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61 長い夜



庭から戻ると、今日一日過ごしていた広い部屋に大きなベッドが二つ運び込まれていた。

レティシアは、枕を持って前を横切って歩いて行くゴードンを何となく目で追う。



「今夜は王宮に泊まって、明日ラスティア国へ帰ることになった」


「…そうなんですか…」


「あぁ。…それで…その…聖女様が、な…」



アシュリーが眉根を寄せて口籠る姿から、大体の話の想像はつく。



「もしかして…添い寝係?」


「やはり、知らせを受けていたか…後で少し話そう」


「はい」



室内を整えたゴードンは『おやすみなさいませ』と一言告げて、部屋を出て行ってしまった。





──────────





「はぁ…さっぱりした」



レティシアは、部屋に備え付けのシャワールームから出る。

ソフトな肌当たりなのに程よい刺激を感じるシャワーは、身体の汚れだけではなく疲れも洗い流してくれた。商店で使っていた、勢いで叩くシャワーとは随分違う。


ふとベッドを見ると、別室で入浴を済ませたアシュリーが数枚の書類を手にして腰掛けている。



「殿下、戻られていたんですね。何か急ぎのお仕事ですか?」


「…いや。おいで、こっちで髪を乾かそう」



立ち上がったアシュリーに手招きされソファーに座って数十秒、レティシアの髪はあっという間に乾く。

ドライヤーより優秀な生活魔法に感心しつつ、呑気にお礼を述べてからハッと気付いた。



(待って!私もう従者なのに…殿下に何をさせているの?!)



「おっ、どうした?」


「申し訳ありません…殿下に髪を乾かしていただくなんて。つい、ご厚意に甘えてしまいました」


「ハハッ…私はレティシアを甘やかすのが得意みたいだな。できないことがあるのなら、助け合えばいいだろう?」


「…それは…そう?…って、やっぱり違います。殿下は魔法で何でもできるので、私を助ける一方じゃないですか」


「いいや、違わない」



アシュリーは、乾いたばかりのミルクティー色の髪を手櫛で整えるように梳いて、レティシアに囁く。



「どんな魔法を使っても、こうして女性には触れられなかった。それを可能にしてくれたのは君だよ?…君だけだ…レティシア」



アシュリーはレティシアの髪を手に取り、うっとりと微笑んでから口付ける。

結わえていない漆黒の髪がサラリと肩から滑り落ち、長い前髪の隙間からは黄金の瞳が明るく輝いていた。



(…綺麗な人ね…)



「殿下、お顔が…近いです」





──────────





アシュリーは穏やかな人柄でありながら、崇高で強い精神を持った人物。

当初、自分の置かれている立場や罪悪感から“唯一の女性”という扱いを受け入れなかったレティシアに対しても誠実だった。


そんなアシュリーに好意を向けられ、求めに応じるか否か…気持ちが大きく揺らいだ。



(…うん、認めるわ。…私は絆されたのだと…)



侯爵令嬢という分不相応な肩書から逃れ、見知らぬ世界で埋もれる未来しかなかったレティシアを、アシュリーはここまで引っ張って来てくれた。


アルティア王国では、レイヴンと再会してその人となりを知れたり、サオリと出会って母のようなぬくもりに触れ、愛情溢れる温かい言葉を貰い…他にも、多くの情報を手に入れられてよかったと思う。



期間限定、この奇跡の時間をアシュリーの側でどう過ごして行くのか?今では、前向きな気持ちで心が満たされている。




    ♢




「どうして、わざわざこの部屋にベッドを?」


「…ん?」



アシュリーは名残り惜しそうに髪から手を放すと、その指の背でレティシアの頬を撫で上げる。くすぐったくて…レティシアが反射的にキュッと首を縮める様子を見て、クスリと笑った。



「ゆっくり休むためだよ」


「他の部屋では駄目なのですか?」


「あぁ…誰にも邪魔されたくないからな」


「邪魔?」


「王族には、四六時中見張りが何人もついているんだ。私は大公になってから不要としていたが、王宮内ではそうもいかない。煩わしく感じた時は…いつもここへ逃げ込む」



(それって、殿下の護衛よね。プライバシーの問題かな?)



「この部屋だけは見張りが入り込めない特殊な造りにしていて、私の魔法を張り巡らせてある。当然、外敵も侵入させない」


「安心して羽根を伸ばせるわけですね。でも、私まで?」


「王宮は危険だから、今夜は我慢してくれる?」


「…はい」



レティシアに見張りがついたり、ましてや外から誰かに狙われるなど…あるわけがない。それでも、急遽王宮に泊まる予定になって警戒しているアシュリーは、安全を理由に他の部屋でレティシアを休ませることを許さなかった。





──────────





「レティシアは、聖女様に言われて添い寝係をするつもり?私は、君に負担をかけたくないんだ」


「…え?」



添い寝係については、決行以外ないと思っていただけに…アシュリーの言葉に耳を疑う。



(…まさか、突っ撥ねるの…?)



毎夜悪夢にうなされ、心身ともに癒しを求めているはずなのに、アシュリーはレティシアを気遣う。その自制心と固い信念には敬服するばかり。



「私へのお気遣いは不要ですよ?添い寝係は、今の私にしかできない役目だと正しく理解をしています」


「君の存在は、私にとって唯一だからね。だけど…そこまでの責務を負う必要などない」


「先程、殿下は助け合えばいいと…できないことを可能にしたのはこの私だと仰っていたじゃないですか。なぜ、素直に頼ってくださらないのです?」



レティシアの歯痒さを含んだ鋭い訴えを聞いて、アシュリーは微かに口元を緩める。



「私を、悪い夢から救ってくれるのか…?」


「殿下がお望みなら、私は朝でも昼でも“ナデナデ”いたしましょう。個人的には、添い寝係という名称に抵抗があるので…もうそんな枠など取っ払ってはいかがですか?」


「なっ…朝でも昼でも?!…いや、私は…添い寝係というより、魔力香に慣れる訓練をしたほうがよさそうだと思っていたんだが…」


「あぁっ、そうでした。魔力香は確かに優先すべきです。どうやら…殿下と私は毎日助け合う必要がありそうですね?」





──────────





この後、レティシアはサオリからの贈り物を受け取る。


この世界のものではない…懐かしい?パジャマと下着類。見事な再現ぶりにレティシアは驚き喜ぶ。

せっかく作ったというのに、パジャマはサハラがお気に召さなかったそうで、よければ着て欲しいとのことだった。



(サオリさんは…スケスケのネグリジェを着てるのかな?)




 



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