにもよって俺に息子を預ける形なのだ。本心は複雑なはず。

 それでも協力しているのだから相当サフィーアに献身的な男なのだろう。

 既に近くに馬車が待機している。あれで王都に戻るのかな。


「こっちは子供を連れて村まで登山か……」


 思わずため息が漏れてしまう。

 昨日は日が暮れる前に下山できたが、このひ弱な少年に気を遣いながらでは倍の時間がかかりそうだ。

 おそらく野宿は避けられないだろう。気が重い。


「ごめんなさい。一人だけど、村までの護衛はつけるわ」


 サフィーアは馬車の近くにいた一人の男に目配せした。

 真面目そうな雰囲気の青年だ。

 後ろ髪はすっきりと刈り込んであるが、褐色の前髪が少し波打っている。

 年の頃は二十代前半だろうか。若くてうらやましい。

 彼は俺たちに近寄り跪いた。

 肩が震えている。少し緊張しているようだ。


「紹介するわね。彼は王都騎士のカイル。道中のルイスの世話は、彼にしてもらって」

「カイル・オルド、命に代えても、殿下をお守りします!」


 当然、お忍びの登山なので、今は騎士の格好をしていない。

 山装備した旅人風の素朴なにーちゃんである。


「いいのかよ、この若者一人に任せて」

「あら、侮っちゃ駄目よ。彼ね……こう見えて、すごく強いのよ」

「へえ……」


 手合わせしたいもんだ。今日は二日酔いだから嫌だけど。


「彼はすごいわ。都会育ちの上級騎士では、太刀打ちできない」


 田舎出身の叩き上げなのかな?

 俺は思わずカイルを二度見した。

 だが、おかしい。そこまでの使い手なら、もっと身のこなしが洗練されているだろうし、何らかの雰囲気をまとっているはず。

 サフィーアは続ける。


「本当に強いのよ……山に」

「そっちかよ」

「申し訳ありません。まだ下級騎士ですし……剣はまだまだです! 修行中です!」


 カイルは努めてはきはきとした口調で言った。

 剣は得意じゃないんだな。


「カイルはね、山育ちなの。トルカと似た環境のオルド村出身よ。山岳訓練の成績が高いから引き抜いたの。でも都会育ちの上級騎士より、今回の場合は頼りになるはずよ」

「光栄です! 必ずお役に立ってみせます!」


 サフィーアの言葉に恐縮したのか、カイルはさらに緊張した面持ちで背筋を伸ばした。

 確かに今回のような護衛任務なら、戦力より山知識の方が重宝される場合もある……のかな。


「じゃあ、ルイス…どうか元気で」


 サフィーアはルイスと抱擁を交わした。

 すっかり母親の表情になっている。

 名残惜しそうに身体を離すと、女王の顔に戻り、侍従たちの手を借りて馬車に乗り込んだ。


「そう長いこと迷惑はかけない。暗殺未遂の犯人を特定して安全になったら、ルイスはすぐ王宮に帰らせる。なるべく急いで調査するわ」

「はいよ。あんたも気をつけてな」

「ありがとう。ルイスのこと、よろしくお願いします」


 俺がひらひらと手を振ると、馬車の扉が閉められた。

 



 ルイスは生気のない顔で走り去る馬車を見送っていた。

 彼の様子を見ながら、俺は途方に暮れていた。

 旅をしながらいろんな人間を見てきたし、今も酒場をやっているから分かる。

 人間にはそれぞれ、何となくまとっている雰囲気というものがあり、人柄や精神状態がもろに出るのだ。

 その上で俺から見た第一印象を言わせてもらおう。

 この少年は暗い。負の感情がギンギンに出てる。

 暗殺未遂で心を閉ざしているのだろうか。

 それとも……いや、余所の親子関係のことを気にしてはいけないか。

 とにかく萎縮しているように見える。

 彼の細くて頼りない身体が、国の未来と王宮内の不安定さをそのまま体現しているように思えた。

 この心身共に壊れ物のような王子に今後どう接したものか……

 一人で思い悩みながら頭をかいていると


「ああ~! 緊張した!」


 先ほどまで真面目な表情をしていたカイルが背筋を緩め、巨大なため息をついていた。


「うわ何、びっくりした」

「いや~俺みたいな下っ端が、まさか女王陛下の目に留まるなんて、思いもよりませんでした、もうガチガチでしたよ~」


 頭の後ろに手を当てながらへらへら笑っている。

 なんだこいつ。意外と馴れ馴れしいぞ。

 さっきまでの真面目そうな青年はどこ行ったのか。

 第一印象って当てにならない場合もあるんだな。たった今思い知らされた。

 しかもこのカイル、俺と目が合うなり、急にモジモジクネクネし始めた。


「あの……勇者シノン様でしたよね。十年前の、魔王討伐戦争の……」

「あ、ああ、そうだよ」

「俺! ずっと憧れでした! 田舎出身でありながら剣の道を志し、騎士になれたのも、貴方のおかげなんです!」

「お、おう」


 こいつの人生に影響与えちゃったのか。

 でも悪い気はしない。村だと誰も同一人物だと信じてくれないからな。

 カイルは興奮で顔を赤くしながら手を差し伸べてきた。


「嫌じゃなかったら、その……握手! 握手してください!」

「はいはい、いいよ」


 さっさと了承して手を握ってやった。


「おおお……触れ合ってしまった。俺、今日はこの手を絶対に洗いません!」

「うん、山ん中で王子様の世話するんだから、汚れたら普通に洗った方がいいよ」


 冷静に返してしまった。大丈夫かこいつ。

 既に馬車は見えないが、サフィーアが去って行った道の先を見つめた。

 よくよく考えたら、十年前もあのマリウスというトンデモ異端児を軍師に引き抜いた女だ。

 結果的に戦果は素晴らしいものではあったろうが、もっと手堅い選択肢はなかったのか。

 人選のセンスが独特なのかな……


「ところで……」

 

 俺は辺りを見回す。

 俺とカイル、そしてルイスの三人しか残されていない。

 おそるおそる、抱えていた違和感を指摘した。


「馬……ないの?」

「はい、ありません」


 カイルはあっさりと答える。


「いやおかしいよ。俺たちは徒歩でもいいよ。でも王子様は、馬に乗せないと駄目だろ」

「それが……女王陛下も敢えてお話しなかったので、俺から話していい内容かどうか……」


 カイルは困ったようにルイスと目を合わせていた。

 ルイスはカイルのマントをぎゅっと掴み、こくこくと首を縦に振っている。


「殿下は『話していい』とおっしゃってます」

「そ、そう。じゃあ説明して」


 この王子、カイルにはまあまあ懐いてるんだな。

 初対面の俺には心閉ざしまくってるけど。


「ルイス王子は、今回の暗殺未遂事件……寝室に暗殺者が侵入した件ですね」

「うん」

「実はその前にも落馬しかけたことがありまして……」

「……ひょっとして、馬具に細工が?」

「そうそう、その疑いが濃いんです! 落馬事故に見せかけた暗殺未遂ですね!」

 

 そこでカイルは誇らしげに胸を張る。


「そこで、たまたま警護任務で現場に居合わせていたこのカイル・オルド! 落馬しそうになった王子の身体をすかさず受け止めました! 山育ち特有の反射神経で!」

 

 山育ち関係あるのかな。まあいいや。

 なるほど、だからルイスはカイルを命の恩人だと思って心を開いているのか。

 そして、カイルは彼の命を救ったという自負があるので、ルイスに対してはサフィーアほど緊張はしていない。

 いち下級騎士でありながら、サフィーアに今回直々に目を留められたのもそのあたりの手柄が関係しているのか。


「というわけで、殿下自身は無傷で助かったのですが、身体が浮いて落下する瞬間の恐怖心が未だに蘇るらしく……馬に跨がることすらも、今はできないんです。おいたわしや殿下……」

「ふーん……」


 馬に乗れない王子様か。


「あ、補足すると、そのさらに前は、お茶を召し上がった後に体調不良になられたようで、毒が混入されていた可能性も……」

「うん、なんか色々すごいね」


 かなり引いてしまった。

 何回殺されかけてるんだ、この少年は。

 運がいいのか悪いのか、儚いのかしぶといのか。


「つまり三人とも徒歩ってことか……」

「はい! でも大丈夫です。馬がいるとかえって足場に気を遣う上に、狭くて動きづらいんですよ。徒歩の方がかえって自由度も高いんです」

「なるほどね」


 先が思いやられるが、とりあえずこの山青年に任せるしかなさそうだ。

 ……何も起こらないといいなあ。

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