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総督の遺言  作者: 西季幽司
第三章「武公の詩」
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地獄爺①

「仲崎幸太郎さんを殺害したのは、あなたですね?」

 祓川は世間話でもするように、穏やかな口調で話しかけた。だが、杏里は答えない。

「最初、あなたのお兄さんが仲崎を殺害したのだと考えていました。遺体を背負ってベランダをよじ登り、四階の部屋まで運び込んで、そこでバラバラにして池に捨てる――そんな芸当ができるのは、あなたのお兄さんくらいしかいなかったからです。

 それに、あなたのお兄さんには彼を殺害する動機があった。父親を殺され、その復讐を果たした。そう考えると、納得が行きました。だが、それはあなたも同じだ。あなたもお兄さんと同じ動機を持っていた」

「・・・」杏里は黙って俯いたまま膝の上に置いた手をもじもじと動かしていた。

「あなたはお兄さんから仲崎のことを聞いていたのですね。『総督の遺言』を売ったのは彼だ。お父さんの消息を知っているはずだ。お兄さんは喜んだ。もし、奪ったのだとすると、何も言わないかもしれない。その時は、どうやって彼の口を割らせるか、それを考えなければならない。お兄さんは、そんなことを、つい、あなたに打ち明けてしまった。苦労した兄妹です。お父さんがあなた方を捨てたのではないことを、お兄さんはあなたに一刻も早く伝えたかった。

 あなたはお兄さんから、仲崎がお父さんから掛け軸を奪って、それを金に換えたことを聞かされた。腹が立ったでしょう? それで、どうしたのです? 仲崎を問い詰めたのですか? お父さんをどうしたのか」

 杏里は答えない。俯いたまま、顔も上げなかった。

「あなた方がどうやって、お父さんが殺され、池の底に埋められたことを知ったのか、よく分かりません。でも、あなた方は知ってしまった」

 杏里がぽつりと口を挟んだ。「あの男がそう言ったのです」

「なるほど~なるほど~」と祓川は満足そうに頷くと、「あなたが仲崎のマンションを訪ねたのですか? いや、変だな。だとすると、犯行現場はあのマンションだったはずだ。とすると・・・仲崎が尋ねて来た? 何処かに呼び出された?」と尋ねた。

 すると、杏里がまた「あの男が私をつけて来たのです」と短く答えた。

 自供が始まったようだ。佐伯は緊張した。祓川の巧み、いや、粘着質な尋問に杏里が音を上げ始めている。

「なるほど~なるほど~仲崎さんが、あなたをつけて来た。何だか目に浮かぶようです。お兄さんから仲崎のことを聞いたあなたは彼を問い詰めに行った。お父さんがどうなったのか、気になったからでしょう。だが、彼は答えなかった。あなたは諦めて、このアパートに戻って来た。だが、彼につけられた。そういうことですね?」完全に誘導尋問だ。だが、まだ取り調べではない。今は自白を引き出すことが最優先だ。

 杏里は微かに頷いた。

「さて、仲崎は何故、あなたをつけて来たのでしょうか? 口止めをする為。いや、違います。買収する。彼はそんな手ぬるいことはしません。彼はあなたを殺しにやって来た。違いますか?」

「・・・」杏里は答えない。話が核心に迫っているので、迂闊に答えることができないのだ。

「もし、そうだとすると、正当防衛なのではありませんか? あなたは身を守る為に、彼を殺害した」そう言うと、祓川はつと立ち上がり、足元に敷かれたラグマットを一気にめくった。

「おわっ!」ラグマットの上に座っていた佐伯は、慌てて飛び退いた。そして、「あっ!」と声を上げた。

 畳の上には赤黒い染みが広がっていた。血痕だ。それもかなりの量だ。ここが、このアパートが犯行現場だったのだ。

 杏里はほんの僅かに肩をすぼめただけだった。

「やはりここでしたね。ここが犯行現場だった。仲崎に襲われたのですね?」

「はい」と杏里が返事をした。

「それで、どうしました?」

「あの男がいきなり襲い掛かってきて、首を絞められました。私は・・・咄嗟に・・・そこにあったアイロンを掴んで・・・」そこで杏里は言葉を切って黙り込んだ。

「仲崎の頭を殴りつけたのですね?」

 杏里が頷く。「仲崎はあっけなく死んでしまった。か弱い女性を絞め殺すつもりが返り討ちに遭ってしまった。過去の成功体験が、油断を招いたのでしょう。それでどうしました。お兄さんと連絡を取ったのですね? お兄さんは驚いたでしょうが、直ぐに駆けつけて来てくれた」

 まるで見ていたかのように話す。佐伯は感心したが、誘導尋問じゃないかという疑念は消えなかった。

「兄は・・・驚いていました・・・」

「そうでしょう。そこから、よく短時間であの計画を練り上げましたね。お兄さんは一旦、ゴルフ・バッグを取りにアパートに戻った。そして、戻って来ると、仲崎の死体をゴルフ・バッグに詰めて、マンションまで運んで行った。ベランダを這い上がって部屋に侵入すると、マンションで死体をバラバラにして、お父さんが眠る池にばら撒いた。

 仲崎の頭部は未だに見つかっていません。お兄さんはお父さんの遺体を我々に探して欲しくて、重石をつけて頭部を沈めたと証言しています。重石をつけてしまった為、ゴルフ・バッグに入りきらなくなって、マンションと公園の間を夜中に二往復したと」

 プライベートで出前用のバイクを使いたくなかったのだろう。秋貞和義は移動に自分の自転車を利用している。恐るべき体力だ。

「池の底を浚えば、お父さんの遺体が見つかる可能性が高かった。そして、お兄さんの計画通り、お父さんの白骨遺体が見つかりました。ですが、頭部に重石をつけて沈めたのは、傷を、凶器がアイロンであることを隠したかったこともあったのでしょうね」

「・・・」杏里が何も言わないので、祓川が代わりに話し続ける。「池底にお父さんの遺体があることを、どうやって知ったのですか? 仲崎の証言ですか? あいつがそう言った? やつの証言通り、白骨遺体が見つかったとすると、仲崎の犯行と見て間違いないでしょうね。全てが終わると、お兄さんはあなたに事件のことは誰にも言うな、何があっても、誰にもしゃべるなと約束させた。全部、俺に任せろとでも言われたのでしょうね」

「あの男が父を殺して掛け軸を奪ったのです」

「そうでしょう。あなたのお父さん以外にも、あいつに殺害されたと思われる人物がいます。あいつは人知れず、殺人という重罪を繰り返していました。だが、偶然が積み重なって、今まで露顕することがなかった。あなたもひょっとしたら、その一人になっていたかもしれません。お父さんを殺害して、掛け軸を奪ったことが知れると、大変なことになる。そう仲崎は思ったのでしょう。それで、あなたの後をつけて、居場所を確かめた。そして、準備を整えると、あなたを尋ねた。安易に、あいつを家に入れたのは大失敗でした。警察に通報すべきでした」

 杏里は素直に頷いた。「はい。今となっては後悔しています・・・」

「さて、話を続けましょう。私は仲崎が住んでいたマンションで、あなたのお兄さんと出会いました。お兄さんは仲崎の部屋の鍵を持って来たのだと思います」

「はい。あいつが襲い掛かってきた時、マンションの鍵を私の部屋に落としていたのです。私、動転していて、鍵が部屋にあることに気がつきませんでした。部屋を片付けていて・・・」とは、畳についた血痕を一生懸命、拭き取ったのだ。だが、畳だ。奇麗に落とすことができなかった。そこで、ラグマットを敷いた。その時、杏里は見慣れぬ鍵を見つけた。「鍵に気がつきました。兄に相談したら、俺に任せろと鍵を持って行きました」

「なるほど~なるほど~事件後に鍵を持って行ったとなると、お兄さんは二度目に公園に行く時、部屋を片付け、入り口のドアに鍵を掛けてから、バラバラにした遺体を背負って、ベランダを伝って降りて行ったことになります。驚嘆すべき身体能力ですね。

 以上が事件の全容でしょう。さて、後はお金です。仲崎の部屋にあったお金をどうしたのですか? あなたが預かっているのではありませんか?」

「お金? さあ、私は知りません」

「そうですか」と祓川が答えると、「家探ししてもらっても結構です。本当に、私はお金のことは知りません」と杏里は強く否定した。

「はい。後ほど、あなたの部屋は家宅捜索されることになります」

「刑事さん。兄は私に頼まれて協力しただけです。兄のこと、罪に問われないようにしてもらえませんか? 私が刑務所に行くのは構いません。兄だけは、兄だけは刑務所に入れたりなんてしないで下さい」杏里は必死の形相で、祓川に訴えかけた。

 真犯人は秋貞杏里、事後共犯が和義だった。

 祓川が「詳しい話は署で聞かせてもらいます」と言うので、杏里の必死な様子を見ていた佐伯は思わず口を挟んでしまった。「秋貞さん。仲崎を殺したのは正当防衛でした。あいつに襲われたから、あなたは反撃しただけだ。そのことは一貫して主張を曲げないで下さい。分かりましたか?」佐伯の口調に熱が籠る。

 杏里は驚いた顔をしたが、次の瞬間、「はい」と小さく頷いた。

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