10話 戯言
魔界からやって来たジル姐さんを連れて屋敷に戻ると、レクスが先に帰っていて出迎えてくれた。
すると、ジル姐さんはレクスの執事姿を見て、
「あんたがジニアスの世話係かい?」
と言って、俺の激愛話に火花を散らす。お互い引かず譲らずでそのままキッチンへ向かった。
俺とフォボスは急いで胃薬を飲んだ。
俺は自室に戻り着替えをしながら物思いに耽る。
帰り道、どうしてジル姐さんが人間の式典なんかを観たいのか聞くと、ジル姐さんは昔よくダンジョンで冒険者と戯れ合っていたんだとか。
それってダンジョンの魔物側をジル姐さんが担当していたってことだよね、物は言いようだ。
でも今はその冒険者もいなくなり、代わりに猛者とはどんな者達なのか見学しに来たと、なぜが少し寂しげに語っていた。
魔族にとってダンジョンは仕事場みたいなものだったのかもしれない。
ということは、ジル姐さんはダンジョン賛成派。
冒険者は冒険する過程でスキルを獲得して魔力保有者になる、これが一般的。
前世ではアニメや漫画など、転生や召喚、女神の悪戯や魔物からの変異とかで元から魔力を得るのが主流、俺みたいな。
賢者のエルフォルクはどうなんだろう。元から賢者だったなんてことはないだろうし、やっぱり冒険者から成り上がって賢者の地位を獲得した。
それでも冒険者の活躍するダンジョンを消滅させてしまった。理由はいろいろあるだろう、例えば粗悪な冒険者のダンジョン荒らしとか、金目当ての鉱石泥棒とか、スキルを上げるためだけに魔物を殺すレベルアップオタクとか――
エルフォルクはそんな冒険者にダンジョンを利用されたくなかった、なら彼はダンジョン反対派?
というより冒険者反対派、なのかも。
俺的にはダンジョンなんてどうでもいいけど、冒険者職業は在って損は無いと思う。
だってこの国は、使い物にならない魔力保有者に、平和ボケさながらの近代国家、敵の襲来で右往左往の醜態を晒す機動隊。
機動どころか機能してないし、意味なく無い?
そんなときのお助け冒険者ではないのか――
そこでだ、式典に参加する猛者に協力を仰ごうとひらめいた。彼らも賢者やシルヴァ父さんを元冒険者として讃えている、なら彼らに冒険者の称号を与えてみてはどうだろう。
まだ何のプランも立っていないが……。
そこへフォボスが部屋へ入ってきた。
「おお、ここがジニアスの部屋か、何も無いな」
余計なお世話だよ。そうだ、この際フォボスに知恵を拝借しよう。
俺はいま考えていることをフォボスに話した。するとフォボスは先ずスラム街の活用法について話だした。あのプランはやはり見直すべきだと――
「ふぅ、だよなぁ、彼らの人生を俺が勝手に決めるのは違うよな……ごめん、軽率だったよ」
「フッ、そう自分を責めるな。彼らは彼らであの場所が好きだから生活している、お前は彼らの手助けをしたいのだろ?」
好きか……社会から邪魔者扱いされた者からすれば、さぞかし居心地の良い場所だろう。
スラム出身というだけで虐げられ、職を失い、路上生活の末路。そしてまたスラム街へ……。
手助け――聞こえはいいが、俺はただ自分のために利用したに過ぎない。
だって俺はダーク……あ、俺は今――
ああ、そうか、頭では父さんたちをわかっていたつもりが、俺がいちばんダークサイドを悪だと思っていたのかも……。
なんだ、俺がいちばん最低な奴じゃん……今さら言い訳や戯言を並べてたところで後の祭りだ、でも――
「なあフォボス……俺……さあ……」
どうしたんだろう――異様に眠い……。
「ん? どうした? おい、ジニアス!」
俺はそのまま意識を失った――
***
神界――
「……ヒツジが521匹、ヒツジが522匹、ヒツジが……あれ? なあ、今何匹目だった?」
「ハァ、もう何回目ですか、522匹ですよ!」
ヒツジ? なぜ? 知らない声……ここは?
「あっ! アレース様、目を覚ましたようです!」
「やっとか、どれどれ……おお、ヒツジを数えると目を覚ますってホントだな。ふむ、ちょっと立て」
ヒツジは眠るために数えるんじゃ……それにしてもデカい人だなあ――誰?
「えっと……」
「チビめ」
「は?」
そりゃね、あんたに比べたら小さいけどさ、世間一般では普通だと思うよ。いったい何?
「おいリム、人間の平均身長は?」
「そうっすね、人種にもよりますが、男なら170㎝から180㎝ってところですかね、こいつは東洋系なんでこんなもんでしょ」
「ふむ、そうか――つまらん」
つまらん? え?
「戦士たるものデカくなければ意味がない」
男はそう言っていきなり俺の額に人差し指を当てた。熱いものが全身を巡る――
「ふむ、まあこのくらいが妥当だろう」
何をされたのかさっぱりだが、今までとは違う視野に、思わず下を向いた。地面が遠い……まさか、背が伸びた?!
「こ、これは……」
「フッ、デカくしてやったんだ、礼くらい言え」
頼んでませんけど……。
「アレース様、流石に190超えは目立つんじゃ……」
「190超え?!」
「俺様を守護とするならばこのくらいは必要、貧相では俺様が笑われてしまう。さてジニアスよ、俺様はお前の守護神、戦神のアレースである」
突然の告知に俺は戸惑う――
戦神って確か、フォボスの言っていたイリーガルハンターの加護だったよな、加護って俺の守護神になるってこと?
おいおいちょっと待てよ、俺は魔族に力を与えられた、いわば反逆的立場なんだけど、いいのか?
「あ、あのう……戦神のアレース様、そのう、守護神っていうのは確かで?」
「ん? お前はイリーガルハンターを授かったんだろ? 加護付きの? いやーなかなか候補者が現れないんで退屈してたとこだったんだ、これは特別サービスだ。ワッハハ!」
ワッハハって……確かに売れ残ってましたけど、でもここはハッキリと伝えておかなければ!
「あのう、俺はある偉人に魔力を与えられた人間で、つまり神様とは相反する立場で、守護に値する者ではないかと……」
「……俺様が守護では気に入らないと?」
上から冷たい目線、こ、怖い……。
「いえ、そうではなく、俺はそのう魔族で……」
「魔族? ああ、魔王クラビスのことか。俺様が何も知らないとでも? お前は人間の戯言を鵜呑みにしているようだが、神話などくだらん。いい事を教えてやろう、何を隠そう、クラビスに力を与えたのは俺様なのだ、あ、これ内緒な、シー!」
シーって……え、ええっ!
「奴は奴なりに俺様の力を増幅させ、魔王とまで呼ばれるようになった。つまり、お前と同じクラビスも偉業者ってことだ。あ、クラビスは元気か?」
ちょっと思考が追いつかないんですけど……でも聞かれたことには正直に話さないと後が怖そうなんで――
「最近は逢っていないので正確にお応えできませんが……結婚して幸せに暮らしていると思われます」
「えっ? 奴が結婚?」
そこへリムという配下らしき男が間に入る――
「ハァ、アレース様、この間お伝えしましたよね、まったく、すぐ忘れちゃうんだから。シルヴァというエルフの男と一緒に暮らしていますよ」
あ、それ言っちゃう……?
俺の中で危険を知らせるドラム音が鳴る。
ダンダダン――
「エルフの男? そうか、それならそれで良い」
軽快なラッパ音が鳴る、パララパッパパー!
ってそこは良いのか!
で、ここはどこ?