42 旅立ち4
アクシデントにより、レティシアが小一時間程寝てしまっていたが…アシュリーの自己紹介は続く。
「アルティア王国は、一年前に一番上の兄クライスが新国王となった。あぁ、両親は健在だよ。そして半年前、成人と同時に…私は叔父上からラスティア国を継いだ」
「世代交代ですか」
「そうだな。二番目の兄アフィラムは騎士団長を任され、姉たちはそれぞれ宰相、魔法師団長へと嫁いでいる」
「安泰ですね」
「私個人はそうでもない。王国は貴族が多くて、政略結婚で王族との繋がりを欲しがる輩が山程いる。私とアフィラム兄さんは未婚で婚約者もいないから、とにかく…そういうのが煩わしい」
不快な感情が湧き上がったようで、アシュリーの眉間にシワが寄る。
「成人すると、婚約や結婚を周りが勝手に急き立てる。結局、私はラスティア国へ逃げたんだ」
「…でも…同じ王国内ですし、逃げ切れないのでは?」
「大公になっても王族の血を持つことに変わりはないが、王国の中枢から一歩引くという意思表示にはなる。ラスティア国は、王宮から遠く離れていて高位貴族がいない。権力にしがみつく古狸共に一切会わずに済む」
「…あ、それで逃げたと…」
「……しかし、令嬢たちが誘いの手紙を寄越すようになった」
「はい?」
どうやら、古狸は言葉を使い、令嬢は手紙を書く…単純にアプローチの仕方が変わっただけらしい。
恋文への返事を代筆するのはアシュリーに仕える三人の秘書官たちの役目で、あまりの多さに辟易しているという。
「私の補佐官が言うには、高位貴族の令嬢はラスティア国で無条件に大威張りできて、下位貴族の令嬢は王子ではなく大公になった私が狙い目?…それが“女性目線”というものだそうだ」
「最早、全ての令嬢の標的になって…悪化しちゃってるじゃないですか」
「…面目ない…」
(…女装男子を雇おうとした気持ちも分かるわ…)
「王国領内では、常に保護魔法で身体を守って耐えている。ただ、他国では魔法を自由には扱えない。国毎に制約がある。ルブラン王国は魔法使いや魔力持ちが希少な国で、人々に影響を与える魔法を使ってはならないんだ」
変身魔法は、変身さえしてしまえば周囲に害を及ぼすものではない。しかし、アシュリーの保護魔法は、危険を察知するために魔力を放出している。ルブラン王国では使えなかった。
「私は、無防備な殿下の手袋を剥ぎ取り…無理やり触れたんですね」
(…最低だ…)
「魔法で君を傷付けるわけにはいかず…あんな風になってしまって、結果…レティシアに嫌われた」
「その節は、誠に申し訳ございませんでした!」
「基本的には手袋で何とか凌げるんだが、君は最強だな」
「…うぅ…」
泣きべそをかくレティシアの頭を、アシュリーが笑いながら撫でる。
「もしかして、魔法を使っている殿下は無敵なんですか?」
「直に触れなければ…かな。女性が近付くと気分はよくない。保護なしでも、ある程度は堪えられるようになった」
(…頑張り過ぎて、きっと悪夢を見るんでしょうね…)
「王国へ入国した後、私は魔法を使う。レティシアは言語理解のスキルを持つから、魔力による影響はないだろう」
「あっ…言語スキル!…その件ですが…」
♢
「スキルじゃない?」
「多分、魔法ではありません。転生した者に与えられる“特異”なものだと思います」
会話や読み書きについて詳しく説明をすれば、アシュリーは思いの外すんなりと肯く。
「聞く限り、聖女様とほとんど同じ能力だな。異世界の者同士…共通点が多いのかもしれない」
「…そうなんですね…」
「レティシアに魔力がないとしたら、魔力の濃いゲート内を通過すると間違いなく魔力酔いを起こす。
魔力慣れしていない身体だと…使えるのは魔力のない者を保護するポーションだけだな。それも魔力酔いには効果が薄いと聞くから、ちょっと辛いかもしれないぞ?」
「…一種の乗り物酔い?…でしょうか?」
──────────
「…うぅっ…」
「大丈夫?」
草むらに突っ伏しているのはルーク。
吐き気に襲われて苦しんでいる彼に、レティシアは水場で冷やしたタオルを手渡す。
「…悪いな…」
「魔力酔い?」
「いや、違う。何か、ゲートって目がグルグル回る感じがする…俺はあれが苦手なんだよ」
(それ、魔力酔いだって認めたくないだけでしょう…?)
「殿下が、先に宿で休んでいいって言ってたわ」
「まだ、起き上がりたくない」
「あら、大変」
レティシアは、ルークの背中をゆっくりと擦ってやる。
「本当、姉さんみたいだな」
「“お姉ちゃん”って呼んでもいいわよ?…特別に許す」
「……呼ばねぇ……」
(ふふっ…照れちゃって!)
そよそよと心地いい風が、草原の匂いとレティシアを呼ぶゴードンの声を運んで来る。
「あ…食事かな?私は先に行くわ、お大事に」
ルークをその場に残して、パタパタとレティシアが走り去って行く。
「…あいつ…ケロッとしてるな…」
♢
モグモグと美味しそうに食事をするレティシアを、アシュリーは上品に紅茶を飲みながら眺める。
「魔力酔いをしなかったな」
「はい、大丈夫でした!」
「…今の身体には、魔力も作用しないということか…」
「そうではないと思います。実は…知り合いの魔術師が、私の身体を心配して魔術を施してくれているんです。怪我をしないのはそのお陰ですけれど、魔力酔いにも効果があったのかもしれません」
「…魔術…」
“知り合いの魔術師”とは、どれ程の実力者なのだろうか。
レティシアの言葉は、アシュリーの頭の片隅に小さな疑問を残した。