96 王族とレティシア3
「彼女が疲れていると思ったもので…気が急くあまりご無礼をいたしました。大変申し訳ありません、陛下」
謝罪の言葉を口にしているというのに、やけに視線が鋭い。
アシュリーが初めて見せる女性への積極的な行動と強い独占欲に、サオリを除く全員が戸惑いと驚き…喜びの入り混じった複雑な表情をしていた。
前国王夫妻は涙ぐんでそっと抱き合い、姉たちは手を握り合って頬を赤らめ、兄たちは目を大きく見開いて顔を見合わせている。
妙な空気の中、サオリの声が高らかに響く。
「私の妹のために、貴重なお時間をいただきまして誠にありがとうございました。今宵の感謝祭では、是非ともルデイア大公にレティシアのエスコートをお願いしたいわ」
「…エスコートを?…聖女様…それはクオン様が…」
「状況が変わりましたの」
「……私でよろしければ、喜んで」
この先の予定を段取りよく進めて行くのがパーティー主催者の大事な役目。サオリは、アシュリーの返事に機嫌よく微笑んだ。
──────────
別室へ移って待つように言われたアシュリーとレティシアは、国王たちを残して特別室を後にする。
まさか、ドレスを身に纏った自分がアシュリーと腕を組んで王宮の廊下を静々と歩く日がやって来るとは…レティシアはどこか落ち着かない気持ちで、キリリと前を向く彼の端整な横顔を眺めていた。
「こちらのお部屋で、一旦お寛ぎくださいませ」
「ありがとうございます、エメリアさん」
「聖女様は、王妃陛下、そして宰相様と魔法師団長様へご挨拶をなさってからお越しになります。もうしばらくお待ちください」
「分かりました」
エメリアが部屋を出て行くと、レティシアはアシュリーの高級コートを丁寧に椅子に掛け、大きなソファーへと崩れ落ちる。
「…はぁぁ…緊張したぁ…」
「その緊張がこちらにまで伝わって来ていた」
背もたれに全体重を預けて見事に伸び切っているレティシアを横目で見つつ、アシュリーも体格にピタリと合った少々堅苦しい上着を脱いで、テーブルを挟んだ向かい側のソファーに腰を下ろす。
「ドレスがよく似合っている…とても綺麗だ」
「ありがとうございます。聖女宮の皆さまの気合いが入った力作なんです」
「長い髪も新鮮でいい」
いつでも自由に髪を伸ばせる魔法薬と、布や髪の質量を軽くしたり、化粧を長時間保つ魔法に助けられて…今のレティシアは仕上がっている。
「毎日この姿で生活をしているご令嬢方を、心から尊敬します」
「レティシアは“ズボン”が好きだからな」
「はい。…殿下のコートは、いつも白と決まっているわけではないのですね」
今日のアシュリーのコートは、光沢のあるグレー。襟元や袖口など、所々に髪色と同じ黒の装飾をあしらってあり、上品で大人っぽい印象だった。
「白は神聖な色、感謝祭では聖女様の色になる。黄金色は王族、主に国王や王子の色とされていて、私は基本的に外しているかな」
「…殿下は、何色を着ても素敵ですけれど…」
「そんなことを言って、君は父上にポーッとしていただろう?」
「えぇっ?それは…その…穏やかなお人柄と力強さも感じられて、やっぱり殿下と雰囲気が似ていらっしゃるなと…」
「父上は、威徳を兼ね備えた素晴らしいお方だ。外見は似ていても…私はまだまだ中身が伴っていない。もっと努力を積み重ねて行かなければならないと思っている」
そう言って不意に立ち上がったアシュリーが、椅子に掛かっていたコートをサッと取って、再びレティシアに羽織らせる。
「…?…」
「今だけで構わない…着ていて欲しい。レティシアは17歳だから、こんなに肌を露出したドレスだとは正直思っていなかった。美しいドレスだが、私には少し刺激が強い」
(殿下は、今日の夜会がお色気タップリおっぱいパーティーって…知らないのかな?)
「これでも、泣いてお願いして布を増やして貰ったんです。もう、最初はポロリ寸前で…どうなることかと…」
「…何…ポロリ…?」
「胸がポロッと飛び出しそうになっていました。背中は今も丸見えなのですが、何とか胸だけは死守しました」
「…レティシアの胸が?…飛び…は?…丸見え…」
「いえ、胸は丸見えではありま……殿下っ?!」
困惑した表情でヘナヘナと床に膝をつくアシュリーの姿にレティシアが慌てていると、突然ガバッと抱き締められる。
「キャッ!」
「君は…さっきも、兄上たちからの視線を受けて…」
低く絞り出すような声で呟くアシュリーは、腕の力が強くなっていることに気付かない。
(んんっ…胸が…苦しい)
いつもなら、抱き締められてもアシュリーの胸の下辺りに居心地よく収まっているのに…今日は違う。床に膝立ち状態のアシュリーが、ソファーに座るレティシアの豊満な胸に厚い胸板をグイグイと押しつけていた。
嫌な気持ちになるどころか、固く引き締まった筋肉質な肉体に柔らかな胸を押し潰され、密着し過ぎてドキドキが止まらない。レティシアの身体が徐々に熱を持ち始める。
堪らず身を左右に捩れば、ビスチェにしっかりホールドされて盛り上がった胸が薄布越しにプルプルと震えた。
「…っ…!」
自分の胸に感じたことのない違和感を覚えてハッとしたアシュリーは、小さく声を上げると同時にレティシアから素早く離れる。
─ ガンッ! ゴンッ! ゴッ! ─
途端に、勢い余ってテーブルに腕や背中や腰をぶつけ、最後はよろめいて床に突っ伏した。顔を両手で覆い隠したアシュリーが、無様な姿でレティシアの前に転がっている。
「……でっ、殿下…」
「…………すまない…」
─ コン…コン……ガチャ! ─
「二人とも、お待たせしたわね」