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59 聖女と大公



サオリとアシュリーは、少し距離を取って向かい合わせに座っていた。



「こうして二人きりで話すのは、随分と久しぶりね。旅の疲れもあるでしょう…今の体調はどう?」


「こちらにはしばらく来ておりませんでしたので、陛下にも…同じように言われました。体調は問題ありません、お気遣いありがとうございます」


「本当に強くなって。でも、話は短時間で済ませましょう!」





──────────





「レティシアが髪に触れた時、痺れた…つまり、魔力の源に刺激があったのね?」


「はい。刺激ではありましたが、治癒師とは明らかに異なる感覚だったんです。妙に心地いいので…私はそこから逃れたいとは思いませんでした」


「…心地いい…?」



普通なら、魔力干渉を心地いいとは表現しない。

レティシアの言っていた通り、アシュリーは刺激を与えられる一方で癒しも得ていたことになる。



「それに、彼女が髪に触れた日は悪夢を見ないと分かりました」


「えぇっ!!」


「深く眠れて、翌朝は身体が軽い。驚きしかありませんでした」


「悪夢…なるほど、効果はそっちに出ていたのね」



レイヴンから癒しの恵みを与えられているレティシアがアシュリーに触れて、魔力の源に影響を与えた。その結果、精神が安定したか或いはリラックス状態になり…悪夢を見なかったという話になる。


毎日快眠できれば、アシュリーの身体には必ず変化が起こる。過去に受けた誘拐犯からの呪縛を解くチャンスだと、サオリは密かに期待した。



「…だからでしょうか?時折レティシアと触れ合いたくて堪らない気持ちになるんです。今まで知らなかった感情や欲が湧いてきてしまって…正直、それには困っています」


「レティシアに癒しを求めてしまうのは、ある意味仕方がないわね。身体が欲しているんだと思うわ。髪に触れたのは三回だったかしら?…その他に、接触して変わったことは?」


「…最初は手で…頬に触れたり、抱き締めたり。それから…」



サオリに嘘偽りなく話す内に、恥ずかしそうに俯いたアシュリーの顔が徐々に赤みを帯びていく。


この後、レティシアに口付けた話を聞いたサオリは…その進展の早さにブッ飛んだ。




    ♢




「変化魔法が解けるほど…理性が保てずに興奮したのね」



触れてもいい唯一の女性が超美少女という好条件に加え、レティシアは元気で明るく真面目、思いやりがあって愛される性格だ。

アシュリーが、レティシアに恋をしても何らおかしくはなく…寧ろ、そうであっていいとサオリは思う。


しかし、知らずに髪に触れて猛省をしていたレティシアと、特別な感情を持つアシュリーとでは、触れ合う熱量に随分と差がある。恋愛初心者のアシュリーは、今から恋を体験していくしかないのかもしれない。



「とりあえず、レティシアからの影響がかなりのものだとは分かったけれど…大公は魔力の増幅に気をつけて」


「魔力ですか?」


「そう。彼女の言っている“香り”は大公の魔力香なの。嗅ぐと穏やかな気分になるようだから、香りが強過ぎると意識が朦朧とするかも。特に、そういう…性的な感情が昂ぶる時には要注意だわ」


「…魔力香…」



アシュリーは、自分の魔力に香りがあって…レティシアがその香りに酔うことを知る。



「レティシアがよく寝るのは身体と馴染む過程だと思うから、秘書官として側に置くのなら配慮してあげてね」


「…はい。そうか…よく眠ってしまうとは思っていたが」


「むやみに起こすのは可哀想よ」



レティシアの謎が、二つ解けた。





──────────





「大公、これを受け取って」



サオリはテーブルに置いていた小さな箱を、アシュリーへと投げる。

受け取ったアシュリーが箱を開けると、青い石のついた金色の指輪が入っていた。



「魔装具ですか?」


神聖なる遺物(アーティファクト)よ」


「…なぜ私に?」



アシュリーは魔力が強いため、アーティファクトの聖力で抑え込むのはほぼ不可能。つまり、契約してトッピングすることができない。


黄金のやや太めのリングの中心に、小振りな石がキラリと光る。深い青色の石を見て、アシュリーはレティシアの泣き腫らした目を思い出す。



「それはカップル、金銀で対になっている指輪なの」


(ペア)の指輪?」


「銀の指輪には契約者がいるわ。だから、大公が金の指輪を持っていればいいんじゃないかと思って」


「契約者は…レティシアですよね?」


「えぇ、大切な彼女を守るために契約したのよ。悪意を持つ者が身体に触れたら、浄化してしまうくらい強力な聖物とね」



レティシアが戻って来た時…わずかに感じた清澄な空気は聖力だったのかと、アシュリーは小さく頷いた。




    ♢




「大公、レティシアを添い寝係にするのはどうかしら?」



添い寝係とは、主人を癒したり不眠を解消する役目を担う者。アルティア王国の王族の場合、王室所属の薬師がその務めを兼任しているため、添い寝係として目立つ立場にはない。

必ずしも言葉通りに添い寝をする必要はなく、マッサージや調合した香を焚いたりして、眠るまで側で様子を見守るのが主な仕事。王族の心身の健康を保つために、大切な役職の一つとされている。



「王族なら、珍しい話ではないでしょう?」


「…そうかもしれませんが…」


「レティシアに触れて貰うチャンスは今しかないわけよね?短期間でもいいわ…悪夢を見ないようにするためには、レティシアが毎日髪に触れる必要がある。だから、添い寝係にしておけばいいと思うの」



アシュリーにとってレティシアが“癒し”であると分かった以上、この機を逃す手はない。そう思ったサオリからの提案に、アシュリーはすぐさま首を横に振った。



「いいえ…レティシアは、私との触れ合いを望んでいないと思います。私のために、無理をさせたくはありません」


「…あら、そうなの?大公は彼女に癒しを求めてるし、彼女は大公の香りで心安らぐのだから…Win-Winではなくって?」


「ウィンウィン?」


「一度、よく話し合ったほうがいいわ」



サオリは手元の紙にサラサラと何かを書き記し、部屋の外で待機する側付きの者へと託した。手紙の届け先は、勿論レティシアである。



「物は試し、今夜添い寝してみたら?」


「今夜?」


「大丈夫、邪な感情は例の指輪が滅するはずよ…隣で寝ていたって変な気は起こさないわ……多分」



いくら手短に話す…といっても、話の展開が速い。サオリの真意が読めず、アシュリーは怪訝な顔をしていた。




    ♢




カップルリングは、契約者が心を許している者…要するに(ペア)の指輪を持つ相手には効果が半減するといわれている。ただし、それが事実なのか?古の貴い聖物のこと…加減の程は正確には分からない。



「二人の関係が進むとしたら、もうそれは運命ってことで」



部屋を出るアシュリーの背中を見送りながら、サオリは呟いた。









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