04
「あ、葭葉さ――」
「鹿山君周を見なかったっ?」
「ごめん、歩いていたからわからないかな」
「ちっ――あ、教えてくれてありがとう、それじゃあまたっ」
な、なにをしてしまったのだ周君は……。
とりあえず葭葉さんが去ってからも心臓がすぐには落ち着かなかった。
それでもなんとか廊下にいることで落ち着いてきて、授業に間に合うように教室に戻る。
同じ教室にいるから次は逃げられないということで授業が終わった瞬間に教室から出た、だって友達が怒られているところを見たくないから仕方がない。
あとは教室が少し暑いというのも影響している、廊下は人が少ない分、外から入ってくる風を独占できていいのだ。
「はぁ、周って本当に子どもなんだから」
「なにがあったの?」
「『静の方が明るくていい』って喧嘩を売られた、その人間に合ったキャラというのがあるでしょ、静にはあれ、私にはこれが合っていたというだけの話だよ」
「なんだ、そんなことだったんだ」
「は?」
なら彼女が過剰に反応をしてしまったというだけで終わる。
◯◯と比べて◯◯だと言われても気にする必要はない。
「あ、いや、なんかもっとやらかしてしまったんじゃないかと心配になったんだけどそれぐらいならね」
「はぁ、鹿山君も子どもだ」
と言いつつ、それでも逃げたということは他にもなにかしてしまったのだろうかと考える自分もいる。
でも、考えたところでなにも進まないからとりあえず本人に聞いてくることにした、葭葉さんは付いてこなかった。
「それだけだよ? それに静の方が明るいって事実だよね? あ、だからって悪いって言いたいわけじゃなくて、できれば慈ちゃんにも同じようになってもらいたいんだよね」
「ちなみにそれはどうして?」
「その方が絶対にいいからだよ、だって慈ちゃんは抑え込んでいるだけだもん」
「そっか、教えてくれてありがとう」
廊下に戻って窓の向こうに意識をやっていた彼女に伝えると「余計なお世話でしょ」とこっちを見ずに吐くようにして言った。
「そもそも仮に抑え込んでいたとしてもそんなの当たり前じゃない? もう小学生や中学生じゃないんだから全部出していたら不味いでしょ」
「確かに全部出すのはあれだけど、少しは出さないと潰れちゃうよ」
「いや別に私だって全部抑え込めるわけじゃないし」
「ならいいんじゃないかな」
周君は静君みたいになってほしいと考えている、だけど本人的にはいまのままがいいと考えている、受け入れたくないなら受け入れなければいいわけだから広がったりはしない話だと思う。
「待って、私の話じゃなくて周が変なことを言ったという話でしょ? それとも自分と同じ性別の子が言ったことだから肩を持つの?」
「別にそういうつもりはないよ」
「でも、鹿山君が話していることはそういうことだよね」
「葭葉さんがいまの自分に満足しているならそれでいいんだよ」
「なんにも知らないくせに偉そうに言わないで」
ああ、いってしまった。
とにかく学生らしいことをして放課後になったらすぐに帰る――ことができなかった。
「……午前中はごめん、よく考えてみたら鹿山君は味方をしてくれていたよね」
また怒られてしまうのかと一瞬身構えたけどそうはならないみたいだった。
でも、余計なことを言ってしまわないように気をつけなければならないのは確かだ。
「鹿山君?」
「あーだけどよくわかっていないのに発言しているというのは事実だから」
あんまり抑え込めるタイプではないからついつい余計なことを言って相手を怒らせてしまうことがあった、それでも最近は自信があったのにまあ僕は僕だということになる。
「別にいいよ、私が言えたことじゃないけどそんなものでしょ、知っていけばそこだって変わっていくよ」
「えっと、じゃあ喧嘩にならなくて済んだかな?」
「まあ……そうだね」
「よかった」
いつだって喧嘩なんかにはならない方がよかったからこれは嬉しい結果だった、もうこのまま話さないか、話しても数カ月後とかになると考えていたからね。
「と、とりあえず静が待っているかもしれないから帰ろう」
「うん、帰ろう」
教室に珍しく周君が残っていたから誘ってみたものの、受け入れてはもらえなかったから二人で歩いていく。
彼女といたいとかいたくないとかではなくて僕自身が避けられているだけのように見えてきたけどすぐに捨てて彼女の家を目指した。
「あれ、まだいないみたい」
「でも、約束があるから待たせてもらってもいい?」
「なら上がる? 正直、暑いから外にいるのは嫌だよ」
「あ、上がるのはちょっと……」
「鹿山君ってやっぱりよくわからない子だね」
よくわからないなどと言っていないで彼女の方が気をつけてほしいところだ。
家に上げるのは周君とか親しい相手だけでいい。
「ただいま!」
「おかえり静――」
「お兄ちゃんだ!」
キラキラな目がこちらのなにかを削っていく。
いつかこの笑みがなくなったときのことを考えたら夏なのに震えてしまったのだった。
「こんにちはー」
「あれ、こんなところでどうしたんですか?」
日傘をさして涼しそうに見えるけど苦手みたいだから気をつけてほしかった、人がいないところで倒れてしまえば命すら危なくなるから夏なら特にそうだ。
「少しお散歩をしていたんです、それでこの前、ここら辺に鹿山さんのお家があると聞いたので来てみました」
「出ているタイミングでよかったです、いま冷たい飲み物を持ってきますね」
「ありがとうございます、そういうつもりで来たわけではありませんがお得ですね、私」
オレンジジュースがあるからそれを飲んでもらうことにした、あとついでに自分も飲むことにした。
「んー冷たくて美味しいですねっ」
「はい」
「さて鹿山さん」
「はい」
急に周君とはどういう関係なのかと気になってしまったけど集中する。
「いまから慈さんのお家にいきませんか?」
「実はさっき呼び出されていってきたばかりなんですよ」
あ、さっきは嘘だ、起きてすぐに呼び出されてさっき帰ってきたと答える方が正しかった。
葭葉さんでも静君のパワーには勝てないらしくて朝から疲れ切っていた、ただそこにいて受け答えをしただけなのに「もうずっといてよ」と言われてしまったぐらいにはだ。
「そうなんですかっ? って、知っていますよ、そのうえで言っているんです」
「別に大丈夫ですけど葭葉さんが受け入れてくれる可能性は低いかと」
「そこなら任せてください」
結果は「なんでまた来たの」という内容だったものの、帰れと言われることはなかった。
苦手ではないし、やはりここはそんなに暑くないから黙って待っている間に二人は楽しそうに会話を――していなかった。
「杏先輩は自由に行動をしすぎです」
「せっかくのお休みなんですからいいですよね?」
「駄目ですよ、少なくとも鹿山君を巻き込んでいるなら話は別です」
「あら、慈さんはいいんですか?」
「私のはその……ほら、静のためですから」
聞かなかったことにして空に意識を向ける、うん、青くて奇麗だ。
やっぱり晴れているときの方が気持ちよく過ごせる、こうしてなんにも制限がない状態で自由に移動できるのがいい。
種類なんかもわからないけど鳥とか飛行機を見つけておっとなる、側でギスギスしていなかったら最高だったね。
「ふーん、なら私のこれも静君のためになっているんじゃないですか?」
「流石の静もお散歩好きの犬ってわけじゃないんですから鹿山君が帰って数十分が経過した後に来ても喜びません――」
「あ、主ちゃんだ! また会えるとは思わなかった!」
「はは、こんにちは、また会えたね」
じゃ、邪魔をしてすまない、だけど挨拶をするしかない。
ということで静君を連れて少し離れることにした。
「お姉ちゃんとあんずちゃんはあんまり仲良くないの?」
「そんなことはないよ、少し甘えづらいだけなんだ」
「そうなんだ、素直に甘えた方がお得なのにね」
「な、なかなかお姉ちゃんに対して言うね」
変化球を待っていたところにいきなり直球を投げられても反応することはできない――ではなく、こっちにも突き刺さりそうで怖かった。
言いにくいことをはっきりと言えるのが小さい子のソレだけど、やられる側からしたらたまったものではない。
「クラスの子にお姉ちゃんみたいな子がいるんだ、みんなといっしょにいたいのにわざと可愛くないことを言って一人でいるんだよ」
「でも、静君が声をかけてあげたら変わるかもね」
「うん、だからこの前話しかけてみたらいい子だったよ」
こ、行動力がすごいな、そのうえでズバズバ正直なところを吐く……と。
「でも、いい子だということはもったいないことをしているってことになるよね? だからお姉ちゃんにはやめてもらいたいんだ」
「きょ、今日は随分と真面目モードだね」
「うん、だって大好きだから、だからこそもったいないことをやめてほしいんだよ」
「ならお姉ちゃんに言おう」
「うん」
とはさせずに僕が変わりに言わせてもらうことにした、ないだろうけどここが不仲になってしまったら困るためだ。
「別に甘えられないからじゃないんだけど……別に杏先輩のことが嫌いというわけでもないしね」
「じゃあさ」
余程のことがなければ自分のためになるから悪くない選択だと思う、また、自分が選んだことで身内や他の存在が喜ぶならもっといいだろう。
「でも……あ、なににやにやしているんですか」
「ふふ、慈さん、ここですよーここ、ぎゅっとしてあげますよー?」
「はあっ!? あ……杏先輩も余計なことを言わないでください」
「いえいえ、よく考えてみたら慈さんが甘えてくれたことってないですからね、そろそろ甘えてほしいです」
駄目だ、悪手だ、甘えてもらいたいなら出してはならない。
「それなら鹿山君でも抱きしめてください、ほらっ」
「わっ」「あっ」
これはノーカウント……とはならないよな。
とにかく怪我がなくてよかったということと、押されたとはいえ、僕が接触したことには変わらないから謝罪をしておいた。
「き、気にしないでください」
「あ、ありがとうございます」
これからは三人分ぐらい距離を作ろることに決めた日となった。
「ごめん……」
「平先輩に怪我がなくてよかったよ」
「うん、本当にそうだね」
そんなに強いわけでもなかったのに耐えられなかった僕の筋力不足でもあるから筋トレをしなければならないか。
ただ、過去にもこんなことがあって筋トレをしようとなってすぐに終わったことがあるから続けられる自信がなかった。
そもそも道具なんかもないし、公園なんかにもそれっぽいことができる遊具もない、となれば弱っていくだけかもしれない。
「でも、なんで嫌なの?」
「近いからだよ、十歳ぐらい離れてくれていたら私だって甘えていたよ、色々と聞いてもらいたいこともあるし……」
「年上か、知り合いがいないから協力してあげられないよ、ごめん」
引っ越すことにならなくても年上の知り合いというのがいないから無理だった、まあ、その場合は彼女とも出会えていないから意味のない考えだけど。
「……杏先輩に甘えるぐらいなら鹿山君に甘えるよ」
「え!? あ、えーっと……なんかボコボコにされそ――」
「はあ!? いつ私がそんなことをしたって言うのっ!」
「だ、だからそういうところ……」
「あっ……鹿山君のせいだから」
物理的に叩いたりしなくても相手をボコボコにすることなんて容易なのだ。
彼女なら特にそう、いまみたいなのと事実を突きつけることで相手を黙らせることができる。
「でも、鹿山君ならにやにやしたりしないで聞いてくれそうだというのはあるんだよ」
「いやほら、平先輩のあれも仲がいいからでしょ? 僕だって仲良くなったら同じようにするかもしれない」
周君が相手の場合は出ているわけだから異性の彼女であっても仲良くなれば話は変わる。
まあ、友達とはそういうものだろう、それでお互いに助け合いつつ前に進んでいくのだ。
「多いから嫌、あと、損はしないんだからいいでしょ?」
「それはそうだけど、葭葉さん、僕が帰った後に叫びたくなりそう」
なにをしているのだろうかと考え込む羽目になるかもしれないし、そこから一緒にいることが恥ずかしくなるかもしれない。
仮にそうなったら逆効果となるわけだからすぐにじゃあお願いね、とはならないのだ。
でも、数回確認してからなら話は別で、とにかく少しだけでもこちらが優位な形にしておくことが大切だった。
「いやいや、甘えるって言っても別にくっついたりするわけじゃないんだから……」
「大丈夫ならいいよ? 僕としては仲良くできた方がいいし、一緒にいられる時間が増えるなら嬉しいよ」
「誰にでも言っていそう、なんなら周にも言っていそう」
「それはそうだよ、友達とは一緒にいたいよ」
「はぁ……鹿山君みたいな子が一番質が悪いんだよね」
所謂イケメンと呼ばれる人達と違って影響力がないから大丈夫だ。
そもそも一緒にいたいと考えるのは当たり前だし、この程度で勘違いしたりする人はいない、証拠は小中学生時代の僕だ、安定して一緒にいられる友達もほとんどいなかったのだからそうだ。
「まあいいや、鹿山君なんてずっとそんな感じなんだし、気にする方がおかしいよね」
「ははは……」
「あ、それとなんで送ってこないの?」
「え、その件については葭葉さんに頼んだよね?」
こうして話せているのにそのうえでやり取りをしたいなんて寂しがり屋なのだろうか?
「確かに頼まれたけど、鹿山君から送っちゃいけないなんてことはないでしょ?」
「言い訳じゃないけど、こうして会えているから満足してしまうのもあるんだよ」
「へえ、鹿山君は直接相手の顔を見て話したいんだ」
「そうだね」
「からかいがない……周ならいちいち慌ててくれるのに」
いまのぐらいでは周君だって慌てたりはしない、それどころか真顔で同じように返されて黙る羽目になりそうだ。
「鹿山君って」
「うん?」
「なんでもない、じゃ、一日に一回は鹿山君の方からお願いね」
いやと断ろうとしたらぐいと距離を詰められて「わかった?」と聞かれて駄目になった。
多分ではなく気に入られようとしているそれと、普通に彼女のそういう圧力を前に断ることができないという弱さと、普通と微妙が合わさってまたははは……と面白くもないのに笑うしかない。
「話はそれだけ――あ、そういえば杏先輩は寂しがり屋だから来たときだけでもいいから相手をしてあげて」
「それは葭葉さんが相手をしてあげないからじゃないかな」
「いや来ないだけだから」
来ても素直になれないから言っているのだ。
でも、怒られても嫌だから挨拶をして別れた。
「やあ」
「隠れて見ているとか趣味が悪いよ」
なにをどうしたって偶然のようには見えない。
僕からしたらそうでもないけど暑い中なにをしているのか、メリットがないからいるなら参加してくればいい。
「外でやる主が悪い、なんでお家に上がらせてもらわないの?」
「まだ上がらせてもらうわけにはいかないよ」
「そっか……って、なんで?」
「え、だって周君と葭葉さんってわけじゃないんだよ? ……って、前もこんな話をしなかったっけ?」
「仮にしていたとしてもよくわからない考え方だなぁ、あとそろそろ名前で呼びなよ」
難易度が高いことばかり言ってくれるものだ。
今日だってちょっとしたことで爆発しそうになっていたのに名前呼びなんかしたらどうなるのか、それこそ言葉通りぶっ飛ばされる可能性だって普通にありえる。
「連絡先は――あ、交換しているんだよね、じゃあまずはそれでしてみよう」
「さ、流石に――あっ、駄目だってっ」
「任せて任せて~」
ぐっ、だけどこれで自分の方からするというノルマを達成できたことになるから悪くは――いや悪い、これが先程考えた一発で一緒にいられなくなる方法だ。
ただ、無理やり奪い取ると傷つけてしまうかもしれないし、そのままの流れでスマホを落っことして壊しそうだったからやめた。
「はい、とりあえず主らしく名前呼びだけにしてみた」
「いきなり『慈さん』ってメッセージを送られてきても困る――」
葭葉さんは顔を合わせなければ冷静に対応できる存在なのかもしれなかった。
返してくれたから『なに?』と送られた内容に返していったものの、特に怒られることはなかった。
だけどこれは……もしかしたら僕から送ったということに意識を向けている状態だからかな?
「どう? 別に怒られたりはしないでしょ?」
「だけど本人から許可を貰えるまではやめておくよ」
「もう、主はちょっと面倒くさいところがあるなぁ」
それは仕方がない、僕は僕だ。
開き直るわけではないけど変わらないから諦めてもらうしかなかった。




