5話 王と老魔術師
俺はレクスにフォボスのことを任せて、仕方なくクラブへ向かった。
教室のドアを開けると、何やら大勢の男たちが屯っていた。さっそくモブAを捕まえて事情を訊く。
「なあ、これはいったいどういう状況?」
「あ、ジニアスくん。それがさあ、貴族の誘拐事件で王宮機動隊が動き出したんだって。ほら、メネスくんは貴族でしょ? 心配した彼の父親がなんか抗議したっぽいよ」
「えっ、まさかこのクラブに警護隊が?」
「うん、そのまさかだよ」
まあ、顔見知りが誘拐されたら俺たちも夢見が悪い、メネスはいけすかない奴だけど、父親からすれば可愛い我が子だ。
だからってクラブに警護隊はないでしょう。
「ようジニアスくん、待ってたぞ」
と声を掛けてきたのは、あの警護隊長だ。
「あ、どうも隊長……」
「俺はエルドだ、君の昇進が決定した」
「……はっ?」
いきなりレクスの思うツボかよ。ここはやんわりと押したり引いたりで――
「俺がですか? またなぜそんなことに……」
「貴族の誘拐事件は知ってるな? それに伴って少しでも戦力が欲しいんだよ」
見張りの増員ってところか。
「あのう、メネスくんは?」
「彼は魔力保持者だが、保護対象になったんだよ。それにここだけの話し、彼は弱っちいし生意気だし、こちらとしては除外対象にしたいのさ」
まともな意見だと思うが、隊長みたいに本音を言える人物なんて少数派だ、王宮の連中は貴族の味方が大多数でポンコツ派だ。
「人手不足とはいえ俺で良いんでしょうか?」
「ジニアスくんとメネスくんのことを王宮機動隊に話したところ、特待生でも使えない奴はいらん、そいつを寄越せって即答だったよ、だから安心しろ」
へぇ、実力主義ってことか、機動隊も機能しなきゃ意味ないしね、やるだけやるか。
「はい、ありがとうございます、エルド隊長」
「おう、頑張れよ! じゃあ行こうか」
いきなりですか、レクスよ、お迎えは王宮へ!
俺はエルド隊長と一緒に、機動隊専用のバスに揺られ王宮へやってきた。
途中、他の地区の昇級者も合流して、バスの中は仲間意識の強い奴や、勇者モード全開の奴、俺みたいな嫌々オーラを漂わせている奴と、様々な空気が混ざり合って酔いそうになった。
気分最悪の中、エルド隊長の後に付いて、旅行パンフレットでしか見たことのない、煌びやかな宮殿をツアー感覚で眺めていると、練習場と思われる広場に着いた。
「よし、皆んな整列!」
エルド隊長の号令が轟く。そこへ、もう絶対にヒーローだろってイケメン戦士と、その後を兵士たちが連なる。
アニメでよく見る光景とくれば、新参者同士の模擬戦か、先輩兵士のしごき訓練か、俺たちが騒つく場面に違いない。
「皆んな良く来てくれた、私は都市公安機動隊の隊長でロサードだ。早々で悪いが、班分けをする。それとエルド隊長、ジニアスくんと一緒に私に付いてきてくれ。ナハト副隊長、後は任せたぞ」
「了解です、隊長」
これは予想外の展開だ。しかも公安?
あの影の軍団みたいな特殊部隊の?
前世の時代さながらだな。その公安が俺に何の用があるんだろう、内部侵入は成功したが、目立つ行為は勘弁願いたいところだ。
なのでESPを使う。俺の能力を与えた者には思念通信が可能だ。
(アピス、俺が連れて行かれそうな場所を先回りして調べてくれ)
(先回りとは、虫になれと?)
(文句言わない)
(ハァ、畏まりました)
擬態化くらいで文句とか、ハチなんて可愛いもんだろ、俺なんかヘビとかクモだよ、しかも擬態化じゃなくて本物のね。あ、俺もつい愚痴ってしまった、それにしても――
俺の横でロサード隊長に続くエルド隊長は、これから行く場所を知っているのか、質疑もなく黙って歩く。機動隊は俺の味方か敵か――
そこへ羽音と共にアピスが俺の肩に留まった。
(ジニアス様、執務室という部屋に数人の魔力保持者が集まっています。おそらく国王とその配下ではないかと)
(国王……そうか。お前は相変わらず優秀だな、ありがとう、急に呼び出して悪かったな)
(……いえ)
その間は何だよ――まあいいか。
(それと、誘拐事件のことですが、貴族の中でも魔力保持者でダンジョン経験者の末裔に限られているようです。引き続き詳しく調べて参ります)
(誘拐事件……うん、よろしく)
そういえば調べろって言ったなあ……父さんやフォボスのことがあって忘れてたわ、ハハ……。
暫く王宮内を歩いて、アピスの言っていた執務室で止まった。いったい何を言われるのやら――
「公安のロサードです、入ります」
「ああ、どうぞ」
落ち着いた声が応える。ロサード隊長、エルド隊長、そして俺の順で部屋へ入った。
王が上座でその横に年老いた男が座っていた。男は王の友人、もしくはお抱え魔術師といったとこか、眼鏡の奥で品定めするように俺を見る。
なぜ魔術師と思うか、机の上に魔術書が置かれているかるからだ、シルヴァ父さんみたいに。
王が先に話し始めた――
「おお、ロサード隊長にエルド隊長、ご苦労様。ではさっそくだがジニアスくん、座ってくれ」
「あ、はい、失礼します」
「悪いが、君たちは外で待っていてくれるかな」
王が隊長たちに席を外すように言うと――
「ですが……」
と、ロサード隊長は戸惑うが、エルド隊長は俺の肩をポンっと叩き、ロサード隊長の背中を押してドアを閉めた。
当の俺は、取調室の容疑者かよ、と思いながら席に着いた。まあ似た様なもんだが。
王の自己紹介から始まった――
「私はフォルティス・デルニエ、この国の5代目国王である。ではジニアスくん、君のことを調べさせてもらった。君はシルビア・フェルモントの息子で間違いないね?」
シルビア? ああ、きっと父さんが偽名を使ったんだな、クラブの手続きなんてレクス任せだったし、特に問題はないはずだ。
「はい、そうです」
「ではジニアスくん、単刀直入に聞こう、君は元聖剣士のシルヴァ・フェルモントの養子で、現黒魔術師の弟子だね?」
いきなり何なんだこいつら、シルヴァ父さんの知り合いか? それに、俺が拾われた経緯を知るのはダークファミリーだけだ、いったいどこからの情報だ、まさか賢者……。
俺は口を噤んだ――
「…………」
「おいおい、私たちは君や君の家族を卑下したり、脅かすつもりも否定するつもりも毛頭ない。ただ真実を知りたいのだ」
「王よ、彼が沈黙するのも無理はない。ここは我らとシルヴァの繋がりを先に話すのが礼儀であろう」
そう言って老魔術師が王を宥める。重い空気の中、老魔術師が話し始めた。
「気分を悪くさせてすまない。こう見えて儂とシルヴァは同期なのだ。約90年前、儂らは共に魔術を習い、良きライバルであった。しかし彼は黒魔術へと転向し、儂らの前から姿を消した。おそらく昔の出来事を嘆いているのだろう。彼に責任はないというのに……」
シルヴァ父さんからダンジョン消滅の内容を聞かされたってことか、レクスの話とも辻褄は合う。だからといって、俺は家族以外の話は信用しない、俺にどうしろって言うんだ。
「――なぜ俺を呼んだ」
「弟子である君の力を借りたい」
俺は弟子じゃないし――
「君も魔力保持者だろ?」
シルヴァ父さんは黒魔術使いだが死霊魔術師だし、魔力はクラビス父さんからだし、こいつら憶測でものを言ってるのか、だとすると、賢者も魔王が父親だとは知らない――
この世界に来て15年、何となくだが、仕組みがわかってきた。
俺からしたら仕組まれたことなんだろうが、この国全体が仕組みで成り立っているんだ――