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総督の遺言  作者: 西季幽司
第二章「湖底に眠る死者」
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西浦竜玉堂②

 中村拓真の妻だった秋貞朋子(あきさだともこ)から詳しい話を聞くために、勝田台に向かうことにした。秋貞家に向かう途中、祓川の携帯電話に着信があった。

「あ、うん。うん。僕だ」祓川は日頃より一オクターブは高そうな猫なで声で電話に出た。「ああ、うん」、「そうだね~」、「うん。分かった」と会話の内容が分からないように声を潜めて、短い返事を返すだけだった。だが、人が変わったようだ。

「ああ、うん。じゃあね」と祓川が電話を切った。

 冷やかすほどの仲ではない。祓川の家族構成を知らないが、電話の相手は奥さんだろうと思った。

 無視するか、聞いてみようか考えていると、「余計な詮索はするんじゃないぞ」と祓川から釘を差されてしまった。

 この人にも、こんな面があるのだと思うと可笑しかった。

 秋貞家に到着した。

「まだまだ元気ですからね。子供たちの世話になりたくありません」と朋子は明るい笑顔で二人を出迎えてくれた。

 六十代。一重瞼に小さな口が秋貞和義と似ている。丸い顔で、大福餅を連想させる顔だ。

「この度は、お巡りさんたちにご迷惑をお掛けしています。ご苦労様です」と深々とお辞儀をされた。瓢箪池で見つかった白骨遺体が亡き夫のものであったことを聞かされたのだ。

「いえ。ご愁傷様です」と佐伯が返すと、「もう、主人は死んだものだとあきらめていました」と言う。そして、「むしろ、私たちを捨てたのではないことが分かって、ほっとしています。主人はそんなことをするような、私たちを捨てたりするような人間ではないと分かっていました。だから、もう主人は死んでいると思っていました」とさばさばとした表情で答えた。

「ご主人の話を聞かせて下さい。特に失踪した当時のことを」と言って、家に上がり込んだ。

 ごちゃごちゃと家具が多いのだが、綺麗に整頓された応接間に通された。

「今、お茶を」と言うのを、「結構です」と祓川が引き留めて、事情聴取が始まった。

「秋貞さん。ご主人が失踪した当時のことをお聞かせ願えませんか?」

「主人がいなくなった時のことですか? もう十年の前の話ですよ。あれは、忘れもしない日曜日のことでした。『ちょっと出かけてくる』と言って、主人はいなくなったのです」

「何処に行くか、或いは誰と会うのか、言っていませんでしたか?」

「私がちゃんと聞いておけば良かったんですけどね。アウトドアっていうんですか。主人は出かけることが好きな人でした。家でゴロゴロしているのが嫌いなのです。休みの日でも、時間が出来ると直ぐに出かけていました。

 私はどちらかと言うと、インドア派で、家でのんびりしているのが大好きでしたからね。結婚当初はよく二人で出かけたりしたものですけど。その内、億劫になって・・・まあ、子供たちが出来てからは、主人の相手は子供たちに任せていました。

 遠くに出かける訳ではありませんし、お金のかかる遊びをする訳でもありません。多趣味で、近所を散歩したり、写真を撮ったり、花を観察したり、絵を描いたり、まあ、忙しい人でした。子供たちの面倒を見てくれるので、休みの日は私も休みだって、主人に子供たちの相手を押し付けておりましたの。ほほほ」朋子はころころと笑う。まだまだ、話が尽きない。「子供たちが大きくなってからは、相手にしてもらえなくなったみたいで、一人で出かけることが多くなっていました。あの日、子供たちは部活や友だちと遊ぶ為に家を出ていて、誰もいなかったと思います。主人は一人で出かけて行きました。直ぐに帰ってくると、思っていたのですが、結局、戻って来ませんでした」

「なるほど~なるほど~ご主人は手ぶらで出かけたのですか?」

「さあ、どうでしょう。何時も、何も持たずに、ふらふら~といなくなっていましたから。財布すら持たずに出かけることがありました。手ぶらだったと思います」

「あの日はどうでした?」

「確か・・・財布は持って出ていました」

「他に、何か持って出たものはありませんか?」

「主人が出かけるところを見ていませんので、分かりません」

「そうですか。では、質問を変えましょう。仲崎幸太郎という名前に聞き覚えはありませんか?」

「仲崎さんですか。いいえ、存じません」

「ご主人が勤めていた会社のビルで、守衛の仕事をやっていた人物なのですが」

「守衛さん・・・そう言えば・・・」

「・・・」祓川は無言で朋子が記憶を呼び覚ますのを待った。

「主人は残業が多くて、職場で最後の一人になることが多かったようです。仲崎さんかどうかは分かりませんが、あまりに残業が多いものだから、夜中に見回りに来る守衛さんと仲良くなったって、笑いながら言っていたことがあります」

 中村拓真と仲崎幸太郎が深夜の見回りで知り合った可能性が出て来た。

「なるほど~なるほど~その守衛の方について、他に何か覚えていることはありませんか?」

「そうですねえ・・・すいません。思い出せません」

「そうですか。では、お宅に掛け軸はありませんでしたか? ご主人、値打ちものの掛け軸をお持ちだったのではありませんか?」

「掛け軸――⁉」朋子が反応した。心当たりがあるのだ。

「ご存じなのですか?」

「はあ・・・」と躊躇いながら、「押入れに、細長い風呂敷包みがあったのです。主人が大事にしていて、中に何が入っているのか聞いたら、確か・・・掛け軸だと言っていたような気がします。骨董の類に興味がありませんので、中を見たことがありませんでした。主人が言うには、値の張るものではないけど、中村家にとっては家宝だと言っていました。ご先祖様の思い出の品だそうで・・・」と朋子は答えた。

「その風呂敷包みは、どうなったのですか?」

「それが、いつの間にか無くなっていたのです。気がついた時にはありませんでした」

「何時、何時頃、無くなったのですか?」何時も冷静な祓川が興奮していた。

 朋子は祓川の剣幕にたじろぎながら答えた。「さあ、主人がいなくなった頃だと思います」

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