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7 トラス侯爵家



目覚めた翌日、レティシアの右側頭部にあった深い傷が塞がっていたため、バーナードが卒倒しそうなくらいに驚いていた。



記憶がなくても、トラス侯爵家では快適な日常生活が保証されている。レティシアは、日増しに心と身体が一つになりつつあるのを実感しながら邸内で穏やかに過ごす。


邸の使用人たちは、すっかり様子が変わってしまったレティシアに気付き始めているものの、接し方は概ね今まで通り。


トラス侯爵と侯爵夫人は、17年間育てた娘のレティシアがもうこの世に存在しないと知った後…三日間寝込んでいる。


初日、レティシアに拒絶されて落ち込んでいた兄のジュリオンは、レティシアが深く詫びてから毎日会いに来るようになっていた。




    ♢




「私のことは“レティシア”でいいのですが、私が“お兄様”とお呼びするのは少々抵抗が…“ジュリオン様”ではどうでしょう?」



今のレティシアは()()が28歳、20歳のジュリオンよりかなり年上となる。



「あぁ、それは構わないよ。そうか…もう私は兄でなくてもいいんだな…」


「…いえいえ、そういう意味で言ったわけでは…」



(どちらかといえば、弟なんです!)



「…うん…」



ジュリオンはどこか吹っ切れたような表情で『いいんだ』と、ポツリと呟いた。



「ところで“レティシア”と呼ばれるのは…嫌じゃない?」


「改めて、この間は大変申し訳ありませんでした。今後はそう呼んでいただいて大丈夫です。勿論、違和感はありますが…それは、周りの方たちも同じでしょうし…他に呼びようがないですよね。

私は、この身体が“レティシア”であるという事実から目を逸らしてはいけないと…そう思ったので…」



(どう生きていくのかは、また別の話だものね)



「なら…レティシア、いくつか質問をしても?」


「はい、どうぞ」



こうしてジュリオンと交流することで、侯爵夫妻とレティシア双方の情報が間接的に伝わり合い…互いに歩み寄れた部分はとても大きかった。





──────────





─ レティシアが目覚めて一週間 ─





記憶喪失のお嬢様=明るいレティシアは、身の回りの世話をしてくれる若いメイドたちとすっかり打ち解け…仲良くなっていた。



「レティシア!」



いつも私室で食事をするレティシアは、カミラが提案した『侯爵家の奥庭でピクニックランチ!』を楽しんでいる真っ最中。

口を大きく開けてサンドイッチにかぶりついていたその時、ジュリオンが翡翠色の瞳を輝かせながら走って来る。



「…んぐっ!…ジュ、ジュリオン様?!」


「私の可愛いレティ…ここにいたの?」



ジュリオンは、レティシアの膨らんだ頬に…全く躊躇せず…チュッと口付けた。




    ♢




ジュリオンは、妹のレティシアを“溺愛”している。



「幼いころから、レティシア様をずっと可愛がってきたジュリオン様は…もう甘々のベッタベタなんですよ」



そんな話を、事前にカミラから聞かされていたレティシア。


最初の数日は部屋で手を握りながら話をする程度、時間こそ長いが特別気にはならない。

ところが、徐々にジュリオンから熱い抱擁や、髪、手指へ優しく触れる口付けなどを受けるようになり翻弄されていく。



(これが外国の貴族っぽいといえば…そうなんだけど。…ベッタベタ…コワイ…)



毎日繰り返される濃厚なスキンシップに、転落事故以前のレティシアはどう対応していたのか?カミラに問えば、一切抵抗していなかったとの答えが返ってきた。

そもそも幼少期よりこの状態なのだから、愚問である。



『人間は慣れる生き物だ』と、どこかで耳にした言葉を思い出す。

レティシアがそれを身を以て体感している一方で、ジュリオンの溺愛ぶりは加速し続け留まるところを知らない。

人目を気にせず恋人のように振る舞う姿は、今のレティシアからすれば“異常”と言わざるを得なかった。




    ♢




青空広がる晴れた日の木陰の下、敷物の上でサンドイッチや飲み物を広げて食べていたレティシアは、ジュリオンからの突撃を受け、頬にキスまでされて目を丸くする。



「…な…なぜここに…?」


「探したよ?…ふーん…楽しそうだね…」



そう言って、レティシアを後ろから抱き込んで座ると…右腕をスルリと腰に回し、左手でミルクティー色の髪を弄った。



「…ジュリオン様…」



(今日も捕まってしまったぁ…でも、現世のレティシアを可愛がっていた兄を…無下にはできない…)



ジュリオンは背が高く、所謂“細マッチョ”のイケメン。レティシアはスッポリと胸の中に収まってしまう。


ドクドクと…背中側から早い鼓動が響いてくる。

レティシアの顔を覗き込むジュリオンの額は少し汗ばんで、前髪が張り付いていた。



(…あれ…私を探して、本当に走り回っていたの?)



ジュリオンの前髪を整えようと、無意識に手を伸ばす。



「…レティ…何?」


「あ、髪がちょっと…」



遠巻きに二人を眺めていたメイドたちは、見つめ合う美男美女のラブラブカップルでしかない…その甘い空気に頬を染め微笑む。



(はっ、つい。変に誤解しないで!私たちは兄妹でーす!!)



「ジュリオン様、そんなにくっつかれては食事ができません」


「レティが部屋から逃げ出すからいけないんだよ?…また…私の前からいなくなるつもり?」


「…にっ、逃げ出すだなんて…今日は外でランチを…」


「代わりに食べてあげる」


「…へ?」



ジュリオンは、食べかけのサンドイッチを持つレティシアの手首を掴んで引き寄せ、パクリと口に入れてしまった。


タマゴと野菜のサンドイッチと、レティシアの指を。



「……!!!!……」


「…………ん…すごく美味しいね…」



一体何の味に満足をしたのか…赤い舌でレティシアの指をペロリと舐め、ジュリオンは恍惚とした表情をする。



(……変…態……)



レティシアは完全にキャパオーバー。

白目を剥いて、そのままジュリオンの胸にぶっ倒れた。



「キャー!レティシア様!!」



兄妹の憩いのひと時を邪魔しないように距離を取っていたカミラたちが、慌ててレティシアの側に駆け寄って来る。


ジュリオンは涼しい顔をして、そのままサッとレティシアを抱き上げた。



「レティシアは私が部屋へ運ぶ、お前たちはここを片付けておくように。カミラ、残った食事は下げ渡す。レティシアには同じものを新しく用意して、部屋に届けて欲しい」



トラス侯爵家の後継者…当然ではあるが、使用人たちを前に毅然とした態度を取るジュリオン。

レティシアの側にいる時とは、顔つきがガラリと変わる。



「は…はい。畏まりました、ジュリオン様」


「心配しなくても、ちゃんと休ませておくよ」









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