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6

 アングリーバードは見た目こそ鶏だけれど、その実は地上での生活に特化した生き物だ。


 恐竜に先祖帰りしたといっても良い。


 自重を支える為に足の筋肉と骨密度を上げた結果、胸筋は退化して空を飛ぶ事が出来なくなってしまっている。

 そんな生き物が横転したら、起き上がる事は難しいだろう。


「……腕までべちょべちょだよ」


 地面に伏した後、アングリーバードは姫子松に解体用のナイフで喉笛を掻き切られ、あっさりと死亡した。


 俺はまたも生き物の殺害を年端もいかぬ少女に任せてしまった訳である。

 代わりに任された仕事は、高く売れる素材の剥ぎ取り作業だった。


 その間、姫子松は側に寄って来たドローンと会話をしたりピースサインをしたりと忙しそうにしている。

 やはり花形の魔法少女とは違い、盾職の地味なおっさんなんかをフィルムに収めても配信映えはしないのだろう。


 確かに盾職は辛い。苦しい。痛い。怖い。

 元より理解していたし、今回の件で盾職の不遇さを十分に再確認したつもりである。


 体を張ってボロボロになった俺と後方で魔法を撃っていた姫子松。その優劣はともかく、世間的な扱いの差は比べるまでもなく歴然である。


 だがそれは、35歳になってようやく冒険者を始めた男への代償だ。

 心地よくはないけれど、理解も納得も済んでいる。


 ドローンは何台もあるのだから一機くらいは俺の元へインタビューに来ても良いのではないか。とは思ってしまうが。


「……なんだこれ?」


 肘までをもアングリーバードの腹にできた血の海に沈めていると、ふと指先にツルリとした感触があった。


 硬い石のような触感だが、魔石ではない。

 手で掴んでみると、野球ボール程の大きさだと分かる。


「おぉ、これは……」


 引き千切って取り出すと、隙間からは透明な玉が現れた。

 何時ぞやはショーケースの中にあったけれど、見間違えることはない。


「オーブか!はてさて何のスキルが封じられているのかね?」


 そうして掌で転がしてみたり擦ってみたり摩ってみるも、アイテムの詳細が分かることはなかった。

 いきなり半透明なウィンドウが現れても困るが。


 とはいえ協会には鑑定石なんていう魔道具もあるし、地上に戻れば中身も分かるだろう。それまでは未開封のガチャガチャを持っている感覚を楽しめば良い。


「はいはいお疲れさん」


 アングリーバードの死体から幾つもの素材を剥ぎ取り終えると、頃を見計らったかの様に姫小松が帰って来た。


「スター気分は味わえたか?」

「そりゃあバッチリや。売り込みもしといたで」


 商魂が逞しくて結構な事だ。俺には真似できない。


「志遠も、言うとった部位は取れたみたいやね」

「ついでにスキルオーブも見つけたぞ」


 しかし姫小松は「よろしおすなぁ」と零すだけで、積まれた羽を触り始める。

 

「反応、薄くないか?」

「レアモンの体内には確定でオーブが生成されるんや。知っとうや……あんたは知らんか」

 

 何故俺が世間知らずな奴という扱いを受けているかはさて置いて。成程レアと呼ばれるからにはそれだけの理由があるらしい。確定ドロップならば彼女の反応も頷けるというものだ。

 俺が傷付かない理由にはならないけど。



 その後は二人揃ってウィンドイーグルが生息しているという小高い山へ向かった。目的のモンスター以外にも多くの生物が住んでいる為、初心者パーティがレベルングをするにはうってつけの場所らしい。


 気がつけば上空のカメラマン達は解散していた。

 しかし言った訳か、後をついてくる一台の黄色いドローンがある。


「誰かに見られていると思うとどうにも落ち着かないな」

「我慢しいや。世界には誰にも注目されへん冒険者が数え切れない程おるねんで」

「はいはい、贅沢を言ってすみませんでした」


 姫子松は鱗と羽毛でぱんぱんに膨らんだバックパックを地面にポイと捨てて続ける。

 

「それに派手な活躍で注目を集められたら、企業とプロ契約を結べるかもしれへんし」


 彼女はそう言うと、目的の山の斜面にある大きな黒い岩に向かって呪文の詠唱を開始した。


「変わった形の岩だな。それに、丸い」


 もしかしてあれもモンスターなのだろうか?

 そんなことを考えていると、その丸い岩に氷の槍が当たって爆ぜた。


 しかしその岩は攻撃を受けて転がるばかり。遠目からでも効いていない事が分かる。


「姫小松、あのモンスターは?」

「ウチが何でもかんでも知っとる思いなや」

「知らないなら取り合えずで攻撃するのはやめろよ。とんでもない相手だったらどうするんだ」


 防御力の高さは感心に値する。されど、あの見た目から凶悪な攻撃が飛んでくるとは考えづらい。

 ……と、高を括っていたのだけれど。 


「あれ、なんか不味くないか!?」


 攻撃の反動でゆっくりと転がっていた筈の黒岩は、次第にその回転スピードを上げて地面を走り始めた。その速度は直に道路を走る車程となり、そして、勢いよく俺達の方へと向かっている。


「待て待て待て、思ってたよりもデカいぞ!!」

「とにかく分散して避けるで、三つ数えたら左右にジャンプや!!」


 目的もなく逃げたところで、追尾されたらお終いである。引き付けてから一気に回避するというのは、確かに効果的なのだろう。

 だが失敗すれば、後に残るのはミンチだけだ。


「いち」


 凄まじい速度で転がる球体はついに俺達の目前にまで迫って来た。

 地面から生える岩もなんのその。諸共磨り潰しながらの強行だ。


「にの」


 あまりの恐怖で心臓は爆速で脈動し、背中は滝の様な油汗でビショ濡れになっている。世界がスローモーションになり遠近感もあやふやな中、俺は俊敏上昇と挑発スキルを行使した。

 

「さん!!」


 その声に従い懸命に横へ飛んだ。もうやけくそだ。

 直径二メートルもの球体は俺達の真ん中を通り過ぎて行く。振り返れば、モンスターは遥か後方に消えていた。


 逃げる為だったのか、それとも方向転換が出来ないのか。

 とにかく俺は一命を取り留めたことに安心して息を吐きだした。


「あれ、どないして倒すねん」


 避けるだけならば難しくもないだろうが、倒すとなれば話は別だ。

 姫小松の魔法を受け続けても何とも無い様子であり、俺も効果的な攻撃手段は持ち合わせていない。


 はっきり言って、アングリーバードよりも手詰まり感が強かった。


「さあな。逆に聞くが、いつもはどうしていたんだ?」

「なんもしてへん。横を通り過ぎるだけなら無害やし。……今日はレアモンを二人で倒して、ウチも気ぃ大きなっとってん。ほんまにかんにんえ」


 そう言って姫小松は塩らしく縮こまった。どうやら彼女にも反省する心というものが残っていたらしい。

 俺はそんな少女の頭にポンと手を置いて笑いかける。


「じゃあ晩飯はお前の奢りな」

「……それはパーティーの共有資産から出さへん?」

「そんな物はない」

「じゃあ作ろうや。飯代もそうやけど、装備の代金も修理代も役職によって変わって来るんやし。そういった雑費を毎回実費で出しとるとアンタだけがどんどん損をしてまうで?」


 確かに、盾職は他の人間よりも装備の劣化が早い。


 俺は自分の腕に張り付いている、ひしゃげて曲がった盾に視線を落とす。

 これ自体が高い訳ではないけれど、ダンジョンへ行くたびに修理をするとなれば、最終的にはかなりの額になるだろう。


「まあ、そういう事なら」

「よっしゃ、これで毎日タダ飯にありつける」


 そう言って笑う姫小松の背中は、今朝よりも少しだけ大きく見えた。俺は感謝の意味も込めて、地面に放り出されたバックパックを代わりに背負う。


「あ、軽っ」


 そういえば、中に入ってる物は殆ど羽毛だった。


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