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総督の遺言  作者: 西季幽司
第一章「バラバラ殺人」
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柿の木坂公園①

 毎朝、一万歩、歩くのが日課だった。

 朝五時に起きて家を出て、近所の公園をぐるりと一回りしてから家に戻る。佐藤明(さとうあきら)は今年の三月に長年勤め上げた会社を無事に定年退職した。人生の目的を失い、ただぶらぶらと毎日を無為無策に過ごすことを嫌い、早朝の散歩を始めた。汗をかき、家に戻ると風呂にたっぷりと湯を張って、時間をかけて入浴することでサラリーマン時代より五キロ近く痩せていた。デスクワークで弱っていた足腰もすっかり丈夫になった。働いていた頃よりも健康になっていると思っていた。

 六月十二日の早朝、今日も自宅から二十分かけて目黒にある柿の木坂公園まで歩いてきた。公園内には「瓢箪池」と呼ばれている池がある。池の周りを半周し、瓢箪池の中央にある弁天島と呼ばれる人工島に渡って、軽く体操をする。そして、島の周りを周回してから家に戻る。家に帰りつく頃には一万歩を超えている。

 公園内は車が通らないし、遊歩道が整備されていて歩き易かった。多少の雨でも雨合羽を着て散歩している。台風でも来ない限り、朝の散歩は休まなかった。

 いつも通り公園の入口から池の周りを歩き始め、半周回ったところで弁天島への橋を渡り始める。今日は朝から雲が重く垂れこめ、今にも雨が降り出しそうだった。梅雨時期とあって最近、雨が多い。ウインドブレーカーを着て来たが、何時、雨になっても良いようにポケットの中に携帯用のポンチョタイプの雨合羽を入れてあった。

 風があるようで、池の湖面が波立っていた。橋を渡りながら何気なく湖面に目を向けた佐藤はぎょっとして足を止めた。

 湖面からまるで助けを求めるかのように、にゅっと青白い手が伸びていた。湖面から伸びた手は溺れる者が何かをつかもうとしているかのように広がっていた。

「お・・・お、おお・・・」

 佐藤は言葉にならない悲鳴を上げながら、よろよろと橋の上を後退した。

(誰かが溺れている。助けなければ!)佐藤は勇気を振り絞ると、欄干に歩み寄って湖面を見つめた。池に飛び込んで助けるつもりだった。

 ――げえっ!

 佐藤は悲鳴を上げた。

 湖面から突き出た腕の先には何も無かった。腕の根元部分には藻が絡まっているだけで、微かに赤黒い切断面が水面下に見えた。腕は胴体に繋がっていなかった。

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