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63 長い夜3



…スー…スー…スー…




膝枕で穏やかに眠るアシュリーから、規則的な寝息が聞こえて来る。レティシアの細い腰に左腕をしっかりと絡め、ホールドした状態でうつ伏せになって寝ていた。



ナイトテーブルに置かれた蝋燭の灯りがユラユラと揺らめく度に、白い敷布の上に広がる長く艷やかな黒い髪が波打って見え、幻想的な情景を作り出していた。

仄かに明るい室内はしんと静まり返り、まるで王宮全体が眠りについたかのよう。



(…物音ってここまでしないもの?…魔法かしら?)



柔らかなヘッドボードにもたれ、蝋燭の炎(キャンドル)が織り成す夢幻的な空気にぼんやりしながら、アシュリーの髪をそっと撫でて…ゆっくりと瞼を閉じた。



「…殿下…どうか…いい夢を…」




    ♢




…スー…スー…スー…




微睡んでいただけで完全には眠っていなかったアシュリーは、ヘッドボードに身体を預けて静かに眠るレティシアの寝顔を眺めていた。


陶器のようにきめ細やかな肌、長い睫毛と真っ直ぐな鼻筋、ほんのりピンク色をした頬、瑞々しい果実のような唇。小さな顔に、整ったパーツが正しく並んでいて美しい。


異世界のパジャマを着てはしゃぐレティシアの愛らしい姿を思い出し、自然と頬が緩む。



「…ぬいぐるみかと思ったよ…」



こうしていつまでも見つめていては…レティシアが休まらない。アシュリーは、上体を起こしたまま眠っているレティシアの身体を優しくベッドへと横たえた。


部屋にはベッドが二つある。別のベッドへ運べばいいのだが、アシュリーはそうしなかった…したくなかった。



「私が先に起きれば、それで済む」



誰に言うともなく呟いて、レティシアが寒くないように上掛けでしっかりと包んでから、そっと胸に抱き込んだ。



薄暗がりでアシュリーはふと思う。

邪な感情(男の下心)を滅する銀の指輪の力はどうなったのか?…無意識に、ガウンのポケットに忍ばせた金の指輪に触れた。

『物は試し』とサオリに発破をかけられた結果、己の欲と本能が漏れ出ていることに気付く。



「…まいったな…聖女様は本当に抜け目がない…」



今後、今夜のような触れ合いが“解禁”になるというのに…いい夢を見ようにも、アシュリーは興奮して寝付けない。





──────────

──────────





レティシアは裏表のない性格。

素直で、誰に対しても分け隔てなく堂々と接する。それに、感受性豊かで涙もろい。


アシュリーの言葉に可愛らしい反応をするかと思えば、時に魅惑の表情で心を揺さぶる発言をしてくるところも興味深く、異世界の記憶を持つ彼女の思考や物言いはとにかく新鮮。



レティシアは、アシュリーに王族らしさを全く求めない珍しい人物。自分がどれ程稀な存在であるのか、彼女が気付くことはないだろう。


王族は王国の全てを司る。揺るぎない権力と、その強さの証として権威を示して行かなければならない。

そんなアシュリーに『愚痴を言え』というのだから驚いた。弱音など吐いていては統率者になれない、そう思うのに…染み付いた固定観念から抜け出して、弱さや本音を曝け出しても許されるような気持ちになるから不思議だ。


外見のみならず内面も魅力的なレティシアは、知れば知るほど手に入れたくなる。




期間限定だと初めて聞いた時のショックは、予想以上に大きかった。


見知らぬ世界で“前世の記憶”だけを持って目覚めたレティシアが人として生きて行くためには、魂と身体の同化が最優先となる。

そんな時に、触れる触れないといった面倒事に巻き込まれたくないと考えるのも、恋愛にまで踏み込む余裕がないのも…至極当然だと理解をした。

それならば、特別な存在の彼女を側で大切に守り、時間の許す限り愛でていこうと誓う。



レティシアの雇用に成功し、手元に置けると確信した時は、そこまでで十分だと心が満たされた。



甘かった。



初めての淡い恋心を自覚してはいたが、レティシアを困らせると知った後は自重するつもりだった。



甘かった。



彼女を目の前にすると、感情や欲望がどうにも抑えられない時がある。

髪はフワフワ、頬を撫でれば滑らかで、細い身体を抱き締めれば柔らかく…微かに甘い香りがする可愛い女性。触れるなというのは無理で酷な話だ。




    ♢




異常体質になったのは、9歳で魔力暴走を起こし、体調不良から原因不明の熱病に侵された後のこと。


聖女サオリの“癒しの力”に助けられた後も、試練は続いた。

女性が集まる茶会で冷や汗をかいて何度も退席し、同世代の集会では歯を食いしばって長時間耐えたこともある。


今では、挨拶程度なら女性が差し出した手に軽く触れても平静を装えるまでになった。当然、手袋は手放せない。



この数日は、そんな不快で苦しかった過去を忘れてしまったかのように過ごしている。

触れたいが、たとえ触れなくても…レティシアには側にいて欲しい。





──────────





翌朝、ではなく…昼過ぎ。アシュリーはレティシアの豊かな胸に顔を埋めた状態で、先に目を覚ます。










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