第6話 銅像
それから、トルカ村に落ち着く少し前まで、五年くらい付きまとわれた。
何回も剣を見せろとせがまれ、剣も身体の変化もジロジロ調べられた。
逃亡を試みてもあらゆる手段で追いかけてきた。
執着が異常すぎて、まさか俺にそういう気でも起こしてるんじゃないかと恐ろしい可能性すら頭をよぎった。
だとしたら、早々に諦めて頂いて離れる感じでいこうと、恐る恐る切り出してみると、
「恋愛感情どころか、人間としても見てないです。シノンさんのことは研究対象と思ってます」
その整った顔の原型がなくなるくらい殴ってやろうかと思った。
当時のことはもう思い出したくない、回想終わり。
「本当に苦労したのね……アレと五年……」
現実に思考を引き戻すと、隣にいるサフィーアから哀れむような目で見られていた。
「でも、奴の起こした宗教騒ぎ、意外と表沙汰にならなかったんだな」
「そうね、まあ……あくまで学院内の揉め事と言うことで、何とかなったわ」
結局、三英雄としてのマリウスの名声には、さほど傷がつかなかったらしい。
むしろ一般人の間ではまだ『人類を救った頭脳派のかっこいい軍師様』という印象が強いだろう。
今朝、村の子供達がごっこ遊びをしていたのも、英雄のマリウスが美化されてるから。
あの遊び、本当は全力でやめてほしい。
せめてマリウスの役だけは省いてほしい。あんな大人に憧れないでくれ。
俺は勇者と同一人物と思われてない上、白髪おじさんとか言われるし。
なんであいつだけ格好いいみたいな印象になってるんだ。
「ところでサフィーア」
「なに?」
「王都の広場にある、あの像のことだけど……」
「……」
サフィーアの表情が強張った。
「……何とかして撤去できない……?」
「……無理よ……」
彼女は力なく首を横に振った。
「駄目か。恥ずかしすぎて困ってるんだけど……」
「私だって嫌よ……」
そうなのだ。
魔王討伐から数年後、王都エルミナに、俺たち三英雄の銅像が建てられてしまった。
しかも、彼らの絆が人類を救ったのだ! と言わんばかりに、三人が手を取り合っている像である。
ありえん。完全に美化されてる。
実際はサフィーアとマリウス、不仲。
マリウスと俺、付きまといとその被害者。
俺とサフィーアは今でこそ普通に会話できるようになったが、別れてしばらくは元恋人同士特有の気まずい空気感があった。
本人同士が一番お互いを美化できない現実。
「周りが勝手に盛り上がって建てたのよ……」
サフィーアも相当あの像の存在には悩まされているようだ。
ちなみにマリウスは「僕の鼻筋、もっとシュッとさせて欲しかったな」と言っただけで特に関心を示さなかった。
「まあいいや、王子様の話に戻ろう。なんで俺が預かるの?」
サフィーアの息子。
まず言っておくが確実に俺の子ではない。
別れた後に政略結婚したアランという男が父親で間違いないだろう。
「トルカ村はかなり王都から離れていて、見つかりづらい。でも急ぎの使者を送れば連絡に時間のかかる距離じゃないし、安全になればすぐに連れ戻せる。現に私も昨夜一晩かけて馬車で急げば、この麓の町まではたどり着けたわけだし」
サフィーアは続ける。
「貴方とは確かに昔色々あったけど、今も人間としては信用してる。それに、村はずれの酒場に住んでるんでしょう? 元は宿屋だったとか」
なるほど。
今は物置と化しているが、宿屋の時代に客間だった部屋を活用すれば、ギリギリ二人暮らしができないわけではない。
そして酒場は、村にとって外部からの窓口でもある。
周囲に怪しまれず、日数もかからず、自然に連絡を取りやすい。
俺が意外と適任なわけか。
壊れかけの空き家を押しつけられただけなんだけどね。
「ほんとにボロいよ。贅沢暮らしの王子様は気に入らないと思うけど」
「あの子は我儘を言わないわ。おとなしすぎて心配になるくらいよ」
本当かなあ。
どうしたもんかと思っていると、サフィーアから小さな革袋を渡された。
中身を覗くと金貨が見えた。
袋の大きさのわりにずっしりと重みがある。庶民の俺にとっては相当の大金だ。
「昔は昔。これは仕事の依頼よ。もちろんルイスのために必要な分は別に用意する」
「はいはい、はっきりしてるね」
仕方ないな。
腹を決めることにした。
そこまでして頼みたいことなら、俺は断ることができない立場だろう。
「わかったよ。仮にもあんたは命の恩人だしな」
実は戦争が終わってすぐ、俺は彼女に死の淵から救われている。
魔王を封じるのに成功したはいいが、こちらも深手を負ったのだ。
サフィーアがとある処置をしてくれなければ、今ここにもいなかったと思う。
「あら意外。覚えてくれていたのね」
サフィーアは昔を少し懐かしむような目で微笑んでいた。
「じゃあ明朝、ルイスを引き渡すわ。宿の場所を教えるから、夜が明けたら裏口に来て」
「できるかな……めちゃくちゃ飲んじまった……」
「ほんと変わってないわね……」
身体に悪いわよ、と呆れ気味に言われた。