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82 レティシアという人



アシュリーは、堂々と意見を述べるレティシアの姿をとても好ましく思っている。


今日の彼女は、突発的に起こった状況にも冷静な判断で対応した。あの場の空気を覆し、害虫(チャドク)を排除できた者はレティシアただ一人。卑劣で不道徳なチャドクとの駆け引きに勝利し、さらに鉄槌を下そうと意気込む。


チャドクとその従者の常軌を逸した無礼な振る舞いに対して、アシュリーは未だ怒りが収まらずにいる。

見守ることしかできない口惜しさは、チャドクの言葉の意味を理解せずに対峙した前回の比ではなかった。

だが、レティシアがチャドクを迎え撃つために整えた舞台を荒らすなど絶対にあってはならないと、募るもどかしさを必死で抑え込んだ。


アシュリーがそうであるように、チャドクが逃げ帰る瞬間を見ていた者たちは湧き上がる興奮を忘れないだろう。

誰の目にも、レティシアは意気揚々に見えていた。


しかし、耳打ちしていた時の手が小さく震えていることにアシュリーは気付く。

表情一つ変えず全力で困難を乗り切ってみせたレティシアの…そのわずかな心の怯えを垣間見た気がして、思わず手を取る。


絶対に勝たなければならないというプレッシャーの中、野獣の如く屈強な従者から威圧的な言葉を浴びせられ、女性の肉体を揶揄する淫猥な表現を男性の前で口にしなければならなかったレティシアは、毅然とした態度で平静を装っていたに過ぎない。

この通訳を任されて苦痛を受けた彼女をどう労えばいいのか?答えを出す前で、ひどく動揺した。



曲がったことが嫌いなレティシアにとって、チャドクの言動全てが汚らわしく許し難い。だから、勝ててよかったと…妙にさっぱりとした顔をして彼女は言うのだ。




    ♢




「…レティシア、頼むから…平気そうな顔をするな」


「平気そう…?」


「…あぁ…」


「とても緊張していましたよ?神経を使いますし、内心はそれなりに大騒ぎで…でも、必死だとは悟られたくなかった。完璧に勝つために、いとも簡単にやってのける強い姿が必要だったんです。確かにいろいろと言わされましたけれど、もう忘れました。殿下、私なら大丈夫です……28歳なので」



肩をすくめるレティシアの頬を、アシュリーが両手で包み込んだ。



「…私が…大丈夫ではない……君が何歳でもだ…」



レティシアの頬をガッチリと固定したまま憂いを含んだ眼差しを向けるアシュリーに、レティシアはドキドキする。

ふと、アシュリーの魔力香から変化を感じ取る。毎日嗅いでいるからこそ分かる、わずかな違い。どこか香りのバランスが変わったように思う。



(…これは、何かの感情が漏れ出てる?…あっ…)



突如、アシュリーが頭上から覆いかぶさってきて…レティシアの肩にグイッと額を押し付けた。頬を手で挟まれ、肩にアシュリーの頭を乗せたレティシアは、足に力を入れて踏ん張る。



「んっ?!」


「…っ…腹が立つ。…チャドクにも…自分にも…」



(…まさか、自分を責めているの?…)



立っているのが辛いのを誤魔化すわけではないが、アシュリーの丸まった背中に両手を伸ばして抱き着くと、トントンと数回軽く叩いて宥めた。



「私も腹が立っていますし、バカ王子は本当に大っ嫌いです。でも、殿下は私が会った中で一番立派な王子様ですよ。だから、しっかりしてください」


「レティシア、私はもう王子と呼ばれる立場ではない」


「……いや、今だけは王子様にしておいてくれてもいいでしょう?!誰が何と言おうと、私には王子様に見えるので!」



レティシアのツンとした顔を見て、アシュリーが忙しなく瞬きをする。



「レティシアには…私が王族として見えていたのか?」


「はい?…殿下はどこから見ても王子様でいらっしゃいますが?いつもキラキラしています」


「キラキラ?…フフッ…何だそれは?…分かった、じゃあ王子様で…ハハッ」


「…何がそんなに面白いのですか?」



アシュリーが笑う姿に、レティシアは口を尖らせた。



「怒らないで。私のことは、嫌いにならずにいてくれる?」


「…ぅう…はい…」


「君はどうしてそんなに可愛い?…本当に困った人だ」



アシュリーのうれしそうな笑顔に、レティシアは『はい』としか答えようがない。魔力香は、いつも通りに戻っていた。










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