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41 旅立ち3



馬車の揺れでレティシアの身体は跳ね上がり、座席から放り出され…大きく浮いて前へ飛んだ。



「…っ…レティシア…!!」


「キャッ!!!」



レティシアは、咄嗟に手を伸ばしたアシュリーの胸の中に勢いよく突っ込むような状態で抱き留められる。



「………はぁっ…」



大型の馬車とはいえ、そう広くはない。

アシュリーは座席に背中を打ちつけはしたが、レティシアを無事に守れたことに安堵の息を漏らす。



「レティシア…怪我はないか?」


「…すっ…すみません…」



馬車に乗り慣れておらず体重も軽いレティシアは、宙を舞った驚きとショックでブルブルと小刻みに震え、真っ青な顔をしている。

アシュリーはそっと背中を擦りながら、落ち着いた声で囁く。



「びっくりしたんだね…大丈夫だよ。痛いところはある?」


「…いえ、ど…どこも痛くありません…」


「…そうか…」



首を左右に小さく振りながら…か細い声で答えるレティシアを、アシュリーは身体全体を使ってすっぽりと抱き込んだ。



「…よかった…」




…ガタゴト…ガタゴト…




今は馬車の揺れが煩わしい。




─ ガン!ガン!ガン! ─




アシュリーが足で馬車を蹴り上げて揺らすと、馬の嘶きが聞こえた後…すぐに停止した。




    ♢




「失礼いたします。申し訳ありません、道が悪く揺れまして…殿下、どうされ…っ…殿下?!」



馬車の扉を開けたゴードンは、床で抱き合う二人を見て仰天する。



「ゴードン、騒ぐな。30分程休む…水と毛布を。後は、私がいいと言うまで扉を閉めて待機していろ」


「畏まりました」



多少馬車が揺れても、従者たちは主人が乗る馬車の扉を勝手に開けることを許されてはいない。

今回は、アシュリーの合図に気付いたゴードンが馬車を止め、その場で30分の休憩となった。





──────────





レティシアはどうにも気分が優れない。座席から浮いて頭が真っ白になり、冷や汗をかいた。



(…飛行機の墜落事故…あの瞬間を思い出すなんて…)



アシュリーはゴードンが持ってきた毛布をレティシアの肩にかけ、水筒を手渡す。



「…あ、ありがとうございます…」


「気にするなよ、30分休憩しているだけだ」



(私が、旅の予定を妨げて…落ち込んでいると思っているのね)



レティシアが水を飲んで喉を潤していると、隣に座るアシュリーが自分の太腿をポンポンと軽く二回叩いてみせる。



「…?…」


「膝枕だ」


「…え?」


「ここに頭を置いて、少し休め」


「………え?」




    ♢




…スピー…スピー…




以前に聞いた覚えのある寝息が、アシュリーの耳に届く。



「もしかして…私と馬車に乗ったら寝るという“呪い”にでもかかっているのか?」





──────────





「殿下、間もなく出国手続きが済みます」


「分かった」



ゴードンの声に、アシュリーは腕の中で眠るレティシアを見つめる。毛布に包まれたレティシアは、頬をピンク色に染めてスヤスヤと寝ていた。



「…起こすのが可哀想になるな…本当に困った人だ…」




    ♢




「中にいらっしゃるのは、ラスティア国シリウス伯爵様と秘書官レティシア様…以上、お二人でよろしいでしょうか?」



出国担当者は、書類を見ながら馬車内のアシュリーとレティシアの姿を確認していく。

アシュリーは、出国のため一時的に伯爵の姿に変身していた。



出国の手続きも“VIP”となると扱いが違う。

担当者も場所も一般とは別で、こうして座っていれば向こうからやって来る。馬車から降りることすらない。



「そうだ」


「では、出国の確認とお手続きはこれにて終了となります。ありがとうございました。どうぞ、道中お気をつけて」


「ご苦労だった」



担当者は、アシュリーへ丁寧にお辞儀をしている。



馬車が動き出し、分厚い塀をいくつか通過。こうして、レティシアは一言も話さずに…ルブラン王国を出国した。



(トラス侯爵家の皆様、さようなら…お元気で)





同じころ、アシュリーが滞在していたホテルにはジュリオンが駆けつけていたのだが…それを知る者は誰もいなかった。





「無事に出れたな。後はゲートを使って…アルティア王国の隣の国まで一気に移動をする。そこで一泊だ」


「ゲートを使うと、かなり遠くまで移動できるようですね」


「…あぁ…後悔はないか…?」


「私にとっては、どこの国もそう変わりないんです。ラスティア国に期待はありますが、ルブラン王国に未練はありません」


「…愚問だったな…」



アシュリーの口元が、ニッコリと弧を描く。



(新しい国で、私らしく生きていけたらいいな。レイヴン様も…そう言ってくれたものね)



「まぁ、先ずはこの世界の暮らしに慣れるところからだ。馬車にも乗れるようにならなければ、困るだろう?」


「…仰る通りです。先程は助けていただいたのに寝てしまって…ご迷惑ばかりおかけして、本当に申し訳ありません」



レティシアはションボリと項垂れる。

雇用初日…“殿下のお気に入り”ではなく“役立たずのお荷物”であることを自覚する羽目になってしまった。


起こされるまで爆睡していたレティシアは、馬車に乗り慣れるまで『一人で乗らないこと』『アシュリーの隣に座ること』を義務付けられる。



「君からは…目が離せない」









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