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総督の遺言  作者: 西季幽司
第一章「バラバラ殺人」
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柿の木坂公園②

 目黒警察署刑事部捜査一課の刑事、祓川晋太郎(はらいかわしんたろう)が野次馬を掻き分けながら規制線を潜って来るのが見えた。相棒の佐伯克樹(さえきかつき)は祓川より先に来ていた。

「おや、祓川さん。随分、ごゆっくりですね」佐伯が嘲笑を浮かべながら嫌味を言う。

 事件発生の第一報を受けたが、祓川には連絡しなかった。

 柿の木坂公園を散歩していた男性が湖面に浮かぶ腕を発見した。発見されたのは右腕で、切断されていた。残りの遺体を回収する為に、警察官を乗せたボートが湖面に漕ぎ出て捜索していた。

 公園は押し寄せた警察官に報道陣、それに野次馬で騒然となっていた。

 祓川は痩せて幽鬼のような男だ。狐のような顔に、不釣り合いな眉毛が弧を描いている。やたらと太い眉毛が滑稽味を感じさせ、狭隘な性格を覆い隠している。

 佐伯はがっしりとした体格だが、小柄で目が小さい。右の口角が常に上がっていて、顔が歪んで見える。実際、狭隘な性格の持ち主だ。

 祓川は佐伯の嫌味に気づかなかった様で、「バラバラ殺人だそうだな?」と尋ねた。

 祓川の方が随分、先輩だ。佐伯は祓川と目を合わさないで答える。「今、池を(さら)っているところです。右腕、それに上半身が見つかっています。被害者は男性だと言うことです」

「被害者の年齢は?」

「まだはっきりとしませんが、若くはないようです。鑑識の所見では初老の男性で、六十歳前後ではないかと言っていました」

「身元を示すような所持品は、見つかっているのか?」

「何も見つかっていません。犯人は遺体をバラバラに切り刻んで、ぼとぼとと池に捨てたようです」祓川が無言で佐伯を睨みつける。

 死者に敬意を払えと言いたかったのかもしれない。

「防犯カメラの映像は?」

「あそこにある街灯に防犯カメラが設置してあります。昨晩の映像が残っているはずです。ですが、死体が遺棄されたのが真夜中と思われますので、はっきりと映っているかどうか分かりません」

「後で映像を見たい」

「手配済です」佐伯が短く答える。

「遺体が見つかったのは今朝か?」

「今朝、遺体が見つかったので、我々がこうして呼ばれている訳です」と嫌味ったらしく答える。

「被害者が殺害されたのは昨晩だな?」

「それは鑑識の結果を待たなければ分かりません。まあ、昨日は異常が無かったそうですので、遺体が池に捨てられたのは昨夜と見て間違いないでしょう」

 佐伯が公園の周りで聞き込んだところ、野次馬の中に昨晩、八時頃、公園に散歩に来たと言う人間がいた。肥満気味で会社からの帰宅途中に公園の池の周りを一回りしてから帰るのが日課になっていた。「暗くてよく分からなかったが、あそこに街灯があるし、池に異常はなかったと思う」と証言した。

 犯人が遺体を池に投棄したとすると、夜の八時以降と言うことになる。

 祓川は「あれが第一発見者か?」と規制線の外で警官に付き添われている男に顎をしゃくった。

「第一発見者です。名前は佐藤明、今年の春に定年を迎えたばかりだそうです。毎朝の日課の朝の散歩をしていて遺体を発見しました」

「話を聞いてくる」

「第一発見者です。犯人かもしれませんよ~!」

 佐伯が祓川の背中に声をかけた。遺体の第一発見者を疑うのは捜査の初歩だ。言われなくても分かっている。「分かっている」とは祓川は言わない。振り返りもしなかった。

「ちっ!」と佐伯は小さく舌打ちすると、祓川の後を追った。

「あなたが遺体の第一発見者ですね? お話を聞かせてください」

 祓川が声をかけると、佐藤はまたですか? という顔をした。ただでさえ、朝から切断された遺体を見せられ、げんなりしているのに、何度も同じ話をさせられ疲労困憊なのだ。それでも、「はい。今朝、いつも通り、散歩をしていて、瓢箪池までやって来ると――」と気丈に遺体発見時の説明を始めた。

 佐伯は距離を置いて、二人の様子を見守っていた。

 佐藤が説明を終えると、「どうもありがとうございました」と祓川はあっさり尋問を打ち切った。そして、佐藤のもとを離れると、すたすたと公園の入口に向かって歩き始めた。

 佐伯はため息をついた。佐伯というパートナーがいるにも係わらず、直ぐに単独行動をとろうとする。どうしようかと迷ったが、「ええいっ! 仕方がない」と祓川の後を追った。

 公園の入り口から数メートルの場所にコンビニエンス・ストアがあった。そこに祓川が入って行った。二十四時間営業のコンビニだ。昨夜も人がいたはずだ。

 佐伯が後に続く。祓川はレジにいた中年の女性に「警察のものです。二、三、質問をしたいのですがよろしいでしょうか?」と警察バッジを見せていた。

 佐伯は黙って祓川の背後に立った。

 女性は「刑事さん、前の公園で何かあったのですか?」と不安気な表情で祓川に尋ねた。祓川はそれには答えずに、「昨晩、何か変わったことはありませんでしたか?」と質問で返した。

「さあ、今朝、業務を引き継いだばかりですので、昨夜のことは何も分かりません」

「防犯カメラが設置されているようですけど」

 レジ上の天井に、これ見よがしに防犯カメラが設置されていた。防犯カメラが設置されているというだけで、犯罪の抑止効果がある。

「はい。あります」

「昨晩の映像を見せて頂けますか?」

「こちらにどうぞ」と女性が佐伯に不審そうな顔を向けた。手ぶらでレジに並んでいたからだろう。佐伯は「ご心配なく。私も刑事です」と警察バッジを見せた。

 レジ裏の事務室に案内された。

 レジから撮影された映像にはコンビニ前の路上の様子が、ガラス・ドア越しだが、なんとか映っていた。

「位置的に犯人が夜中、この店の前を通った可能性が高いな」祓川が呟く。

 昨夜の八時から早送りで映像を見せてもらったところ、深夜の二時半から三時過ぎまでの間に、コンビニ前を自転車で通過する男の姿が映っていた。しかも、コンビニの前を二往復していた。男はフードを被っており、人相は分からなかった。目立たないように紺色のジーンズに黒っぽいパーカーを着ている。贅肉のない体型から、年齢は二十代から三十代の若者のように見えた。

 背中に縦に長いバッグを背負っていた。かなり長い。

「何だ、これは?」と佐伯が呟くと、「ゴルフ・バッグだ」と祓川が言う。

 ゴルフ・バッグを背負った男がコンビニの前の道を夜中に往復していた。

「遺体を運んだのでしょうね」

 聞くともなしに尋ねると、「まだ分からん」とでも答えるのかと思いきや、「この映像のコピーを頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」と佐伯の質問を無視して店員に尋ねた。

 女性の店員は直ぐに店長と連絡を取って了解を得てくれた。

「昨晩もこちらで働いていたのですか?」

 祓川が尋ねる。「いえ。昨晩は・・・ああ、垣越君がシフトで入っていたと思います」と女性が答えた。アルバイトの学生のようだ。

「昨晩、ここにいた店員さんから話を聞きたいのですが」と頼むと、電話をかけて呼び出してくれた。

 夜勤明けで寝ていたようで、ぼさぼさ頭の若者が目をこすりながらやって来た。垣越だ。もやしのように痩せて頭ばかり大きい若者だった。

 防犯カメラに映った、店の前を往復する不審な男のことを尋ねたが、「さあ、覚えていません」という返事だった。

 店の前を通り過ぎただけだ。客でもない男を覚えているはずがなかった。

「昨夜、深夜の二時半から三時過ぎまでの間に、店で買い物をされた客をご存じありませんか?」

「はあ?」と垣越が眉をひそめる。

 昨夜、コンビニの買い物客の中に、犯人を目撃した人間がいるかもしれない――と祓川は考えたのだろう。深夜にコンビニで買い物をし、公園と反対方向に向かった買い物客は路上で犯人とすれ違っているはずだ。

「さあ・・・」と考え込む垣越をレジ裏の事務室に連れて行って、防犯カメラの映像を確認してもらった。

 深夜とあって買い物客は多くない。深夜二時半から三時過ぎの間で、買い物をした客は二人しかいなかった。防犯カメラの映像には、レジを待つ二人の買い物客の顔がはっきりと映っていた。

「ああ、この人、確か、隣のアパートに住んでいる大学生ですよ。明け方に現れたり、夜中に買い物に来たりします」

 二人の内、一人目の素性はあっさりと知れた。垣越も大学生、持ち物や友人との会話で相手が同じ大学生で、隣のアパートに住んでいることが分かったと言う。

「名前までは流石に・・・」

 もう一人の買い物客については、分からないと言う。

「わざわざ、すいませんでした」と礼を言うと、垣越は無言でぺこりと頭を下げて、店を出て行った。寝なおすのだろう。気の良い若者のようだ。

 もう一度、中年の女性店員に防犯カメラの映像を見てもらった。もう一人は近所に住むサラリーマンだと思うという返事だった。「平日の夕方に弁当を買いに来ることが多い」とのことで、こちらも「名前まではちょっと」と言うことだった。

 女性に防犯カメラの映像を記録媒体にコピーしておいてもらうように頼み、二人の顔を携帯電話で撮影して取り込むと店を出た。

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