第2話 四尾の猫神
「ちょちょ! 暴れるのは困るニャ!」
アヤカがそう言って止めようとするが、
「たかが猫風情が指図するなァ!」
異形のモノはアヤカにむかって腕を振り下ろした。慌てて彼女は飛びのく。強烈な振り下ろしで土間に穴が空き、建物全体が揺れて土埃が舞い上がった。
「あー! もうめちゃくちゃだニャ!」
やけくそになってアヤカが叫ぶと、異形のモノは哄笑を上げ、股引たちにとどめを刺そうと動き出した。と、そこへ……例の袴姿が立ちはだかった。
こいつだけは異形のモノも警戒しているらしい。
あの神速の剣技を喰らっているからだろう。異形のモノはぎょっとした様子で歩みを止め、焦りすら感じさせる動きで飛びすさって距離を取った。
異人は、刃のない柄だけの剣を腰から抜き放つ。不具合ではない。そういう武器なのだ。異人が柄を握りしめると、赤い刀身が伸びる。光ノ剣だ。異人たち自慢の近接武器である。
異人は剣を片手に構えたものの――すぐさま右手を下げて、代わりに左手で銃を握った。光ノ銃――こちらは遠距離用の武器だ。さすがに真っ向から斬り合うのは無謀だと気づいたらしい。
異人は引き金を引いて、銃口から閃光を放った。だが袴姿は颯と刃を振るっただけで、鮮やかな黄色い光線を叩き斬る。顔色ひとつ変えていない。異人は動揺をあらわにするように一歩後ろに下がった。
異人は後退しながら銃を連射する。まばゆい光が何度も襲うが、袴姿は意に介さない。すべて切り払い、光線は袴姿まで届かないのだ。異人は放つたびに一歩一歩後ろに下がっていき、やがて壁際に追いつめられる。と同時に、袴姿がゆらりと体を揺らした。
五間(およそ九メートル)は離れていたのに、まばたきした瞬間にはもう接敵していた。ハッとした様子の異人が刃を振ろうとする。だが袴姿の斬撃は……それよりはるかに速い。異人が反応した瞬間、異形甲冑そのものが斬られていた。
一瞬の静寂、そして静止画のように異人の動きが止まり、袴姿がゆるゆると刀を鞘に納めはじめたところで――ぐらりとその巨体が倒れ伏した。
異形甲冑が解除され、男の姿が元の着流しに――五尺二寸(およそ一五七センチ)程度の、この時代としては標準的な図体に戻る。血は流れていない。異形甲冑を身につけているあいだ、どれだけ攻撃を受けようとも肉体は傷つかないのだ。
だが、衝撃はきっちりある。着流しは白目をむき、口から泡を吹いて痙攣していた。甲冑を一刀両断にした一撃は、意識を手放すほどの痛打だったようだ。
「うまく隠していた……。が、詰めが甘いな」
唐突に、袴姿はアヤカを見て言った。すでに着流しには注意を向けていない。どういうことかと彼女が怪訝に思うと……股引をはじめとした他の客たちが、愕然とした表情を浮かべ、自分を見ていることに気づいた。困惑する彼女の耳に、
「お、おい……四尾だ」
という恐怖をはらんだ声が聞こえる。
「こいつ! 尾が四本あるぞ! 猫又じゃねぇ!」
んニャ!? とアヤカは思わず声を上げ、慌てて自分の背後を確認する。はたして尾が四本、はっきり出てしまっていた。
「あ、いや、これは……!」
言いわけしようとした途端、股引たちはあっという間に逃げ去った。
「ちょっとぉ!? 異人や明らかにヤバい強さの剣客より、わちきのほうが怖いのはさすがにおかしいと思うだけどニャア!?」
「最初っから明かしてたんならともかく、隠してたんなら『裏があるかも……』と疑うだろうよ」
袴姿が呆れ混じりの声で言った。
「それに」
と彼は異人に目を向ける。
「舐められたら困るからってんで斬りかかりはしたが……実力差は歴然だ。そこへ俺が来て、おまけに賭場の主は猫又を詐称してると来たもんだ。きっかけがあれば、そりゃ逃げ出したいだろうさ」
「それはまぁ、確かにそうかもしれニャいけどサ……」
アヤカは尻尾を二本に戻しながら、胡散くさそうに袴姿を見た。
「そんな顔するなよ。あんたを探してたんだ。四尾の猫神、外海びいきのアヤカ」
「……ニャんで、わちきを?」
〔こいつ、もしかしてわちきを火盗改にでも引き渡すんじゃ……?〕
アヤカはじりじりと距離を取った。逃げ切れるだろうか? いや無理だ……! と彼女は頭の中で計算する。どう見ても自分程度がどうにかできる相手じゃない。
〔そりゃ確かに勝手に賭場を開くのはまずいんだけどぉ……!〕
だからって、こんな化け物を送り込んでくるのはひどすぎないか? もはやこの場で斬り捨て御免! と殺されそうな雰囲気すらある……。
「俺は見てのとおりの浪人だ。奉行所の手先じゃないし、火盗改の関係者でもない」
そう言ってから、袴姿は倒れて気絶したまま異人に顔を向ける。
「まぁこいつに関してはもちろん、あとで火盗改に引き渡すがな。あんたは渡さんよ」
「じゃあ、ニャんで?」
再度問いかけると、袴姿は言った。
「サラブレッドを知ってるか?」
警戒心が一瞬で吹き飛んだ。それから興奮のあまり、せっかくしまった尻尾がまろび出て、アヤカはまた四尾になってしまった。




