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総督の遺言  作者: 西季幽司
第二章「湖底に眠る死者」
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弥助翁の宝①

 山口県警刑事部捜査一課の生長和人(いきながかずひと)警部補は、相棒の浅井隆裕(あさいたかひろ)と共に捜査一課長の山縣に呼ばれ、奇妙な指示を受けた。

「長さん、忙しいところ悪いが、警視庁からの依頼なんだ。至急、この中村豊(なかむらゆたか)と言う人物を訪ねて事情聴取を行って来てくれないか?」

 最近は山縣まで生長のことを「長さん」と呼び始めた。別に昔からのあだ名ではない。浅井が生長の下についてから勝手にそう呼び始めた。

「何故、長さんなんだ?」と聞くと、「生さん」だとピンと来ないし、下の名前の「和さん」だと生意気過ぎる気がするので「生長」の「長」をとって「長さん」なんだと答える。

「刑事らしくていいじゃないですか」浅井はそう言って笑う。

 生長は浅井の前では「長さん」と呼ばれるのを嫌がっているふりをしているが、内心、「名刑事みたいだ」とこの渾名を気に入っていた。

「忙しいところ」と山縣は言ったが、このところ一課が出張るような凶悪事件がなく、正直、暇を持て余していた。

 警視庁からの捜査依頼に興味が湧いた。

「警視庁からの依頼? で、何を探れば良いのでしょうか?」

「それが例の目黒のバラバラ死体の事件関連の捜査らしいんだが・・・」山縣はどこか腑に落ちない表情で、警視庁からの依頼の内容を説明した。

 目黒署から警視庁を通じて捜査協力の依頼があった。

 山口市内在住の中村豊を訪ね、中村家に代々伝わって来た掛け軸の存在を確かめて来て欲しい――という内容だった。

 掛け軸になっている書は明治維新の頃に、日清戦争の停戦交渉の為に下関を訪れた李鴻章という中国の著名な政治家の手によって書かれたものだという。李鴻章が宿泊した寺の下男に褒美として与えたもので、「総督の遺言」と呼ばれている。

「掛け軸がバラバラ殺人に関係あるんですか?」浅井が横から口を挟むのを、生長は視線で制してから、「分かりました。浅井、行くぞ」と声をかけた。

 山縣だって詳しいことは分からないのだ。

 中村は市内の建築会社に勤務していた。浅井が連絡を取ると、「今日は一日、会社にいます。会社に来て頂けないでしょうか?」と丁寧な返事があった。

 小郡にある会社に中村を尋ねると、痩せて頭髪の薄い男が二人を迎えてくれた。中村豊だ。中村は二人を会社のミーティング・コーナーへと招いた。

 挨拶もそこそこに、生長は「変な質問で申し訳ありませんが――」と掛け軸の話題を持ち出した。中村は、「ああ・・・」と思い当たることがある様子だった。

「私も子供の頃に親父から聞いた話ですので、うろ覚えなのですが、確かに中村家にそう言った掛け軸があったという話を聞いたことがあります。中国の高官が下関で暴漢に襲われる事件があって、弥助翁という方がその高官の看病をしたそうです。日本を去る時、感謝の意を込めて、弥助翁に一筆したためてくれたのが、その掛け軸です」

「明治時代に、日清戦争の停戦交渉の為に下関を訪れた李鴻章という中国の政治家の筆だそうですが、間違いありませんか?」

「はい、確か、そんな名前だったと思います。弥助翁はその高官からもらった掛け軸を終生、大事にしていました。時折、家に飾っては崇めていたそうです。やがて弥助翁が亡くなると、跡継ぎがいなかったものですから、最後を看取った実の妹が掛け軸を受け継ぎました。その妹が中村家に嫁いで来た、うちのご先祖様です。以来、掛け軸は中村家のお宝となりました」

「掛け軸は『総督の遺言』と呼ばれる逸品だったとか?」

「『総督の遺言?』うちでは『弥助翁の宝』と呼ばれていましたよ。何故、そんな仰々しい名前が付いたのか、分かりませんね」

「なるほど・・・」

「親父は掛け軸が欲しかったようですが、掛け軸は中村家の家長が受け継ぐ決まりになっていました。親父は三男坊でしたので、相続することができなかったようです」中村は薄くなった頭をぽりぽりと掻きながら答えた。

「それでお父様のお兄様が掛け軸を受け継いだのですね?」

「ええ、伯父が受け継いだと聞きました。伯父が亡くなった後は、一人息子の拓真さんが受け継いだはずです。掛け軸のことなら、拓真さんの奥さんに聞いてみてはどうです?」

 甥の中村拓真は十年前に行方不明になっている。以来、山口と東京と遠距離であることから、拓真一家とは交流が無くなってしまい、旧姓に戻った朋子と年に一度、年賀状をやり取りする程度の付き合いしかないと言う。

「掛け軸がどうかしたのですか? 資料的価値はあるかもしれませんが、書いた人は日本で有名な人ではありませんので、値打ちものじゃないと聞いています」

 下関には中村の父の兄、次男坊の家系がいるそうだ。中村拓真が東京に転勤になった後、留守宅となった本家の家屋敷に居座ってしまった。遺産を横取りしたと、親戚中から爪弾きに遭っていると言う。

「拓真さんは人が良かったから」と歯がゆそうに言った。

「他に掛け軸のことで、知っていることはありませんか?」と念押しすると、「すいません、何もありません」と申し訳なさそうに答えた。

 中村からの事情聴取を終えると、山縣に一部始終を報告した。そして、奇妙な捜査協力に対する捜査を終えた。

「下関に本家があるそうですが、そちらも聞き込んでみましょうか?」と尋ねると、山縣は「取り敢えず、聞き込んで来てくれた内容を本庁に上げておくよ。ご苦労さん」と手を振った。

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