殺陣役者の立役者
時は昭和。
先の大戦が、終わりを迎えたであろう頃。
一人の『殺陣役者』が、居た……そうな。
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とある山奥。
そこに殺陣役者として活躍していた、椎川芥那琵が住んでいた。
「芥那琵センセイ、いらっしゃいますか」
戸口から、男性の声が聞こえる。
「なんじゃあ」
芥那琵は、羽織を着て対応をする。
「……誰かと思えば、篷瓶か」
篷瓶五二郎、かつて『殺陣』の指導をした教え子の一人だ。
「お元気そうで、何よりですわ。芥那琵センセイ」
笑顔で五二郎が言う。
「ワシに、何かようかね」
芥那琵が聞くと、五二郎は着物の懐から一枚の紙を取り出した。
「オラちの演劇団の定期公演を控えておりましたがな、役者がどうも足りんのです」
五二郎の言葉を聞きつつ、芥那琵は紙の方に目を向く。
『トマガメ演劇団 定期公演11作目 晩年の侍』
と書かれている。
「……そんで、ワシにどうしろと言うんか」
芥那琵がそう返すと、五二郎は床に膝を付く。
「どうか、どうか!芥那琵センセイに主演を、と思いまして!」
そう言い、頭を下げる。
「はぁ?ワシが演劇の主演かて?」
「先ほども言いました通り、役者が足りん状態です。戦争で若いひとも居らんくて……」
五二郎は少し頭を上げて、そう言う。
「それで、ワシに声を掛けたっちゅう話か」
「……はい」
芥那琵は、少し考える。
自身はもう表舞台から、一線を引いた身だ。
また日の当たる場所に出るとは、思っていなかった。
芥那琵は、五二郎の方へ目を向ける。
かなり思い詰めた感じに見える。
(こやつも、かなりの苦労者じゃったからのぉ)
「……分かった。この舞台に出ようじゃないか」
その言葉を聞いた五二郎は、顔を明るくした。
▫▫▫
「ほんじゃ、これから他の役者に言ってから、台本を渡しにもう一度お伺いします」
そう五二郎が言い残して、家を出た。
「……また、役を演じるとはな」
彼の後ろ姿を見ながら、芥那琵はそう呟いた。
「かァちゃんにも、報告せんと」
仏間の方へ向かった。
そのまま、小さな仏間の扉を開けた。
嫁であった、葵の写真がある。
今から15年前、流行りの病で亡くした。
「かァちゃん、ワシ……もう一度、日の当たる場所に出るわ」
手を合わせながら、そう言う。
『あなた様なら、きっとやれますわよ』
聞き懐かしい声が、聞こえたような気がした。
「ほんなら、やってみるわ」
▪▪▪
それから、後日。
演劇団の面々と、顔を合わせた。
久しぶりだったのだが……やはり人が少ない。
(ま、仕方がないのォ)
憂いでも仕方ない。
「ほんだら、稽古始めますか」
五二郎が言うと、皆は頷いた。
定期公演は、約2週間後。
時間があまり無いが、やるしかない。
▫▫▫
(……久しぶりに、動くのもええなぁ)
稽古途中、芥那琵はそう思う。
余程、『殺陣役者』として身が合うのだろう。
「センセイ、ちぃと良いですか」
現最年少の明呉が話しかける。
「どうかしたか」
「中盤の、この台詞からの流れがどうも想像がつかんくて、どう動けばええか分からんとです」
「ほうか。本来なら自分で考えよ……と言いたい所だが、ワシならこう動く」
台詞を言いながら、動く。
それを明呉はじっと見つめる。
「……分かるか」
一連を終えた後、芥那琵は聞く。
「はい。その表現は、思い付きませんでした……まだまだ経験不足です」
明呉は、台本に書き取りをしながら言う。
「明呉、役者と言うもんは……他の役者を観る事も重要じゃ。まだまだ伸び代はあるとみるから、頑張り」
そう芥那琵は、明呉の肩を叩く。
「……はいっ!」
▪▪▪
本番の日を迎えた。
『椎川芥那琵が再び表舞台に』と銘打った広告を出したからか、演劇場には沢山の人が来ていた。
「……やはり、芥那琵センセイの名は凄いですね」
舞台袖から客席を見た五二郎は、そう呟く。
「ワシァ、もう忘れられた者じゃと思っとったがな」
笑いながら、芥那琵が返す。
「おや、田部さんも来ていますね」
黄緑色のハンチング帽を身に付けた人が、出入口付近に居る。
彼は芥那琵と親交がある、新聞記者だ。
「新聞の会社は遠いのに、よう来たなぁ。後で個別に挨拶しとくわ」
芥那琵が言うと、五二郎は頷いた。
「団長、お時間です」
明呉が話しかける。
「ありがとう。センセイ、行きましょうか」
五二郎の言葉に、芥那琵は頷いた。
『殺陣役者』の、『立役者』。
椎川芥那琵の、最後の舞台の幕開けである―――
駄洒落からの、真面目なヒューマンドラマ。
と言うわけで、読んでいただきありがとうございました。