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76 居候レティシア



宮殿に戻ったアシュリーは、三つの会議を終えて雑務を片付け、真っ直ぐに自分の邸へと帰った。



歴代の大公が住まう邸は、宮殿のすぐ近く。

君主が代替わりをすると、邸の一部…主に居住区を改装する。現在の大公邸は女人禁制で、従者sもそれぞれ部屋を与えられていた。


無事に旅を終えたゴードンたちの労をねぎらった後、アシュリーは手早く部屋着に着替え、レティシアの待つ公爵邸へと魔法陣で飛んだ。




    ♢



 

新しい部屋に一人でいるのが落ち着かないレティシアは、アシュリーの来訪を聞いて喜ぶ。



「殿下!」



待ち兼ねたように明るい笑顔でパタパタと走り寄るレティシアが、履き慣れない高級スリッパのせいでつんのめった。

目と口、そして両手を大きく開いて飛び込んで来るレティシアをタイミングよく抱き留めたアシュリーは、あまりの可愛さに仕事の疲れを一瞬で忘れる。



その一部始終を目撃してしまったロザリーは、明日の朝は慎重に行動しなければと…勝手に気を引き締めていた。

アシュリーの背中側から小柄な彼女が見た光景は、恋人同士の情熱的な抱擁。単なるアクシデントであるとは、夢にも思わない。





──────────

──────────





「私がいない間、どうしていた?」


「お世話係のロザリーに、敷地内を案内して貰いました」



大人が二人並んで寝そべっても余裕なくらい巨大なソファーの上で…チョコンと正座をしたレティシアと、胡座をかいたアシュリーが向き合う。



「話を聞かせてくれ」





    ♢





ユティス公爵邸は、元・城だった。


レティシアの部屋はおよそ2.5階~4.0階辺り、かなり中途半端な位置にある。その分、室内は天井が高く開放感が半端ない。城の時代に所謂隠し部屋として使われていた2.5階の天井を取っ払い、二階層分を使って作られていた。


床に描かれる転移魔法陣は、通常建物が壊れても崩れない特殊な地下室に設置される。

公爵邸は、昔から存在する地下の魔法陣以外に、ユティス公爵の執務室に近い3.0階にも新しい魔法陣を設けていた。これは、レティシアの部屋からすぐに行けて利用がしやすく大変便利。



居候初日のレティシアは、城内…もとい、邸内の廊下を歩きながら見て回る。

どの部屋も基本は魔法による承認がカギとなったオートロック、室内に入ろうと思えば魔力が必要。魔力による個人識別ができないロザリーは、魔法掌紋に“使用人”としての認証を受けているため、専用の魔法石があれば扉の解錠が可能。


レティシアの場合、与えられた部屋は魔法石のペンダントがあれば出入り自由となっている。邸内では、ロザリーか他の侍女を伴えば何ら不都合はない。


ロザリーは、魔力がなくても立ち入れるオープンスペースへレティシアを案内してくれた。



「まず最初に、食堂へ行きました」



広い本館から出て、手入れの行き届いた庭園を通り抜けた先に、大きな食堂があった。

公爵家で働く使用人や敷地内に住む者なら誰でも利用できる食堂は、丁度夕食の時間で混み合っていて、その賑やかで活気ある様子が学食を彷彿とさせる。


懐かしい記憶を呼び覚まされ、今後はこの食堂で食事をしたいと思ったレティシアは、公爵夫妻との夕食時に直談判していた。



「公爵閣下は、快諾してくださいました」


「…食堂か…」


「はい。でも、時々は一緒に食事をしようと…お優しいお言葉までいただいて…」


「叔父上は寛容なお方だろう?私の言った通り、何も心配は要らなかったな」


「…そうですね…」



凡人レティシアにとって公爵邸での暮らしが不安ゼロとは言わないが、親切な公爵夫妻にはとても感謝している。



「食堂の後はどうした?」


「次は、練武場へ行ったんです」



敷地内には練武場が二箇所。公爵家が抱える私兵や武術教室の講師たちの訓練場と、一般向けの練習場で、後者は邸門に近いため本館からは少し遠い。

レティシアが訪れたのは訓練場。ここも、食堂と同じく活気に満ちていた。

特に剣術の自主練習や手合せをする若者の闘志が凄く、レティシアは見ているだけでワクワクしてしまう。


中でも、一際身体の動きがいい若い男性が目につく。

手合せを終えたその男性は、レティシアから少し離れて立つロザリーに声を掛けて近付いた。白っぽい銀髪に水色の瞳、剣を振るう男らしい姿とは真逆の儚げな顔立ちをした美少年だ。


ロザリーと一言二言話している間に、額から顎へと流れ落ちる大量の汗をグイッと服の裾で拭う。ワイルドさと、柔和な表情がアンバランス過ぎて…妙な色気にドキッとさせられる。

裾を捲り上げた瞬間に見えたのは、板チョコか?と見紛ような見事な腹筋。頑丈そうな腕を見て、年若い彼がすでに立派な剣士であるのだと確信した。


可愛いロザリーはやはり人気者らしく、自然と若者たちが集まる。

それを機嫌よく見守っていたレティシアにも声が掛かり始めると、気付いたロザリーが駆けて来た。同時に、多くの目がこちらへと向く。

初めて見る人間が何者なのか?興味深げな熱い視線を浴びてしまっては、流石に挨拶せざるを得ない。


レティシアの名前を聞いた美少年が一歩前へ進み出て、自分の名を『ラファエル』と名乗り、続けて『大公殿下の秘書官様ですか』とレティシアに問う。


ラファエルがそう言った途端、ザワッと周りがどよめいた。秘書官という職業身分の高さか、若い女性だからか、その両方に反応したのか?とにかく空気が変わる。


なぜ秘書官だとバレたのかは不明。事実を否定できないため、レティシアはひきつった笑顔で肯くしかない。

訓練の邪魔をしたことを詫びた後、ロザリーを連れて足早に練武場を立ち去った。



「ラファエルに会ったのか?確か…来月、17歳になったら養子に迎え入れる予定だと叔父上からは聞いている」


「彼が公爵家の後継者になるそうですね、ロザリーから後で聞きました。道理で、私が殿下の秘書官だと知っていたわけです。ラファエル少年は、人を惹きつける魅力を持っています…綺麗なお顔に、ムキムキの素晴らしい肉体でした」


「ムキムキ…?」



レティシアがラファエルの姿を思い返すように、天井を眺めてぼんやりする前で、アシュリーは何か考える素振りを見せ、徐ろにガウンを脱いでシャツのボタンを外す。



「…レティシア、私の身体は…ラファエルと比べて…」


「え?」



見れば、そこには硬く引き締まった逞しい筋肉を惜しげもなく披露する…半裸のアシュリーが座っていた。



「キャーーーーッ!!!!」



レティシアの大きな叫び声に、アシュリーは目を剥いて固まる。



「でんっ…なっ…何をなさって…っ…あぁっ!!」



正座をしていたレティシアは、立ち上がろうとして柔らかなソファーに膝を飲み込まれ、ガクリと重心が前に傾く。






「レティシア様ーっ!!どうなさいましたか?!」



レティシアの悲鳴を聞いたロザリーが、部屋の扉を数回ノックして、大慌てで室内に飛び込んで来た。



「……はっ!!」



目の前には、上半身裸のアシュリーと、そこにしなだれかかり?頬をピンク色に染めるレティシアの姿。



「大っ変!失礼いたしましたーーっ!!」



ロザリーは両手で顔を覆い、逃げるように部屋を出て行く。



「…待っ……ロッ…ロザリーーーッ!!」






レティシアの悲痛な叫びが…高い天井に虚しく反響した。









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