94 王族とレティシア
「国王陛下、並びに王族の皆さま方へご挨拶を申し上げます。本日はご出席を賜り、誠にありがとうございます」
白く煌めく神々しい衣装に身を包んだ聖女サオリが、ピンと背筋を伸ばして優雅に礼をする。
王宮内の特別室は、名だたる職人が細部にまでこだわり抜いて仕上げた国宝級の調度品や、歴史ある味わい深い家具が並べられた大変豪奢な設え。
その部屋の入口に立つサオリも、輝きでは引けを取らない。
待ち兼ねていたかのように、真っ先に立ち上がったのは国王クライス。笑顔でサオリを出迎えると、感謝祭の開催を喜び、祝いの言葉を述べた。
「国王陛下、本日は私の可愛い妹をご紹介したいと思っております。昨夜、私どもは神獣サハラより許しを得て盃を交わし、正式に姉妹としての縁を結びました」
「…ほう…交盃を…」
「妹は、この王国へ召喚された私と同じ…異世界の記憶を持つ特別な転生者でございます。レティシア…こちらへ」
「はい…お姉様」
サオリが手で指し示す大きく開いた扉の奥から、小さいがよく響く声が聞こえる。
室内で待つ全ての者が注目する扉の入口に、青色のドレスの端がチラリと見えていた。…が、見えるのはユラユラ揺れる柔らかなスカートの生地のみ。本人がなかなか姿を現さない。
「…妹は…少々、恥ずかしがり屋でございまして…」
♢
サオリに手を引かれて現れたのは、白い肌と濃い瑠璃色のドレスがパッと目にも鮮やかな一人の少女。
腰の長さまであるミルクティー色の髪は、ゆるくウェーブがかかってふわふわしている。サイドの髪をカチューシャ状に綺麗に編み込んで、顔周りをスッキリさせたせっかくのヘアスタイルも…俯き加減では表情がよく見えない。
大胆に露出した両肩や腕には光る粉を散らしてあり、真っ白な肌がより眩しく見えた。
上品な色合いのドレスが夜空ならば、少女は月か星だろう。
♢
レティシアが動く度に、スカートが軽やかに広がる。
「…レティシアと…申します。国王陛下、そして…王族の皆さま方へのご挨拶が遅れましたことを、心よりお詫び申し上げます」
レティシアは両手を胸の前で揃え、軽く膝を折ってフワリと腰を落とし頭を垂れた。ゆっくりと丁寧に。
国王や王族の前では、覚えたばかりの礼儀作法であると丸分かり。
しかし、伏せた目の瞼や睫毛が震えるほど緊張した様子は初々しさに溢れ、細い肩や腕はか細く儚げで愛らしいとさえ思わせる。
怯えた小動物のようなレティシアの姿に、全員が心を射抜かれてしまった。
国王は、チャドクに立ち向かう冷静沈着なレティシアの言動を映像で見ていたため、本当に同一人物かと我が目を疑う。
「この度、アルティア王国聖女サオリ様の妹となり…神獣サハラ様にもお認めいただき、加護を授かりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「…何と…サハラ様より加護を…」
レティシアが与えられた『大地の加護』は、王国の護り神サハラから、聖女サオリの妹となったレティシアへの祝儀だ。雷と大地に守られ、レティシアはまた一歩不死身に近付いた。
「そなたをアルティア王国へ喜んで迎え入れよう。さぁ、堅苦しい挨拶はここまで。レティシア…面を上げよ」
「ありがとうございます、国王陛下」
ホッと息をついて、姿勢を正したレティシアが顔を上げる。青く輝く大きな瞳で、正面に立つ国王を真っ直ぐに見つめた。
(わぁ…殿下と同じ、黒くて長い髪と明るい金の瞳だ)
このような場では、国王としっかり目を合わせることなど貴族ならば絶対にしない。
油断していた国王は、透明感のある深い紫青色、神秘的に揺らめく宝石のような瞳といきなり視線がぶつかる。
レティシアの整った顔立ちは凛として慎ましやか。やや青ざめて見えた顔色が徐々に色付き、引き結んだ口元がほころび出すと表情が華やいだ。
国王は、思わずレティシアの頬へ手を伸ばす。
「映像ではよく分からなかったが、これほど高貴な色の瞳はそうはあるまい。…いや、初めて見た…」
国王のうっとりとした甘い声と、頬や目元に優しく触れる動きや指の感触がアシュリーと似ていて、レティシアはキョトンと立ち尽くした。
「そなたは、とても美しいな」
「……お…恐れ入ります…?」
国王が王妃以外の女性に挨拶以外で公然と触れる行為は、その女性を特別であると周りに示す意味を持つ。側妃や公妾…若しくは、そうなるかもしれない女性に対して好意を持って行うとされるもの。
個室での出来事を公然とは言わないものの、サオリは勿論、王族の誰もが息を呑んだ。
「さて…レティシア、皆を紹介しよう」
国王は朗らかな声でそう言うと、レティシアにそっと手を差し出す。
(…え?)
レティシアを連れて紹介して回るのは、サオリの役目と聞いている。想定外の事態に頭が混乱した。
咄嗟にサオリを見るが、サオリの表情も困惑気味。
(…えぇ?!)
「どうした?…私では…役不足か?」
「と、とんでもございません!国王陛下から直々にそのような…あまりに畏れ多くて…」
「構わぬ。ふむ…思ったより、控え目なのだな」
手を出したままジッと待つ国王は、アシュリーよりひと回り年上。国王としての貫禄に加え、威圧的な印象を受ける。
(もしかして、チャドクのせいで私の第一印象って悪いの…?)
国王にしてみれば、差し出した手を放置されている今の状況が最早衝撃だった。頬を染めながら恥ずかしそうに手を重ねる女性なら過去に山程見てきたが、ここまで躊躇された記憶はない。
国王は、白いレースの手袋に包まれたレティシアの手をヒョイと取って、腰に手を添えて勝手に歩き出してしまう。
「…あっ…」