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67 護衛騎士



「私は王国騎士団所属のカイン・イグニス。父の代より、大公殿下の護衛隊長を任されております。以後、お見知りおきください」



カイン・イグニスと名乗った騎士は、金糸のように輝く長い髪を一つに結わえている。顔を上げた彼の瞳は、赤く鋭い目つきをしていた。

親子二代で護衛隊長とは…王族からの信頼が厚く、さらに優秀であるという証拠。



(長い髪。カイン…彼も、きっと魔力の強い人なんだわ)



「新しく大公殿下の秘書官となりました、レティシアと申します。私のほうこそ、どうぞよろしくお願いいたします」


「…レティシア嬢…」


「イグニス卿、なぜこちらへ?」



ルークは自身の身体を使い、間髪を入れずにサッとレティシアを隠して警戒心を露わにする。



(ルークは殿下の私兵で、カインは王国直属の護衛騎士…多分、身分や立場が違うのよね)



「どうやら、ここには狂犬を手懐けた()()がいるようだな?」


「……何?」


「お前が従順に護衛をしているとは驚いた。まさか、殿下も惑わされておかしくなってしまわれたのか?彼女は悪しき魔女か?」


「…イグニス卿…発言にはお気をつけください…」



声色から、ルークの苛立ちが伝わって来る。

人を悪しざまに言う態度は不快で、レティシアも気に入らない。スウッと長めに息を吸い込みルークの前へ歩み出ると、火花を散らして向き合う二人の間に割り込んだ。



「カイン・イグニスさん」


「……さん?」



ひどく訝しげな表情で睨んでくるカインに構わず、レティシアは笑顔で話し掛けた。



「ご挨拶に来てくださって、ありがとうございます。私から一言、いえ…二言?よろしいでしょうか?」


「…ほぅ…どうぞ、私に何か?」


「“狂犬”というのは?」


「そこの、赤い髪の男のことだが?」



レティシアは後ろに立つルークがピクリと反応しているのを…張り詰めた空気の動きで感じ取る。



「それは違いますね、ルークは狂犬ではありません」


「何と言った?」


「間違っていると申し上げました」


「やれやれ、ご自分の護衛について何もご存知ないらしい…ならば逆に聞こう、狂犬でなければ何だと?」



深い瑠璃色の大きな瞳は、鮮やかなルビー色の瞳を真っ直ぐに見据えていた。


今まで数多くの貴族令嬢と言葉を交わしてきたカインだが、これ程ハッキリ否定の言葉を告げる女性には会ったことがない。刺すような強い視線はレティシアの凛とした美しさをより一層引き立て、その得も言われぬ存在感に一瞬魅入られそうになる。


レティシアはビシッ!と、ルークを手のひらで指し示す。



「彼は“忠犬”です!以後、お間違えのないように」


「「…はぁっ?!…」」



大真面目なレティシアの答えに、カインとルークがハモるという…まさかの珍事が起きた。




    ♢




「私が悪女で魔女ですって?」


「…………」


「沈黙は肯定と受け取ります。でも…おかしいですね、魔力のない人間は魔女になれないのに」


「……魔力がない?」


「そうです、皆さんにはあって当たり前の魔力が私にはありません。この国では生活すら大変な私が魔女で?他人を手懐け惑わすとまで仰いましたね?」


「…………」


「とんでもない濡れ衣です」


「…………」


「別に謝罪は求めておりません、ご理解いただければ結構です。さぁどうぞ、お出口はあちらです」



早く出て行けと言わんばかりに、レティシアは腕を大きく伸ばして勢いよく扉を指差してみせる。

扉は、カインが入室した際にそのまま開け放たれていた。



「…なっ……へっ!!」



カインが思わず目を向けた扉の奥に、黄金色の殺気立った瞳がギラギラと光っている。そこには、魔王のように仁王立ちするアシュリーがいた。



「…カイン…貴様…」


「…ヒィィッ!!…」



『こうなると思った』と、レティシアの後ろでルークが呟く。





──────────





魔王アシュリーが到着した後、レティシアにやり込められたカインの肩を数回慰めるように叩いて頷いたルークは、静かに応接室を出て行った。


室内には現在三人。座って優雅にお茶をするアシュリーとレティシア…そして、立たされているカインだ。



「カインは()()にする!」


「おいおいっ!…レイ…頼むから許してくれよ」


「そうしましょう!」


「ちょっ、レティシアちゃんまでっ?!もう謝ったじゃん」



『反省の色が見えない』とレティシアに冷たく突き放されたカインは、『気安くレティシアの名を呼ぶな』とアシュリーに頭を叩かれる。


カインは外見こそ硬派だが、中身は軟派な男。

女性関係が乱れており派手。つまり、すぐに手を出す。素行の悪さから、ルークも警戒していた。




カインは、アシュリーの幼馴染だという。


『大公殿下が麗しい女性を伴って帰国した』『新しく女性秘書官を雇った』


絶対にあり得ない…奇跡でしかない夢物語を耳にしたカインは、居ても立ってもいられなくなり突撃してきた。

アシュリーをいろいろと心配しての言動だったと言うが、それにしても見切り発車が過ぎる。



(…誰が魔女じゃ!…)



レティシアを睨む姿に、どこか既視感があると思った。彼もルークと同じ“忠犬”に違いない。




    ♢




誘拐事件の後、やむなく王宮を離れたアシュリーを守り続けたのは…アシュリーの父アヴェルの忠臣騎士であった“フレデリック・イグニス伯爵”。


そのフレデリックの息子がカイン。

アシュリーとカインの二人は少年時代を共に過ごし、魔法や武術を切磋琢磨しながら学んだ仲だった。


五年前、フレデリックが王国第二騎士団の団長に就任する際、カインがアシュリーの護衛隊長を引き継ぐ。



おちゃらけた態度が目につくカインの年齢は25歳、見た目はアシュリーとそう変わらない。

アシュリーがかなり大人びている…ということ。



魔力による成長の進度や発達具合には個人差があり、15歳で安定し始め20歳には完全に止まる。

魔力量の多い王族として生まれたアシュリーは、早熟。

10歳までの王族は身体の成長を自然に任せ、その後は、魔力量を制御しながら成人まで専門医が側について管理していくのが決まり。


9歳で魔力の源に捻れができ、11歳まで体調不良に悩まされていたアシュリーは、その発育調整が上手くいくかどうか?魔力暴走の影響を懸念されていた。


聖女サオリに出会って回復してからは…魔法、武術に加え多くの知識も学び、極端な発達異常が出ないように細かな身体チェックを受ける日々を過ごす。

アシュリーは、真面目にならざるを得なかったのかもしれない。



この王国での成人年齢が『18歳』と他国よりやや高めなのは、国民が魔力持ちという部分が大きい。

本当の成人は20歳だと言われているくらいで、結婚適齢期も遅めという特徴がある。




    ♢




カインは25歳、未婚。やはり、中身28歳のレティシアより若い。

25歳といえば…ゴードン。見た目なのか、落ち着いているからなのか、彼が一番年上に見えるという事実にレティシアは気付いてしまう。


スラリと細身なゴードンは、魔力によって成長が進んだというタイプには見えない。アシュリーに仕える過酷さ故だろうか?



(ゴードンさんにだけは、迷惑をかけないように気をつけよう)





──────────

──────────





「…え?あぁ、この香りいいでしょう。媚薬とまではいかないけど、興奮するニオイだって聞いたからさ」


「媚薬?」


「…ね、どう?」


「…はぁ…」



『いい香りがする』とレティシアが伝えたところ、カインは満面の笑みで女性を惹きつけるニオイだと話す。

彼から匂う男性らしいムスクのような香りは、魔力香ではなくコロンの香りだと分かった。



「ムラムラして、官能的な気分にならない?」


「いいえ。私は加護とか魔術とかがあるので、効果半減かと」


「…ナニそれ…」


「イグニス卿が良縁に恵まれることを、心からお祈りしていますわ」



ニコッ。



「…え、うん。ありがとう…」








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