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73 ユティス公爵邸3



「今は、敷地内にある練武場で剣術指導をしているの」



ラスティア国では、生活魔法を使って便利な暮らしができる。

魔力量が多ければまた別の活用法があるものの、一定量の魔力さえあれば十分。実際、ほとんどの国民は並かまたはそれ以下の魔力量でつつがなく日々の生活を営んでいた。

最近では、魔法の次に剣術を学ぼうとする若者や、魔法生活で鈍った身体を動かしたい中年層が急増中。


クロエ夫人の武術教室は、女性向けの護身術、基礎体力をつける基本コースから騎士コースまで多くの人々を受け入れている。

指導を担当する講師の中で年若い者たちは、ユティス公爵家の敷地内にある専用住居に住んでいて、レティシアと同じ居候は大変多い環境だった。


公爵夫妻は他にも学校などの教育に特に力を入れており、クロエ夫人が中心となって施設を充実させてきたのだという。




    ♢




「さて…次は私の番だ、髪が短いのが疑問かな?」


「私は、魔力が強い方は髪が長いものだと思っておりました」


「…ふむ…すでに聞いたかもしれないが、私は王族から出た身でね。しかし、身体にはその血が流れている。レティシアの言う通り、髪の長さに拘らず魔力量はそれなりに多いよ」



ユティス公爵からは魔力の香りがしない。

もしかすると、髪の長さが関係しているかと思い聞いてみたものの…アシュリーの魔力香にしか反応しない確率が上がる。



「髪は魔力に影響する繊細な部分だから、切っては大事だと思うだろう?」


「はい。でも、今のヘアスタイルもよくお似合いです」


「ふふん…レイと私、どちらが格好いいかな?」


「叔父上、またくだらないことを」


「甲乙つけ難いです。殿下は、前髪を下ろしたお姿が特に素敵ですね」


「…レティシア…」


「ほうほう…彼女の好みが分かってよかったな、レイ?」


「…話が脱線しています…」


「悪い悪い、私が髪を切ったのには理由がある」



王族が髪を切る行為は、大きな役目を終えて節目を迎える意味を持つ。

公的な儀式の一つになっており、ユティス公爵はアシュリーにラスティア国の君主の座を譲り渡した際に髪を切っていた。



「我々同じ血を持つ者は、魔力を干渉し合わない。例えば、私がレイを魔法で攻撃してもそれは無効となる」


「魔法が効かない…?」



レティシアはここではたと気付く。もしも魔力量の多い王族の誰かが治癒師であったなら、アシュリーが魔力暴走を起こした直後に魔力の源の捻れを治していたはずだ。



(…そうか、殿下を治療したくても…無理だった…)



「身内で傷つけ合う争いは避けるよう戒めがあって、始祖と神獣様がお決めになったと言い伝えられている。王家の血を引く者同士であれば魔力に影響を与えず髪を切ることが可能で、古より儀式として執り行われて来た。通常は子供に断髪して貰うのが習わしなんだが、私たち夫婦には子供がいなくてね。…そこで、私はレイにお願いをした」


「そうですか、殿下に……えっ、殿下が切ったんですか?」


「あぁ、いい経験をさせていただいた。父上の時は兄上の役目だったからね」



高位貴族の夫婦に子供がいないと聞けば、周りは評判のいい医者や愛人を紹介しようとする。子が生せない夫婦を憐れんだ目で見たり、腫れ物のように扱かうのは貴族社会の通念で、そこに善悪の観念は存在しない。

『そうですか』と頷く自然なレティシアの態度を、ユティス公爵は善意と受け取った。



「断髪式っていうと、私の世界ではお相撲さんの引退ですね」


「おす…オスモウサン?」



アシュリーとレティシアが雑談をしている間、公爵夫妻は顔を見合わせて微笑む。




    ♢




「…さて、そろそろ私は宮殿に戻ります。叔父上、叔母上、後はお願いいたします。ご馳走さまでした」



アシュリーは席を立って貴族らしく礼をすると、チラリとレティシアに視線を送ってテラスを出て行こうとする。

レティシアも彼を真似て忙しなく一礼し、後を追う。その後ろからはルークもついて来ていた。



「待ってください、殿下!私は…?」


「レティシアは、私が戻るまで()()()にして待っていて欲しい」


「こちらへ戻って来られるのですか?ん?…何ですか()()()って」


「ハハッ、言葉通りだよ。では、また夜に」


「…行ってらっしゃいませ…」


「ルーク、レティシアを頼む」


「はっ!お任せください。行ってらっしゃいませ」



レティシアは、ルークと並んでアシュリーの背を見送る。



「…ねぇルーク、殿下が私を問題児扱いするんだけど…」


「じゃあ、そうなんだろう」


「私が?どうしてよ?」


「……イグニス卿とやりあったのは誰だった?」


「…それは…私…」


「問題児だな」


「いや、あっちが問題児だったでしょ?!」


「ブッ!…必死だな…子供か…」




─ バコッ! ─




「…ィダッ!!」


「大変、頭に大きな虫が止まっていたわ」


「…オイ…」



やや小声でやり取りをする二人の姿を、公爵夫妻と侍女が驚愕の表情で見ていた。


ルークは、アシュリーに近付く者を警戒し過ぎるきらいがある。攻撃的な態度から“狂犬”という二つ名が付いてしまった程。

そんな生意気でガサツなルークが女性とじゃれ合う姿に、三人は目を疑った。



「あ、お邸までは馬車で結構な時間がかかったけれど…殿下はどうされるのかしら?」


「安心しろ、馬車は使わない。公爵閣下はしょっちゅう宮殿に顔をお出しになるから、この邸にも魔法陣があって…宮殿とは繋がっている」


「本当っ?!魔法陣なら通勤は楽そう……何で馬車で来た?」


「…………」



長く一緒にいるために決まっている。レティシアはルークが呆れるくらい鈍感だった。








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