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68 ラスティア国2



「レティシアちゃんは綺麗だね」


「…ありがとうございます…」



自ら土下座をしてレティシアに許しを得たカインは、全く悪びれる様子がない。テーブルに肘をついてニコニコしながら、レティシアに話し掛けて来る。

時に命を賭して戦う使命を持つ気高い騎士の…こういった切り替えの早さや図太い部分は、できればあまり目にしたくなかった。



硬派で近寄り難いが、それがまた素敵!と一部の令嬢たちに人気なのが騎士という職業。


カインは男らしくて野性的な容姿。

第一印象では素っ気ない雰囲気を放ちつつ、実は女性が大好きで…甘い言葉を囁いては獲物を捕食する。どちらかといえば、タチの悪いハンターだ。よって、カインには興味が湧かない。


一方、レティシアを“害のない者”と認識したカインは、アシュリーと触れ合える唯一の女性の存在に歓喜し好奇心をそそられている。



「イグニス卿もイケメンですね」


「イケメン?」


「あ、美男子のことです。褒め言葉ですよ」


「ふぅん…でも、全然俺の顔に見惚れないじゃん…何で?」


「え?…えっと…この世界は妙にイケメンが多くて?満腹中枢を刺激されたというか、現在お腹いっぱいなもので」


「…マンプク…何て?」



カインは首を傾げた後、悲しげな顔をしてアシュリーに抱きついた。



「…レイ…レティシアちゃんが何言ってるのか俺には理解できない。でも、嫌われてる気がする」


「美男子と言われたのに何が不満だ?全ての女性がお前に見惚れるとは限らん。理解しなくていいからレティシアに構うな、嫌がられる原因を作ったのもお前自身だろう?」


「幼馴染にヒドいっ!…って、あれ?レイ、何か随分と顔色がいいな。肌のツヤがよくなった?旅の間は睡眠時間が長かったのか?」


「くっつくな。離れろ、鬱陶しい」



女好きのカインも、アシュリーが信頼し大切に思う従者の一人に違いはなく、二人がじゃれ合う姿は微笑ましい。



「…ふふふ…」


「レティシアちゃんが笑った!」


「…っ…カイン!」


「とっても仲良しなんですね、子供みたいだわ」


「「…え?」」



目を細めて笑う…17歳のレティシアの大人びた笑顔を、アシュリーとカインは揃ってボーッと見つめていた。



「…俺、全然相手にされない感じかぁ…」





──────────





カインと別れたアシュリーとレティシアは、レティシアの仕事着となる正式な制服を注文するために、宮殿内の衣装部へと向かう。



「レティシア、カインの件は申し訳なかった…すまない。ああ見えて、魔法剣士としては一流なんだ」


「護衛隊長ですもの、そうであっていただかないと困ります」



アシュリーは、応接室でのやり取りを中盤から聞いていたらしい。

それならば、もっと早く止めに入ってくれればよかったのにと思う反面、あの程度の立ち回りは容認して貰えるのだという有り難さも感じた。



「殿下は、イグニス卿に愛されているんですね」


「愛され…いや、まぁ兄弟のような感じか?」


「見ていたら、私も友人が欲しいなと思いました。幼馴染なんて羨ましいです」


「友人、そうか…私は、友人にはなれないからな…」


「思い切って、()()でもなさいます?」


「さては、私が男性と間違えた一件を…まだ根に持っているな?」


「そんなこともございましたね」


「…君には敵わないよ…」




    ♢




衣装部は、高級紳士服から庭師の作業着まで何でも作る。

基本的には魔法を使いながら制作するため、仕上がるまでに何ヶ月も待つ必要がない。



(…何だろう…この状況は?)



レティシアは、男性テーラー(裁縫師)の正面に立って呆然としていた。

アシュリーが衣装部へ足を運ぶこと自体珍しいのか、テーラーとその周りの助手たちも戸惑っている様子。



「そう…この部分は、特に気をつけて作って欲しい」



数枚のデザイン画を手にしたアシュリーが、テーラーに細かく指示を出し熱弁を振るう。

時々レティシアの立ち姿を見ながら、助手の持ってくる布地に触れ、色や装飾について真剣に打ち合わせているのを、ひたすら眺めていた。


そもそも、アシュリーは秘書官(女性用)の制服をいつ考え、いつ紙に描いたのか?



(もしかして、昨夜ベッドで見ていたあの書類が…絵だったり?)



「レティシア、襟の部分だが…好きなものはあるか?」


「え…襟ですか?」



ズイッと、目の前に差し出されたデザイン画を手に取った。リボンやスカーフなど…女性らしいフリルを使ったデザイン数点が、繊細なタッチで描かれている。

アシュリーが聞きたいのは、ブラウスの襟元につけるクラバットと呼ばれる装飾品の好み。



(殿下、絵がお上手!)



「こっちは、ジャケットとトラウザーズのデザイン画だ。生地と…上着のこの辺りの装飾は、できるだけ重くならない形でちゃんとしたものにする」



アシュリーは自身のコートの肩口、肩章部分を指でスッと撫でた。

ジャケットの前裾を短く後ろは長めにしてあり、今着ているルブラン王国で購入した服に比べると、もたつくウエスト部分がスッキリ見える。カッチリとした中に女性らしさを感じる制服となっていた。



「素敵な制服です、ありがとうございます。襟元で結構印象は変わりますよね」


「そうだな、私の描いたデザインは定番のものが多い。何か希望があれば遠慮せず言って欲しい」



アシュリーの示す定番の絵は、男性貴族がよく身に着けている、首元の詰まったシャツに幅広でヒラヒラしたスカーフの飾りがついたもの。レティシアは表情を曇らせた。



「この中で私が選ぶならリボンタイプでしょうか、ボリュームは抑え気味がいいですね」


「どうしてだ?」


「私は襟元にこういった装飾品をつけて仕事をした経験がないので、大きいと堅苦しく感じてしまうと思います」



自前の胸だけでも案外煩わしいというのに、その上に分厚い飾りを乗っければ邪魔になる…極力避けたい。



「そうだわ…すいません、紙と鉛筆…それから太めのリボンはありますか?」



不安気な表情の助手たちが、言われた通りに紙やリボンを用意する。

レティシアはササッとシンプルな襟の絵を描き、そこに日本の学生服によくある小さなリボンやネクタイを描き足す。



「希望はこんな感じです」


「…ふむ、スッキリとしているな。この細長いのは何だ?」


「見ててください」



適当な太さのリボンを選んでシュルシュルと首に巻き、キチッとした結び目のネクタイに模した。



「ほぅ…結び方はクラバットとそう変わらないな」


「この細くて厚みのないネクタイは、色や柄で気分を変えます。タイピンやブローチなどをつけてみるのもありです」


「これがいいのなら、レティシア用に新しく作るしかないな。…どうだ、絵の通りに再現できそうか?」


「しかし…大公殿下、飾りとして少し物足りないと思われます。格式高い秘書官の服装に似つかわしいとはとても…」


「できるかどうかを聞いている」


「もっ…申し訳ございません、勿論できますとも!ご要望通りのお品をお作りいたします」



場の空気を悪くしたテーラーが、救いを求めるように…引きつった笑顔をレティシアへ向けて来る。



「ありがとうございます。私も、殿下自らが考えてくださったデザインと丁寧に選んでいただいた上質な生地で作り上げられた制服は、格式高い価値あるものだと思います。その品格は、クラバット一つで簡単に褪せたりいたしませんよね…?」

 

「その通りでございます。私が間違っておりました」


「私は動き易さを重要視していますが…それは、あなたが作ってくださる服を毎日気持ちよく着たいからなんです。仕上がりを楽しみにしておりますわ」


「…はいっ!喜んで作らせていただきます!!」





──────────





アシュリーは、レティシアが描いたネクタイとタイピンを新たに用意するようテーラーに指示を出し、他にも私服用のトラウザーズなど数点を注文した。


アルティア王国聖女宮からレティシアの採寸データが届き次第、早急に取りかかるとの約束を取り付けて衣装部を出る。



レティシアは個人秘書官のため、制服代はアシュリーの財布から支払われたと後で知った。

三ヶ月、倉庫で働いただけの賃金では到底返せない額にレティシアは顔面蒼白。余計なオーダーをしてしまったと、一時萎れる。








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