海を眺める
三題噺もどき―さんびゃくじゅうさん。
「……」
柔らかな水音が、静かに通っていく。
日差しは変わらずに、痛いほどに降り注ぐ。
むき出しの肌がザクザクと切り刻まれているようで、我ながら痛々しい。
かと言って、他のどこかに行くつもりもないんだが。
「……」
短く切りそろえた髪を、潮風がなでていく。
前髪のあたりは、少し長めにしているので、風にあおられたそれが、変に暴れて鬱陶しい。
手で押さえる気にもならないので、放置だ。
「……」
足元には、白い砂浜がどこまでも広がっている。
この時代に、こんなきれいな砂浜なんてあるんだなぁと、思う程に。真っ白だ。
大抵の海水浴場と言われる場所は、どうしても人の手が入っていて、汚れている。
まぁ、その人のおかげで、少しずつ本来の美しさを取り戻しつつある海もあるようだが。
「……」
ここはそもそも、海水浴場とはされていないし、この辺りの地元の人しか知らないような場所なので、人は誰もいない。
自分以外の影はどこにも見えない。
今日が休日で、地元の人間が遊びにでも来ていたら、それは居たかもしれないが。
あいにく、今日は平日で。普通の人は、仕事とか学校とかに明け暮れている。
または、この田舎から出て行って、大きな町にでも行っているかもしれない。
いっそ海外旅行という手もあるかもしれない。
引きこもりを、決め込むご時世も終わったことだし。
「……」
自分自身も、ここに別段何かしらの用事があってきたわけではない。
なんとなく。
行き詰って、ここに来ただけだ。
帰れと言われたら帰るし、ここに居て良いと言うなら、ありがたく居座る。
―ここに他の人はいないので、好きにする。
「……」
波打ち際から、少し離れたところに立っている。
実は、家がこの辺りの近くなので、サンダルをつっかけただけで、手ぶらなのだが……。せっかくなら、カメラぐらい持ってくればよかったなぁと少し後悔した。
―久しぶりに訪れたこの海は、こんなに美しかっただろうかと思う程に、綺麗だった。
「……」
緩やかに、寄せては返す、その海は。
とても静かで、優しくて。
母なる海とはよく言ったものだと思った。
―いっそ還ってしまいたいと思う程に、何よりも優しく、温かく見えた。
「……」
ホントに還るわけにはいかないので、少し涼むだけにしておこう。
そう思い、サンダルを脱ぎながら、砂浜を歩いていく。
足の裏が焼けそうなほどに暑いが、気にもならない。
―他の痛みに比べたら、そんなもの。優しいくらいだ。
「……」
パシャ―と、足先に水がぶつかる。
更に進み、足首あたりまでが沈む。
これ以上は奥に行けない。さすがに濡れてしまう。
「……」
水平線の方を見る。
太陽が少しずつ、落ちようとしていた。
水色から橙に、色を変える空は、泣きたくなるほどに、綺麗だった。
「……」
足元で、帰ってきた波が、バシャ―とあたり、水音を響かせる。
サァ―と引いていった波は、緩やかなその水音を、鼓膜に残していく。
「……」
す―と、無意識に深く吸い込んだ呼吸音は、体の中を通っていき、外へと吐き出されていく。
潮の混じった風が、体を通り、還っていく。
「……」
それだけでなぜか、救われたような気分になった。
確かに、行き詰ってここに来たけれど。
そこまで追い詰めていたとか、そんなことはないはずなだけど。
―目に映るすべてが、酷く美しく見えて。
「……ぁ」
ほんの少し。
視界が歪む。
頬を伝って、流れていく。
それは。布に染みていくものもあれば。
ぽたぽたと、意味に落ちていくものもある。
「……」
優しくて、温かい、全てを受け入れてくれるような、母なる海へと還っていく。
人間の生み出した、不純物なんていらないかもしれないなぁ……なんてことを考えたりしながら。
ただ流れるそれをとめずに。
海を。空を。
眺めている。
「……」
まだ、こんな感性が残っていたんだなぁ……なんてことを。
どこかで思っている自分がいるのに、少し嫌気がさした。
お題;水音・緩やかに・呼吸音