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58 三つ巴



サオリの私室から戻ったレティシアを待ち構えていたのは…ご機嫌斜めのサハラと、つまらなそうな顔をしたレイヴン、背筋をピンと伸ばして笑顔を向けるアシュリーの三人。

ぐっすり眠ってしまったクオンは、世話係が宮殿へ連れ帰った後だった。



(…どういう雰囲気かな、コレ…)



ここで尻込みしていても仕方がない。レティシアは、金色に輝く部屋の入口で再び深く頭を下げ室内へ入る。




    ♢




アルティア王国で過去に起きた『第三王子誘拐事件』の全貌を知ったレティシアは、アシュリーのためにできる限りの努力をすると心に決めていた。


誘拐犯の()()は、今もなお悪夢となって苦痛と恐怖をアシュリーに与え続けている。

鋼のような精神力でそれに耐えながら、王国のため、ラスティア国の君主として立派に責務を果たす姿は頼もしく尊い。



(殿下にお仕えできることを、誇りに思います)




    ♢




「…どうした?」



アシュリーはレティシアの顔を覗き込み、何かを探るようにフワッと髪を撫でる。優しく髪に触れた手は、レティシアの頬をも包み込む。



「……殿下?」


「目の周りが赤くなっているな…泣いたのか?」


「え?」



(…ヤダ!…泣き過ぎて瞼が腫れちゃってた?!)



「だ、大丈夫です。それより…殿下、サオリさんが私室まで来て欲しいと仰っていましたよ」


「聖女様が?」


「はい。殿下を待っていらっしゃいます」





──────────

──────────





「サハラ様、先程は気が利かずに申し訳ございませんでした」


「気にするな、サオリには後でタップリと時間を貰う。もうしばらく、大人しく待つとしよう」



サオリがアシュリーを呼んだため、サハラの機嫌がさらに悪くなるのでは?とレティシアは内心穏やかでなかったが、どうやらそれは杞憂に終わった。



「大公が全く躊躇せずに女性と触れ合うとは…驚いたな。私の想像以上に情熱的な男に見えたぞ」



(情熱的なのは、()()って言われているサハラ様ですよ)



ニヤついて無遠慮なサハラに冷やかされたレティシアは、心の中で言い返しながら…静かに微笑んでやり過ごす。



「王国の貴族令嬢たちと比べれば、清楚で愛らしい。これは、レイヴンや大公でなくても…興味をそそられるやもしれんな」


「あの色情魔は放っておけばいい、相手にするな」


「…レ…レイヴン様…?」


「レティシア、ここへ来て右手を見せてくれるか?」



突然横槍を入れてきたレイヴンは、自分の座る左隣を指差していた。

この王国の“護り神”であるサハラに辛辣な言葉を浴びせ、素知らぬ顔をして会話を続ける大魔術師を…レティシアはギョッとした顔で見つめる。


当のサハラはというと、何がそんなに愉快なのか…声をひそめて、肩を小刻みに震わせながらクックッと笑う。



(えぇぇ…もしかして、お二人は知り合いで…仲良しなの?)



その場に立ち尽くすレティシアを待ち切れなくなったレイヴンは、右手を引き寄せて強引に隣へ座らせた。



「…あっ…」


「ほぅ…アーティファクト(古代神殿の遺物)か…まぁ、いいだろう」



サオリから貰ったばかりの指輪に気付き、右手の中指をスルリと撫でるレイヴンの手は…相変わらず冷たい。



「あの…レイヴン様のこと、サオリさんから少しお聞きしました。私に加護を与えてくださって、ありがとうございます」


「…どうやら、ここにはお喋りな獣が一匹いるみたいだな…」


「え?」


「私がエルフだと…聞いたのか?」


「あ…はい。人間とのハーフ?…なんですよね…」


「………そうだ…」



サオリが加護について説明する上で、レイヴンがエルフである事実は必要不可欠な情報だった。

しかし、自身の口で何も語っていないレイヴンが訝しげな表情をするのも…また至極当然な話だとレティシアは思う。



(現世のレティシアには、素性を明かさずにいたんだものね)



帝国魔塔のトップであり高い能力を持つ魔術師、エルフという種族…身分や高貴さを重要視するこの世界で生きるレイヴンには、きっとしがらみが多い。

今になって、正体を隠そうとした彼の思いが何となく透けて見える気がした。


その名だけで、他国の者にすら“帝国魔塔の大魔術師”だと認識されてしまうレイヴンは、養護施設でレティシアに会う時だけは…肩書のない、ありのままの自分でいたかったのではないだろうか。


転落事故の後、別人となったレティシアに『会うことはない』と別れを告げたのも、面が割れたからに違いない。




   ♢




「レイヴン様は、お優しくて親切で…強い魔術師です。私が危険な目に遭わないように、守ってくださいました」


「…何だ急に…」


「落ち着きのある大人で、しかも超美形です」


「……はぁ?」


「非の打ち所がないですね」


「………誰の話だ?」


「レイヴン様です」


「…………」



何か言おうとしたレイヴンは、諦めたのか…笑顔のレティシアからプイッと目を背けた。


多くの魔術師を従えているレイヴンは、その抜きん出た能力と圧倒的な存在感をドンと前面に押し出している。

集団の中に在りながら孤高、他人とは一線を引いた特別な領域を持つ…それが“大魔術師レイヴン”の人物像だ。



(だけど、クールなだけでは決してない人)



「帝国魔塔の主になる大魔術師で、エルフと人間のハーフだと聞きました。でも、今申し上げた通り…私が持つレイヴン様の印象に何も変わりはありません」


「…………」



余所見をしたままのレイヴンが片手で顔を覆い隠すと、その様子を見たサハラが声を上げて笑い出す。



「ハハハッ!…エルフと人間のハーフだと聞けば、周りはお前を色眼鏡で見てくるというのになぁ。レイヴンよ、どうだ?異世界人は素直で可愛らしいだろう?」


「…そういうのはよせ…」


「ふむ、この娘なかなかに面白い。大公と似合いのカップルだと思うが…」


「…サハラ…いつから他人の色恋にまで口を出すようになった?」


「相性がいい」



(……占い師か?)



とうとう、心の中でサハラに突っ込みを入れてしまったレティシアは、小さく咳払いをして気を取り直す。



「大変申し遅れましたが、中身…失礼、前世である異世界人の記憶を持つ私は28歳。平凡な一般市民です」


「「…28歳(・・)?」」



レティシアの短い自己紹介を聞いたサハラとレイヴンが、ほぼ同時に『28歳』と繰り返した。



「はい、見た目とはいろいろと…かなり?違う部分がございまして。その…殿下とは不釣り合いかと思われます」


「年の差が問題か?私は80年くらい生きているが、サオリとは50近く離れているぞ?」



(…神獣と聖女のカップルと比較されましても…?)



そんなことをストレートにサハラには言えない上に、10歳程度の年齢差を騒ぎ立てもできないレティシアは押し黙った。


サハラは徐ろにレイヴンを指し示す。



「レイヴンも、60年は生きている」


「…60…?」


「お前は…一言多いっ!」









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