12話 秘密と談話
俺はベッドの上で目を覚ました。あれからどのくらい時間が経ったのだろう。窓の外はあの時と同じ夕暮れ時。たぶん1日は過ぎている。
多少体は痛いが、おそらく身長が伸びたからだろう、まったく無茶苦茶だよ。
顔の向きを変えて部屋を見渡すと、ベッドに寄り掛かって父さんたちがうたた寝をしていた。
久しぶりに見るふたりの姿に、俺の顔も自然と笑顔になる。そっと起きてふたりに毛布を掛けてあげると、シルヴァ父さんが目を覚ました。
「あ、ごめん、起こしちゃたね」
言うと同時にシルヴァ父さんの眼から涙が溢れた。何も泣かなくても……。
「もう泣かないでよ、久しぶり、シルヴァ父さん」
「お前……どんなに心配したか……」
そう言って俺を強く抱きしめた。その反動でクラビス父さんも目を覚ました。
「ジニアス……ああ、生きてる……」
そしてクラビス父さんは俺とシルヴァ父さんを抱きしめる。く、苦しい……。
「うっ……ク、クラビス父さんも久しぶりって、いったいどうしたんだよふたりとも」
「どうしたって、こっちが聞きたいよ! お前は1週間も眠り続けていたんだからね!」
と、シルヴァ父さんの激が飛ぶ。予想以上の時間の経過に俺も戸惑う。
「そんなに? そうか……ごめんね、心配かけて」
「まったく、急に背は伸びるは意識不明になるわで、流石の俺も暴れそうになったぞ」
えっ、クラビス父さんが暴れたら地球が滅んじゃうだろ、きっとシルヴァ父さんが止めたんだな。
「その前にシルヴァが暴れて大変だったんだよ」
これまた予想外。いつも冷静沈着なシルヴァ父さんがねえ……ちょっと嬉しいかな。
「当たり前だろ! 大切な我が子が生きるか死ぬかって時に、じっとなんかしていられるかい!」
「俺に怒るなよ! 元はといえばシルヴァがジニアスを地上へやらなければこんなことにはならなかったんだ!」
「私のせいだっていうのかい!」
相変わらず仲の良いことで――
「まあまあ、ケンカするほど仲が良いってね」
「「うるさいバカ息子!」」
おっと、息もピッタリでなにより。ああ、父さんたちに出会った時のこと思い出す――
俺は父さんたちの間に割り込んで、ふたりの手を強く握り、俺が賢者に召喚された時の事から話すことにした。
俺に全てを話す勇気はなかった、繰り返しの転生者なんて、両親に化け物の俺を知られたくなかった、まだ嫌われたくはないからね。
いつか必ず別れる時はくる、それまでは普通の息子でいたいから……。
「そうか、エルフォルクがお前を……」
「ごめよシルヴァ父さん、父さんが昔の仲間を探してるのは知ってた、黙っててごめんね」
そう言った途端、シルヴァ父さんの顔が般若のような顔に変貌した。俺は思わずクラビス父さんにしがみ付いた。
「あいつら、ぶっ殺す!」
……え?
「ククッ、心配するなジニアス、その話しはシルヴァから直接聞いた。あのな、賢者に俺の相手をしろと突き放されたとき、黒い石を無理矢理に奪われたんだって、そんで仲間の冒険者と姿を消した。その石は両親の形見なんだと、そりゃ必死に探すわな」
ちょっと、俺が想像したドラマと違うんですけど――いや、ここはもうスッパリと割り切ろう。
賢者が善か悪かはまず置いといて、冒険者のセロは悪者で間違いない。アレース神と女神とは契約を結ぶ関係だ、なら賢者と女神は無関係か?
いや、そもそも女神と賢者の関係性については俺が勝手に推理したに過ぎない。
ここは一旦リセットしよう――
首謀者は賢者、黒い石を巡った仲間割れ。しかしだ、どう話を繕っても、俺の存在が見え隠れする。賢者が俺を召喚した本当の理由は……。
そういえば、黒曜石を敵が入手したといってたな、異界が異空間と繋がっているとしたら、何者かが賢者から奪った、元冒険者のセロが「あのお方」と言っていたやつが犯人かもしれない、なら賢者は既に消されている?
では他の仮説を立ててみよう、もう一つ黒い石の存在があるとしたらどうだろう、無理はあるが、あながち間違いともいいきれない。
とにかく石の持ち主だったシルヴァ父さんに訊くのがいちばんだ。
「あのさ、シルヴァ父さん、お怒りのところ悪いんだけど、その形見の黒い石は1つだけ?」
「ああ1つだよ。ねえジニアス、私が怒っているのは、お前にこんな仕打ちをしたエルフォルクにだ。可愛い赤子のお前になんて酷いことを……」
まあ確かに酷いと思ったけどね、でも――
「でもね、そのお陰で父さんたちに会えたんだ、俺は幸せ者だと思ってるよ、だから気にしないで」
「「ジニアスー!」」
またクラビス父さんまで……もう、参ったなあ。
だが、石は1つだということは判明した。しかし、首謀者である賢者の生死と、俺の召喚理由は謎のままだ。とにかく賢者のことは暫く伏せておこう。
クラビス父さんが俺の手を握りながら、心配そうに話す。
「お前、いろいろ抱え込んでいないか?」
「まあ、それなりね。俺は父さんみたいに強くなりたいからさ、頑張るしかないよ」
「そうか。しかしレクスに呼ばれて来たときは驚いたぞ、知らない竜人は居るは、ジルは居るはで、お前は大丈夫なのかって、親としては心配でならん」
心配ついでに、俺はクラビス父さんと内緒の談話をしようと思う、魔王の強さについて。
「ねえ、昔みたいに膝の上に座っていい?」
「ん? ククッ、懐かしいな、おいで」
するとさっそくシルヴァ父さんが隣でヤキモチを焼く。
「ちょっとジニアス、クラビスに甘え過ぎだよ」
「シルヴァ父さんには後で添い寝してもらうからね、だからちょっと待ってて」
「添い寝かあ、懐かしいねえ、なら本でも読んで待つとしよう、フフ、楽しみだね〜」
俺はクラビス父さんに寄り掛かる。相変わらず熱い胸板と広い肩は健在で、背が伸びた俺をスッポリと覆い隠す。流石は魔王、やっぱりデカい。
俺は頭を肩に乗せて内緒話を始めた。
「あのね、背が伸びた理由、知りたい?」
「おお、その理由とは?」
「俺ね、神界へ呼ばれたんだよ。そこでね、ある神にお前はチビだからって大きくしてくれたんだ」
「神界ってお前……」
「フフ、その神にね、父さんのこと少し教えてもらったんだ、強さの秘密をね」
父さんの顔色が変わり、鼓動が高鳴るのがわかる。緊張してる? ちょっと愉快。
「秘密って……あれかあ、あいつかあ、まあなんだ、それはそのう、初期の話しであって……ってなんでお前が戦神を知ってるんだよ」
「ククッ、それは俺と戦神の秘密。俺が父さんみたいに強くなりたいって言ったのは、力の強さじゃなくて、心の強さなんだ」
父さんは呆れたのか諦めたのか、薄っすらと笑みを浮かべて言う。
「フッ、そういうことか。俺は魔界を創るまでに、横やりや罵声、あらゆる冷たい仕打ちに耐えた。でも誰かの言い也になるよりはずっと楽だった。まあ早い話し逃げたのさ、だが逃げっぱなしってのも癪に障るからな、それなりに力を付けて地位と名誉を手に入れた、魔王という悪名をな。別に心が強いわけじゃない、我慢強さ、忍耐力は必要だな」
俺は偉大な魔王に出会えたことに感謝して、クラビス父さんをギュッと抱きしめた。
「ごめんね、嫌はことを思い出させて、俺も父さんみたいに我慢強くなる」
「バーカ、世の中ひとりでは生きられんのだ、我慢すことなんかない、俺や家族を頼れ、俺の愛する息子よ、俺から離れていくなよ、約束だぞ」
親離れ禁止令を言い渡されてしまった、見透かされた? でもこんな嬉しいことはない。
「うん、ありがとう、約束する」
クラビス父さんとの秘密の談話が終わると、シルヴァ父さんが恨めしそうに本の隙間から様子を伺っていた。なんか怖い……。