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プロローグ 【召喚】


 かつて、冒険者が活躍した時代、武術と魔術を極めた賢者がいた。ある日、ダンジョンの最終決戦に向かったその賢者は、ラスボスと死闘を繰り広げる最中(さなか)、ダンジョンと共に忽然と姿を消した。今から約500年前の出来事である――


 

 

 魔界とも神界とも言えない空間に、結界を張った領土が要塞空母のように浮かんでいた。

 見渡す限りの荒野、その中央にはまるでオアシスともいえる密林が1箇所だけ生息する。その密林には怪しげな館が(そび)え立つ。


 木々の陰で怪しく(うごめ)死霊(ネクロ)たちが、不気味な雄叫びを(とどろ)かしては魔素を吐き出す。


 部屋の窓に腰掛け銀の長い髪を(なび)かせながら、魔術書を読むひとりの男がいた。彼の名はシルヴァ、元聖剣士で人間とエルフのハーフだ。シルヴァはダンジョン消滅を機に、死霊魔術師(ネクロマンサー)として密かに暮らしている。


 端正な顔から眼鏡を外すと、耳障(みみざわ)りな声に眉を(ひそ)め従者に告げる。


「おーい、誰か静かにさせておくれ」

 

 主人の声に従者の死霊獣が陽気に応える。


「はーいシルヴァ様、今ぶっ飛ばしてきまーす」


 死霊獣の応えにシルヴァはピクリと眉を動かす。

 

「ハァ、暴力は禁止と言ったはずだよ」

「あ、へーい」


 シルヴァの横で苦笑いをする側近で死霊魔人のレクス。シルヴァは黒魔術(ウォーロック)を得意とし、従者のほとんどは死霊(ネクロ)であった。彼の趣味は魔術書にかじりつくこと、本の虫である。


「フフッ、相変わらず覚えない奴ですね」

「良い子なんだけどねえ、負けん気が強くて困るよ。ああレクス、私はちょい出掛けるよ」


 レクスはシルヴァに黒いローブを差し出すと、溜め息をひとつ()いて主人に言う。


「ハァ、書物はほどほどに願います」

「んー、気分次第かなあ、じゃあね」

「……いってらっしゃいませ」


 半分諦めたような顔で主人を送り出すレクスを背に、魔術書で怪鳥を呼び出すと、その背に乗り結界を抜けて空を(かけ)る。

 

 そこへ魔界の巡回堕天使(セラフ)がシルヴァを呼び止めた。


「ようシルヴァ、下界の下僕(げぼく)共を観察か? まあせいぜい魔王に嫌われないようにな」

「ご忠告どうも。あと、見回りご苦労様です」


 お互いが相手の様子を(うかが)い飛び立つ。セラフの支配者はもちろん魔王、以前のシルヴァと魔王は敵対関係であったが、魔王の気まぐれと、拉致の開かない争いに嫌気がさしたシルヴァとで、両者合意の上、争いに終止符を打った。

 

 それからというもの、魔王に気に入られたシルヴァは、暇つぶし相手という間柄で今も繋がっている。


 無難にやり過ごしたシルヴァは、怪鳥を急かすように羽根を握った。応える怪鳥は大きく翼を羽ばたかせ、急加速で空を()せた。



 人間の住む領域へやってきたシルヴァ。争いはないが安息地とも言えない街並みを見下ろす。

 怪鳥を魔術書に収め、人の少ない路地裏に降り立つと、そこかしこに不労者が猫の死骸と一緒に眠っている。ペットなのか食料なのか想像もしたくない有り様だ。


 ここはデニエル大国の近代都市リベルタ――

 裏路地を一歩出れば高層ビルが建ち並び、交通手段は路面電車や都市バスなど、それらを利用する人や買物客で賑わう。

 

 シルヴァは都心にある都立記念図書館へ向う。その途中、人々からある話が飛び交うのを聞いた。


「今日は王宮で開かれる"冒険者記念式典だな」

「そうそう、伝説のエルフや賢者エルフォルク様を讃える式典だ、大勢の猛者が集まるらしいぜ」


 エルフと聞いたシルヴァは、迷惑そうにローブのフードを目深に被り、いつもより速足でその場を通り過ぎた。

 この都市でシルヴァをエルフと知る者はおそらくいない、というより、シルヴァ本人を知る者がいないのだ。ただ"銀髪の黒魔術師"という名称だけは知られている。


 (冒険者記念ねえ……エルフォルク……)


 シルヴァは頭に過ぎるものを払うと、気を取り直して都立記念図書館へ入った。

 シルヴァのお目当ては最上階にある古文書や、今ではあまり読まれることのない魔術関連のコーナーへ直行する。


 この大国では武術と剣術が主体で、昔のような魔法や魔術の類いは使われなくなった。理由は本質である魔力を持つ者が極端に減ったからである。

 いろいろと憶測はあるが、定かではない。


 シルヴァはさっそく本棚の並ぶ通路へ行くと、見知った顔の男がニヤニヤと本棚に寄り掛り、シルヴァを待ち受けていた。


「なんでこんな所に居るんだい、魔王クラビス」

「いやね、セラフがお前が出掛けるの見たって言ってたからさ、ちょっと様子見にな」


 (魔王はそうとう暇らしい、私も同等だけど)


 シルヴァはいつものことと、特に干渉することもなく、棚に目を向け本を探す。ふと真新しい本に気づいて手を伸ばすと、クラビスも同じ本に手をかけた。お互いは譲らず引かずで言い合いになる。


「ちょっとクラビス、君には必要ないだろ、いい加減に手を退かしなさいよ!」

「俺が先に見つけたんだ、お前こそ退けろ!」

「「むむむっ!」」


 睨み合うも、クラビスが本の背表紙に指を掛けた途端、棚から本が落ちた。するとあるページが開かれたその時――


「「うわっ!」」


 眩しいほどの閃光が本から放たれると、ドサッという音が聞こえてふたりは細目を開ける。なんとそこには大きな(かご)が置かれていた。いや、現れた。


 ふたりはそっと近づいて中を(のぞ)くと、白い布に巻かれた赤ん坊が眠っていた。あまり驚くことのないふたりだが、流石に本から赤ん坊は予想外と、(しば)し無言で(たたず)む。


「えっ……何これ、どういうこと?」


 と、シルヴァが口火を切る。


「俺に聞くな――もしかして、召喚か?」


 クラビスが冷静にいま思い当たることを口にした。ならばと、シルヴァがじっとクラビスの顔を見て(つぶや)く。


「クラビスが本を落としてページが開かれた、なら赤ん坊はクラビスの下へやって来たんだよ」


 クラビスはいかにも責任は自分にあると言いたげなシルヴァに、(いぶか)しげに言う。


「いや、お前は魔術書を持っている、だからお前に引き寄せられて来たんだ、絶対そうだ」


 それからふたりは責任の擦り合いで、ああだこうだと鼻息荒く小声で論争する。その覇気に驚いたのか、眠っていた赤ん坊が泣き始めた。静まり返る図書館に甲高(かんだか)い声が響く。


 ふたりは赤ん坊以上に驚き、シルヴァは咄嗟(とっさ)に籠に(おお)(かぶ)さるも、それが何の意味もなさないことに、クラビスは大きく溜め息を吐いて、シルヴァと籠を(かつ)ぎ魔力でその場から姿をくらませた。


 爽やかな風の吹く草原に移動したクラビスとシルヴァは、籠を囲んで途方に暮れる。

 途方に暮れたところで連れてきてしまった赤ん坊を見捨てるわけにもいかず、いつの間にか泣き止んで眠る赤ん坊の顔を覗きながら、ふたりは長々と話し合った。


 お互いが思う、


((なぜ人間に任せようと言わないのか))


 と。そこには不思議と共感し合うものがあった。それは人間に対する不審と、自分たちとは相容(あいい)れない立場だと考えていたからだ。


 結論として、赤ん坊はふたりで内密に育てることとなった。当分の間、結界を張ったシルヴァの館に赤ん坊を置く。その代わり、クラビスは通い妻ならぬ通い親父となった。


 (私が子育てねえ、先が思いやられる……)

 (俺が人間の子育てかあ、面白そうだな)


 それぞれが赤ん坊の父親気分で瞑想(めいそう)する。はてさて、この先どうなるのか、周囲の反応やふたりの尊厳や威厳、赤ん坊の謎、困難な道のりになるのは間違いない。

 


 

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