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総督の遺言  作者: 西季幽司
第一章「バラバラ殺人」
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鍵の隠し場所②

 祓川と佐伯は仲崎光輝と会いに向かった。光輝は父親の住むマンションからほど近い場所にある安アパートの二階に住んでいる。

 連絡を取ると、「ああ、家にいるから何時でも来てくれ」と光輝は答えた。

 兄の勇次はギャンブル癖があるものの、真面目に工場に勤めをして家族を養っている。一方、光輝はと言えば、父親同様、何をして生計を立てているのか分からないような暮らしをしていた。

「グラフィック・デザイナーをやっている」と光輝は言った。

 光輝の部屋を訪ねると、パソコンひとつ置いていなかった。グラフィック・デザイナーをやっているようには見えなかった。最近は輸入雑貨の卸売をやっていると言い、部屋の中にオリーブオイルの空き瓶が山ほど置いてあった。

 三十路を過ぎた独身の男の一人暮らしとあって、ごみ溜めのような部屋を想像していたのだが、逆に家具がほとんどない生活感の無い部屋だった。

 祓川は光輝からの事情聴取に興味がないようで、必然、事情聴取をするのは佐伯の役目となった。

 先ずは柿の木坂公園の池から見つかったバラバラ死体が仲崎幸太郎のものであったことがことを伝え、型通り、お悔やみを述べた。

「へえ~あれ、やっぱり親父だったんだな。まあ、そうじゃないかと思っていた」と光輝は他人事のように答えた。そして、「親父のあのマンション、売っても構わないだろう?」と尋ねた。

「マンションですか? もう暫く犯行現場として現状の維持をお願いします。その後、マンションをどう処理するかは、お兄さんとご相談されて決められてはいかがですか」

「ふん、兄貴か。あのマンションは俺が親父からもらったんだ。親父に『マンションをくれよ』って言ったら、『俺が死んだら好きにして良い』って言われたんだからな」

「遺書でも残っているのならともかく、口頭での約束は効力がないと思いますよ。相続者の一人であるお兄さんとよく相談して決めて下さい」

 あくまで刑事事件の捜査だ。民事に介入するつもりはない。光輝は納得が行かない様子で、「なんで兄貴と相談しなければならないんだよ」と不満そうだった。

 父親が亡くなった途端、マンションを売り払って金に換えようとするなんて、どうかしている。父親は保険金目当てで母親を殺害し、その子供は父親が殺されたと聞かされて悲しみの色ひとつ見せない。

 光輝のアリバイを確かめて来いと言われている。佐伯は「六月十一日の夜、何処で何をしていましたか?」と尋ねた。

「六月十一日の夜?さあ、何をしていたっけな・・・確か・・・ここにいたと思うよ」

「それを証明してくれる人がいますか?」

「ああ、いるよ。このところ、ずっとここで打ち合わせをしていたからな」

「打ち合わせですか?」

「うん。ちょっと新しい商売をやろうと思ってな。仲間と打ち合わせをしていた」

「夜にですか?」

「ああ、そうだよ。忙しいやつらだからな。夜の方が集まるのに都合が良いんだ」

 どうも怪しげな話だ。「その、一緒に打ち合わせをしていた方の名前と連絡先を教えてもらえませんか?」と佐伯が頼むと、「おいおい、そんなことまで言わなきゃあならないのか! 俺は親父を殺された被害者だぞ。まさか、俺のことを疑っているんじゃないよな」と光輝は顔を真っ赤にして怒鳴った。

 自分が疑われていることに気がついていなかったらしい。

「教えて頂けないとなると、こちらで調べるだけです。事件関係者のアリバイを調べることは、捜査手順のひとつなのです。アリバイがないとなると、それこそ、こちらとしても疑ってかかるしかありません。できれば、是非、ご協力、頂きたいのですがね」佐伯が嫌味ったらしく言うと、「じゃあ、一人だけだ」と言って、光輝は打ち合わせ仲間の名前を漏らした。

 名前を手帳に書き留めながら尋問を続ける。「お父さんが大金を持っていた件について、幾つか確認したいのですが、よろしいでしょうか?」

 佐伯の言葉に光輝は興奮した面持ちで言った。「金の話? あの金、兄貴が独り占めにしたんじゃないか。いや、きっとそうだ。あれ、親父の金だから、半分は俺のものだよな?」

「お兄さんが独り占めにしたという事実は今のところありません」

「そりゃあ、金を独り占めにしておいて、独り占めにしましたとは言わないだろう。刑事さん、しっかり調べてくれよ」

「分かりました。お兄さんは会社の同僚からお父さんがお金を持っているという話を聞いて、お金を借りにお父さんのマンションに向かったそうです。でも、『金は無い』と追い返されました。丁度、あなたから電話があったので、金の話をしたら、『俺が確認してきてやる』と、あなた、返事をしたそうですね?」

「そうだっけ? まあ、金を持っているのかどうか確かめに行って、ほら、そちらの刑事さん――」と言って、光輝は祓川に視線を向けた。「とマンションで一緒になったって訳よ」

 祓川は知らぬ顔だ。あくまで光輝からの事情聴取には興味がない。

「ああ、なるほど」と軽く頷いてから、「お兄さんとは、よく連絡を取り合っているのですか?」と続けて尋ねた。

「まあ、たまにね・・・兄貴も金は持っていないが、俺や親父と違って定職についているからな。毎月、きちんと給料ってものが支払われる・・・まあ、金は貸してくれなくても、飯くらい奢ってくれるからな」

 要は、光輝は食事を奢ってもらうつもりで勇次と連絡を取った。勇次は「悪いが今は飯を食わせてやる余裕がない」と断ると、「親父が金を持っているらしいぞ。それも大金みたいだ。金を借りに、行ってみたらどうだ? 俺には貸してくれなかったけど、お前なら貸してくれるかもしれない」と教えてくれた。

 父親が金を持っていると聞いて、喜び勇んでマンションに向かうと殺されていた――そういうことになる。

「お父さんは『お宝を売ってお金に換えた』と言っていたそうです。お兄さんは『家に値打ちものの宝なんて無かった』と言っていましたが、心当たりはありませんか?」

 光輝は「ああ――」と答えてから、「そうか。兄貴が家を出てからのことだからな。兄貴は知らないんだ」と言ってにやりと笑った。

 勇次は高校を卒業すると直ぐに家を飛び出している。勇次が家を出てからの話のようだ。

「では、お宝があったのですか?」

「さて、あれが宝かどうか、俺にもよく分からない。俺が学生だった頃の話だ。ある日、学校から家に戻ると、新聞紙に包まれた細長い箱のようなものが家にあった。『それ何?』と親父に尋ねたら、親父は血相を変えて、『そんなこと、お前は知らなくて良い!』と怒鳴って、箱を押入れに仕舞い込んだ」

「箱の中身は何だったのですか?」

 佐伯の問いに光輝が首を傾げながら答えた。「それが変なんだ。親父の居ない時に、箱の中身を確かめてやろうと思って、押入れを探したんだが、その箱みたいなものは無かった」

「箱が無くなっていたのですね?」

「ああ、親父が処分してしまったみたいだ。結局、それっきりだった。親父がどこから箱を手に入れ、それをどうしたのか。箱の中身が何だったのか。分からず仕舞いだった」

「お宝は確かにあったが、処分されてしまっていた・・・」

「それっきり、箱のことは忘れていたんだけど、この間、ふと思い出して、親父に尋ねてみたんだ。『昔、細長い箱のようなものを持っていたよな?』って。そしたら親父、『そう言えばあれがあったな』と呟いて、えらく喜んでいた。親父も忘れていたみたいだ。でも中身が何だったのか、やっぱり教えてくれなかった」

「お父さんはどこか別の場所にお宝を保管していた?」

 佐伯の言葉に、光輝は「保管? 親父が? はは。それはないね。売り払ったんじゃなければ、それをカタに金でも借りたんだろう」と意外に鋭いことを言った。そして、「もう少し、親父にしつこく聞いておけば良かった」と悔やんだ。

 幸太郎はどこからか貴重品を手に入れ、それを担保に金を借りた。そしてその貴重品の存在自体を忘れてしまった。光輝の言葉でそれを思い出した。幸太郎は貴重品を取り戻し、売り払って大金を得た。

 光輝の話から、佐伯の脳裏にはそんな筋書きが浮かんでいた。

「寝室の押入れから何か無くなっているようです。押入れには雑然と物が詰め込まれていましたが、隅に隙間ができていました」

「それが多分、金だよ。やっぱり大金を持っていたんだ」

「お金? 現金で保管していたのでしょうか?」

「親父が銀行に金を預けるものか! 銀行に預けると、何時、差し押さえられるか分からないと言って、常に現金で持っていた。お袋の保険金が降りた時も、親父はずっと現金で持っていた。今度も現金で隠し持っていたに違いない。やっぱり、兄貴が持ち去ったんじゃないのか!」と光輝が吠えた。

「まあ、まあ~」となだめてから、「ところで、あなたのお父さんに恨みを持っていた人物はいませんでしたか?」と佐伯が尋ねた。

「恨み? さあ? 親父も昔は色々、手広くやっていたみたいだからな。誰かに恨みを買うことがあったかもしれない。親父を恨んでいたやつなんて、それこそ星の数程いそうだけど、残念ながら俺は知らないね」

「手広く何をやっていたのですか?」

「兄貴同様、ギャンブル狂だったからな。派手に遊んでいた。遊ぶ金欲しさに、色々、危ない橋を渡ったんじゃないか」

「お父さんはどんなお仕事をされていたのですか?」

「親父の仕事?」と言ってから、光輝が考え込んだ。佐伯が「ご存じないのですか?」と尋ねると、「さあ、最近は何で飯を食っていたんだろう? お袋が生きていた頃は、会社勤めをしていたけど、お袋が死んでからは、仕事らしい仕事はしていなかったような気がする。時々、出かけることがあったから、何かやっていたんだろうけど」と光輝が答えた。

「そうですか。お母さんを亡くされてから・・・」

「うん。交通事故でね」この時ばかりは、しおらしく答える。

「今日は色々・・・」と佐伯が質問を打ち切ろうとすると、横から祓川が言葉を挟んだ。「ところで、お父さんの部屋の鍵が玄関前の電気メーター・ボックスから見つかっています。何時も、鍵はそこに隠してあったのでしょうか?」

「玄関前の電気メーター・ボックス――⁉ 本当か?」

「ええ」と祓川が頷くと、「言っただろう。親父は常に家の中で現金を保管していた。銀行を信用していなくて、現金を隠し持っていた。そんな親父が、鍵を玄関前の電気メーター・ボックスなんかに隠しておくと思うか⁉ そんなことをすれば、兄貴が留守中に部屋に上がり込んで、金を持って行ってしまうだろう。違う、違う。そんなところに鍵を隠したのは親父のはずがない!」と光輝が怒鳴りながら言った。

 玄関前の電気メーター・ボックスに鍵が隠してあったなら、勇次に限らず、光輝だって勝手に部屋に上がり込んで、金を持ち去っていただろう。

 光輝の答えに「なるほど~なるほど~」と祓川は満足そうに頷いた。

 電気メーター・ボックスに鍵を隠したのは、犯人である可能性が出て来た。奇しくも祓川の推理が裏付けされた形になった。

 仲崎光輝からの事情聴取を終えた。

 仲崎光輝のアリバイ確認が行われた。証言通り、事件当夜、光輝は部屋で友人と打ち合わせを行っていたことが分かった。だが、その打ち合わせは怪しげなものだった。オリーブオイルの卸売をやっているという仲間と仕事の打ち合わせをやっていたと言うが、捜査二課によれば、最近、健康志向からオリーブオイルの売上が伸びているそうだ。成分や品質を偽った偽物が市場に出回っているということだった。海外からの輸入物だと偽って、販売されているらしい。

 祓川と佐伯は光輝の部屋でオリーブオイルの空瓶を大量に確認している。

 光輝はそういった偽物の販売に関与している疑いが濃厚だった。一課から二課へ、情報が提供され、内偵が行われた。

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