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70 馬車にて2



    ♢




感謝祭を主催するサオリは、可能ならばパーティー会場にアシュリーとレティシアの二人を揃えたいと思ったに違いない。


察しのいいサオリにいろいろと先手を打たれてしまい、参加するよう煽られたアシュリーはそれを感じ取っていたが、何も知らないレティシアは完全に振り回され慌てていた。



アシュリーは、レティシアに恋をしている自覚がある。いつだって彼女に触れたいし、抱き締めたいと思う。

涙を流したり悩む姿を見ると、なぜか猛烈に口付けたくて堪らない。自分のせいで困らせてはいけないと分かっているのに、より愛しさが増して、感情が溢れ出すと調節が利きにくい。

それが魔力と同調して強い香りとなり、レティシアを酔わせ…恍惚とさせているのだと実感した。



レティシアへ向ける愛情は“濃い香り”として驚くほどすんなりと受け入れられ、加護を侵したと雷撃を受けることもなかった。

目元や髪に口付けても嫌がる素振りはなく、柔らかな身体をピタリと添わせ眠そうに甘える姿が可愛くて…いつか、魔力香に酔っていない彼女と心から愛し合える日が訪れるのではないかと期待してしまう。

心の奥底で、絶対に無理だと嘲笑う真っ黒な自分が正しいと思いつつ、この初恋を諦めたくないと愚かにも踏ん張っている。



「魔力香に、早く慣れて貰わなければな」



何をしても許されそうな雰囲気に呑まれて貪ってはならない…欲しいのは、レティシアの心だ。




    ♢




(…はっ!…)



目を見開いたレティシアの視界に映ったのは、馬車の窓を少し開けて外の様子を見ている…美しいアシュリーの横顔。



「た、大変申し訳ありません。まさか、また寝ていましたか?!」


「ほんの少しだけ…かな?」


「…すいません…」



レティシアはアシュリーの膝の上で、横抱きにされて座っていた。彼の上着の胸元に強くしがみついたレティシアの手が固まっている。

慌てて膝から退こうとしても、アシュリーの強靭な腕はびくともしない。解放するつもりが全くなさそうなので早々に諦め、握り締めていた上着のシワを無言で伸ばした。



「聖女様から、レティシアは私の魔力香で心が安らぐと聞いた…効果はどうだ?」



(…殿下は、私のために魔力香を強くしてくれたの…?)



「…はい…殿下のお陰で今は気持ちが落ち着いています。勿論、パーティーの件は深く反省しております。馬車の中では魔力香が満たされて濃くなるので、効果があり過ぎるくらいです。ありがとうございました」


「…それは…うん…そうだな…眠る可能性が高いならば、やはり慣らす訓練は夜にするべきか」



そう言って思案するアシュリーの膝に乗った状態で、レティシアはふと自分の頬に手を当ててぼんやり考える。



(…キスする必要って…あったのかな?)



「レティシア」


「は、はい!」


「私の魔力香がいい香りだと言うが…好きなのか?」


「…え?…あぁ、えぇ、そうですね。緊張が緩むといいますか…ホッとするので、好きな香りです…」



『好き』と言われて、アシュリーが満足気な表情をしていることに…鈍感なレティシアは気付かない。





──────────

──────────





「私が新たな大公となってラスティア国を引き継いだ後、叔父上は王族を抜けたんだ」


「抜けた?あ…だから、公爵()()とお呼びするのですね。…王族からも離脱できるとは驚きました」



(侯爵家に除籍を願い出た私が言うのも…アレですけれど)



「細かな制約はあるが、まぁ…王位継承権を放棄して、王族の血を持つ者を後継にしないと約束をすれば…可能だな。叔父上は、血を繋ぐ責務から抜けた」


「こちらの王族の皆さまは円満なご関係だとお聞きしていたので、だからこそなのでしょうか?」


「確かに、各国によって王家には気質というものがある。君が言う通り、我が王国の王族は信頼関係が厚く皆仲がいい」



ユティス公爵夫妻には子供がいない。

そのため、王族から離れた後に血の繋がりのない養子を迎え入れることが決まった。夫妻は、それを待ち望んでいたのだという。



「仲がいいといえば、元・兄のジュリオンだったか?…彼はレティシアを溺愛していたそうじゃないか?」


「大変に妹想いのお方です」


「…トラス侯爵家でも、十分生活はできただろうな…」


「え?」


「ルブラン王国では、高位貴族に若い当主が増えてきた。トラス侯爵が、後数年でその座をジュリオンに譲り渡すのは目に見えている。彼から溺愛されているレティシアであれば、侯爵家にいても自由に過ごせていたはずだ」



要するに、レティシアが除籍を決めたのは時期尚早だったのかもしれない…という話。



「殿下の仰る先の見通しは、異世界人の私には難しい…かといって、今さら残念に思うわけでもないです。

侯爵家での自由とは、おそらく邸内限定ですよ。外に出せない私は囲われて…引き籠もり令嬢になるんです。それが嫌なら、その気がなくてもハリボテ令嬢を演じなくてはなりません。私には貴族令嬢としての資質はゼロですし…誤魔化すのだけが上手くなって、泥沼化する未来しか見えないではありませんか?」


「…うん…引き籠もりは…ちょっと無理かもな。レティシアは現状に胡座をかくタイプではないから、その気になれば一生懸命に学んで立派な令嬢になれたと思う。でも、君は気が向かなかった。だから、今こうして私の腕の中にはレティシアがいる。それでいい…この国で、私の側で…安心して自由に過ごして欲しい」



『どこにも行くな』と言われているようで、レティシアは何も答えられないまま膝の上で抱かれていた。




…ドキドキ…ドキドキ…ドキドキ…




…ガタゴト…ガタゴト…ガタゴト…




ユティス公爵が君主時代から別邸として使用していたという現・公爵邸は、宮殿からかなり離れた場所にある。


邸に到着するまで、レティシアのドキドキは続いた。




(通勤、遠くない?)










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