74 兄と妹
アシュリーが出てからしばらくして、ユティス公爵も『執務に戻る』と席を立つ。
「では、レティシア…ゆっくり過ごすといい。宮殿でも会うだろう、困った時はいつでも私に言いなさい」
「はい、公爵閣下。お忙しい中、私のためにお時間をいただきまして…誠にありがとうございました」
残ったのは、クロエ夫人とレティシア、ルークと侍女の四人。
「レティシア、紹介するわね。侍女のロザリーよ」
「はじめまして、ロザリーです。レティシア様のお世話係になります」
きちっとしたお辞儀をしてクロエ夫人の横に立つのは、さっきまでずっとルークと一緒にいた赤い髪の小柄な少女。
「レティシアです、はじめまして。お世話をしていただく身ではないと…気持ちはそう言いたいところなのだけれど、きっと困ることが山程あると思うので、頼らせて貰ってもいいかしら?」
「…はい!何なりとお申し付けください!」
ロザリーはパアッと顔色を明るくして、ブルーグレーの瞳をキラキラさせている。
彼女は少しツリ目で、小悪魔的な容姿と子猫のような愛らしさを併せ持つタイプ。最初に鋭い目つきでレティシアを見ていたのは、世話係として仕えるために観察をしていたのかもしれない。
(可愛い!そして、絶対に若い。待って…あれ、どこかで…)
「…何だよ…」
「ん?…似てる?」
レティシアは、ジーッとルークを見つめた。赤い髪で瞳の色も同じ、ちょっとツンとした雰囲気を持つ二人は似ている。
「うふふ…そうなの、ロザリーはルークの妹です」
「やっぱり!」
クロエ夫人の言葉に、レティシアは思わず手を叩く。同じ赤い髪でも、ルークの髪はより赤く鮮明で真っ赤という感じ。一方、ロザリーの髪は明るい赤毛だ。
「…え?じゃあ…17歳より若い…」
「15歳になって正式な侍女となりました。初めてお仕えするのがレティシア様で、光栄です!」
(あぁ、いちいち可愛いっ!…光栄だなんて…残念の間違いじゃないかな?)
「ロザリーは、ルークと一緒にレイから預かった子で…私たちと共に暮らして来たわ。正式な侍女になったのが最近というだけで、私の側仕えとして三年学ばせています。半年過ごしているこの邸のこともよく知っていてよ」
「そうなのですか」
「それに、彼女も魔力を持たないの。レティシアの目線でいろいろと手伝ってくれるはず。ね、ロザリー?」
「頑張ります!」
「後で一緒に邸内を見て回るといいでしょう。この敷地内は魔法結界が張られているわ、安心してちょうだい。でも、邸門外へ出る時には必ず知らせてくださる?」
「はい、公爵夫人。…よろしくね、ロザリー」
「…あっ、よろしくお願いいたします…」
少し腰を落とし、小柄なロザリーに目線を合わせて微笑む。
レティシアの美しい顔がグッと近付いて来たことに驚いたロザリーは、ビックリした猫のように目をまん丸にして固まる。彼女の頭に、ピンと立った耳が見える気がした。
その様子がまた可愛いくて、レティシアは一人悶絶する。
当然、ルークに“ジト目”で見られていた。
「…何やってんだよ…あー…コイツは俺の妹だが、それなりに役に立つと思う。まぁ、よろしく頼む」
「ルークって、お兄ちゃんだったのね」
少々照れながら、妹ロザリーをさり気なく褒める兄ルークの態度に…レティシアはニヤニヤが止まらない。
「…あぁ…」
「ねぇロザリー、私のことは…よかったらお姉ち…」
「それ、やめろ」
「えぇ?……ケチ…」
「ケチじゃない」
(私、この可愛い子に“お姉ちゃん”と呼ばれてみたいのに)
「ロザリーは使用人だ、仕える者が混乱することはやめろって言ったばかりだろう?俺の妹を巻き込むな」
「…うっ…そ、そうでした。ごめんなさい」
クッキー&紅茶事件を思い出したレティシアは、素直に謝る。
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「公爵夫人のお部屋を…ですか?」
「えぇ。結婚前、婚約していた時の部屋を今もそのまま残してあるの。そこを使ってくださる?魔法石を一つ身に着けるか置いておくだけで、全ての道具や機器が動く便利な部屋よ」
(魔法石って、ホテルのカードキー的なポジション?)
「最高級の魔法石なら、そう簡単に魔力は枯渇しないわ」
魔力を持たない者が、魔力を原動力とするモノを扱う際には魔法石が必要。
道具や機器一つ一つに魔法石を埋め込んでおいたり、使用する度に魔法石で触れるなどの手間が要る。
レティシアの持つ“映像を撮る魔導具”は前者だ。
部屋全体が魔法石一つで済むというのは、かなり魔力が強く高価な魔法石を使っているということ。
魔法石は魔物が体内に宿す魔結石、鉱物から採れる魔鉱石、その他にも魔法で魔力を込めた魔石などがあり、種類や等級、価格はいろいろ。
アルティア王国やラスティア国は、魔法石を主要な輸出品としているが、魔力のパワーアップに使ったりと…王国内での需要も多く、魔法石の保有率は非常に高い。
この国へやって来た当初、魔法の国での暮らしに大変さを感じることが多かったクロエ夫人は、魔力のない異世界人であるレティシアの話をルークから聞いて…公爵邸に迎え入れようと思ったという。
「公爵夫人のお心遣いに、深く感謝いたします」