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総督の遺言  作者: 西季幽司
第一章「バラバラ殺人」
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柿の木坂公園③

 先ずは隣のアパートを目指した。

 コンビニの隣に、二階建てのプレハブのアパートが建っていた。アパートで聞き込みを行うと、一軒目と二軒目は不在で応答がなかった。三軒目で顔を出してくれた男性が画像の主だった。「柿の木坂公園の事件ですか――⁉」と突然、刑事が尋ねてきたことに驚きながらも興味を隠せない様子だった。

 事件のことはたった今、テレビのニュースを見て知ったと言う。

「昨夜、コンビニからアパートに戻る途中、不審な人物とすれ違いませんでしたか?」と祓川が尋ねたが、「さあ・・・」と首を捻るばかりだった。

 コンビニの隣にあるアパートだ。帰宅途中に犯人とすれ違わなかったとしても不思議ではない。犯人を目撃していなかった。

 二人は礼を言って、アパートを出た。

 もう一人の買い物客については、なかなか素性が知れなかった。「別れて探しましょう」と佐伯が言うと、祓川は無言で離れて行った。佐伯はちっ! と小さく舌打ちをした。

 二時間ほど、足を棒にして近所を尋ね歩いたが収穫が無かった。

「どうだ?」路上で顔を合わせた祓川が聞いて来た。

「ダメですねえ~」と首を横に振ると、「おい、クリーニング屋だ」と祓川が言った。目の前にクリーニング屋があった。

 平日、夕方にコンビニに弁当を買いに行くくらいだ。独身のサラリーマンの可能性が高い。クリーニング屋を利用する機会が多いはずだ。クリーニング屋なら、近所の住人に詳しい。

 クリーニング屋を尋ねると、ツバを後ろに野球帽を被った中年の店主が迎えてくれた。警察バッヂを見せると、「ああ、公園であった事件ですか」と興味を示した。

 佐伯が男の画像を見せながら、「この方をご存じありませんか?」と尋ねると、「うちのお客さんですが、どうかしたのですか? 近所に住む稲田さんですよ。ひょっとして、公園で殺されていたのは稲田さんなのですか――⁉」と答えた。

 商売柄、顔と名前が直ぐに出て来る。

「いえ。事件に関してお話をお伺いしたいだけです」

 店では最初に来店した時に、会員カードを作ってもらうシステムになっていた。名前と住所を書いた伝票が残っていた。

 店主は棚から分厚い伝票の束を取り出して机に置くと、「ええっと・・・」と伝票の束をめくっていたが、「あった! これです」と一枚の伝票を二人に差し出した。

稲田聡(いなださとし)」と伝票に書かれていた。そして、稲田の住所と携帯電話の番号が記されていた。

 稲田の住所と電話番号を控えると、礼を言ってクリーニング屋を後にした。

 クリーニング屋からほど近い場所に稲田が住むアパートがあった。三階建ての小ぢんまりとしたアパートだ。稲田の部屋を尋ねると、不在だった。サラリーマンなら仕事中の時間だ。「おい」と祓川が言う。電話をしてみろという意味だろう。佐伯がクリーニング店で聞いた携帯電話に電話をかけてみた。

「今、会社にいます」と稲田は答えた。

 祓川にも聞こえるようにスピーカーフォンにした。

 昨夜、コンビニに行ったかどうか確認すると、「すいません。昨晩は飲んで遅くなったので、コンビニで朝飯を買って帰ったことは覚えているんですけど・・・何せ酔っていたんで、他のことはよく覚えていないんです」と電話口の向こうで申し訳なさそうに答えた。

「そうですか」

「でも、確かに、刑事さんがおっしゃる通り、帰り道で自転車に乗った若い男とすれ違ったような気がします」

「本当ですか⁉」

 稲田の言葉に喜ぶと、「いえ、見たような気がするだけです。黒っぽい服を着て、フードを被っていたので、顔なんてほとんど見ていません。がっしりとした体格から、若い男だと思っただけです。背中に何か、背の高いバッグのようなものを背負っていました。向こうから電柱がやって来るような錯覚に陥りました。だから、覚えているのです」と慌てて訂正した。

「男は背中に長いバッグを背負っていたのですね?」

 間違いない。防犯カメラに映っていた男だ。

「ええ」と答えた後で、「うへっ」と稲田は電話口の向こうで悲鳴を上げた。

 バラバラ殺人事件だ。柿の木坂公園の瓢箪池にバラバラにした遺体を捨てたことが報道されている。男が背負っていたバッグの中に何が入っていたのか、想像してしまったようだ。

「顔は見ていませんか?」

「すいません。顔は見ていないのです」

「男が何処から来たのか分かりますか?」

「さあて・・・コンビニを出て、少し歩いた辺りですれ違ったと思います。気がついた時には、目の前に彼がいて、ぶつかりそうになりましたが、軽やかに私を避けて行きました。何処から来たのかまでは分かりません」

「そうですか。当時の状況など、詳しいことをお聞きしたいので、ご足労ですが、署まで足を運んで頂けませんか?」

「いえ、ほんと、よく覚えていないのです」と渋る稲田を掻き口説いて、仕事が終わってから目黒署に足を運んでもらうことになった。

「さて、私は署に戻りますが、祓川さんはどうします?」と聞くと、「先に帰っていてくれ」と答えた。珍しく、「コンビニの映像から分かったことがある」と祓川は教えてくれた。

「何が分かったのですか?」

 悔しいが佐伯には分からない。

「犯人は三十分の間に犯行現場と公園を自転車で二往復している。池で死体を遺棄する時間と犯行現場に戻って遺体をバッグに詰める時間を考えると、移動時間はせいぜい五分くらいのものだろう。公園から自転車で五分程度の場所に犯行現場があると言うことだ。夜中で自転車を飛ばすことができたとして、そうだな・・・せいぜい公園から二キロ程度の範囲内に犯行現場があると考えて間違いない」

 なるほどと感心せざるを得ない。

「犯人がやって来た方角は分かっている。その方角を二キロに絞って重点的に聞き込んで回れば、被害者が誰なのか分かるかもしれない」そう言い残して、祓川は後ろ姿を見せて歩き去った。

 祓川が優秀なことは分かった。だが、協調性が足りないようだ。噂通りだ。

 祓川は元本庁捜査一課の優秀な刑事だったらしい。それが、ある事件で上司に「お前は馬鹿なのか――⁉」と悪態をつき、青梅署に左遷になったという。更に、青梅署では祓川を持て余して、目黒署へと飛ばされて来たという噂だった。

 ――何故、俺なんだ⁉

 佐伯は自分が祓川の相棒に指名されたことが不満だった。祓川ほどではないが、少々、性格にきついところがある。それは自分でも自覚している。だからと言って、祓川と組まされるほど、署内で浮いているとは思えなかった。

「じゃあ、コンビニで防犯カメラの映像を回収して鑑識に回しておきます。後、稲田さんから事情を聴取しておきます」

 どうせ聞いていないだろうが、祓川の背中に向かって声をかけた。

 警察では、祓川たちが手に入れた防犯カメラの映像以外に、柿の木坂公園内の防犯カメラの映像も回収していた。

 早速、映像の解析が勧められた。

 柿の木坂公園の防犯カメラからは、六月八日、深夜二時四十分から三時の間にかけて二度、身長百八十センチ前後の大柄な男が縦に長いバッグらしきものから、切断した遺体と思われるものを瓢箪池に捨てる映像が確認された。

 祓川が指摘した通り、バッグはゴルフ・バッグだという。

 男は二度に分けて遺体を遺棄する為に公園を訪れていた。

 但し、男がバラバラ死体を遺棄した弁天島へ架かる橋は公園の街灯からやや遠く、防犯カメラの映像では動いている人影を確認できる程度だった。橋に向かう男が街灯の灯りの届く範囲を一瞬横切っているのだが、画像はかなり不鮮明だった。男の人相はもちろん服装もはっきりとしなった。

 コンビニの画像と共に、科捜研に持ち込まれ、鮮明化処理が行われていた。

 七時近くになってやっと稲田が目黒署に姿を現した。稲田は四十前、独身で、ぼさぼさの髪に皺の寄ったカッターシャツを着ていた。

 佐伯は稲田から事情聴取を行ったが、有益な情報を得ることはできなかった。

 男が大柄でがっちりとした体格であったことを証言したが、それは柿の木坂公園の映像やコンビニの防犯カメラの映像から推定されていたことを裏付けただけだった。顔は見ておらず、男の人相は不明だった。

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