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3 国王とトラス侯爵



『レティシア・トラス侯爵令嬢との婚約を破棄したい』



二日前、これといった前置きもなく…フィリックスは国王に“婚約破棄”を願い出た。



国王が理由を問えば、レティシアとは関係が上手くいっておらず、他に好きな令嬢がいるという。

政略結婚なのだから、多少の不和が生じるのは極々当たり前。一時の恋愛感情に振り回され誤った判断をするとは、王子としての資質も含め…先行きが思いやられる。


ここで少々戒めておく必要がありそうだと、国王はフィリックスを一瞥した。



「父上、レティシアは妃教育を受けているのですから、後で私の側妃にして働かせればいいのです。無愛想な女ですが、少しくらいは役に立つでしょう」



それが名案だとでも言いたいのか…堂々と胸を張るフィリックスの話の内容に、国王は眉をしかめる。


王妃の他に側妃を娶ることができるのは、この王国では国王のみ。そもそも、働かせる目的で迎え入れるものでは決してない。



ルブラン王国国王と王妃の間には、二人の王子…王太子の第一王子ライアン、第三王子クリフォードがいる。

側妃の生んだ第二王子が国王になる日など…そうそうやっては来ないだろう。レティシアを側妃にする計画は、端から破綻していた。



フィリックスは、王子ならば()()()側妃を娶ることができると誤解しており、王族として必要な知識と教養が皆無だと分かる。

低能さを自ら暴露した後も…単に気に入らないという理由だけで、レティシアを非難する発言を繰り返す。


大貴族トラス侯爵家との繋がりが王国にとってどれ程大事か、政略結婚とは何かを理解しようとせずに、顔を歪めながら話すその醜態は『王族の器』ではないと感じさせるに十分であった。



「もういい、分かった」



フィリックスは、不快感が最高潮に達した国王に追い払われるまで喋り続け…満足気に部屋を出て行く。

恋に溺れ狂ってしまった若い王子に、国王は大きく失望する。




─ フィリックスは…駄目(阿呆)だな ─




「誰か、トラス侯爵家へすぐに使いを出せ」





──────────





約束の時間より少し早く『トラス侯爵が到着した』との知らせを受けた国王は、執務室の隣に設けた対面室へと急いだ。



「トラス侯爵、急に呼び立ててすまないな」


「国王陛下にご挨拶申し上げます。私も…お伝えしたいお話がございました」



トラス侯爵は、青白い顔をして恭しく国王に礼をする。


前に会ったのはいつだったか?

毎月顔を合わせているはずの国王ですらそう思うくらいに、その容姿は酷くやつれて…短期間で変わり果ててしまっていた。



「侯爵、どうした?…何かあったのか…?!」


「陛下、レティシアについてご報告がございます」



トラス侯爵はゆっくり息を吐き出した後、覚悟を決めて…娘のレティシアに起こった出来事を話し出す。




    ♢




二週間前。


トラス侯爵家の庭で、頭から大量に血を流しているレティシアが発見された。部屋のバルコニーから落ち、頭部を地面に強く打ちつけて倒れていたのだ。



駆けつけた医師がすぐに治療を施し、レティシアは一命を取り留める。

ベッドへと運ばれたレティシアの身体には、不思議なことに…頭部以外目立った外傷は見当たらなかった。


名を呼べばわずかに反応が返ってくるものの、意識が戻らない。脈も正常、呼吸にも特別乱れは感じられず、深く眠っている状態は一日…二日と続き、一向に目覚めないレティシアを前に医師も焦りを感じ始める。


トラス侯爵は、いよいよ王宮へ正式に転落事故の報告を上げる必要が出てきたかと考えていた。




ところが…事故から三日目の朝、レティシアは突然目を覚ます。



   

    ♢

    



「目覚めたレティシアは、()()()のレティシアではありませんでした」


「それは…大変な事故であったな。しかし…侯爵、娘でないとは…何を言っている?落ち着いて深呼吸をしてみろ、大丈夫か?」



半月前に侯爵家で起こった事態を大体把握した国王は、転落事故を目の当たりにしたトラス侯爵の頭が混乱して、どうにかなってしまっているのでは?と一瞬疑った。



「見た目は間違いなくレティシアなのですが、中身が…別の人物に成り代わってしまっていたのです」


「中身…成り代わる?全くわけが分からんぞ。転落して頭を打ったのならば、記憶喪失という可能性もあるだろう?すぐに王宮医師の診察を受けさせてはどうだ?」



トラス侯爵は力ない表情で、首を左右に振る。



「信じていただけなくて当然だと思います、私も最初は記憶喪失だとばかり…。しかし、今のレティシアは()()であると認めざるを得ない状況です。私たち家族は、事故以前のレティシアを喪ったという事実を…受け入れるしかありませんでした」


「…まさか本当に別人であると言うのか?…そんなことが…」



国王の目をしっかりと見て…トラス侯爵は深く頷いた。




    ♢




「陛下、本日は…フィリックス殿下とレティシアとの婚約について、何かご相談があると…」


「…うむ…今のレティシア嬢の話を聞けば、より話し合う必要があると思えてくるな。実は、フィリックスが婚約を破棄したいと勝手なことを言い出し、一人で騒ぎ立てている」


「婚約破棄を…そうですか」


「こちらから婚約を申し込んでおいて、今になってこのような…フィリックスにも困ったものだ」


「…いえ、私からも丁度陛下へ破談を願い出るつもりでおりました。合意の上で、婚約を解消するというのは…如何でしょうか?」


「…解消か、なるほど…」



解消ならば、破棄よりも穏便に済ませることができる。

レティシアに“傷をつけたくない”という…トラス侯爵の考えだろうと国王は思った。



「はい。今のレティシアは、妃教育どころか…17年間“レティシア”として生きてきた全ての記憶を失っているのです。正直に申し上げますが、これ以上婚約関係は続けられないと思います」


「そうか…今日王宮に来たのは、侯爵の言う…その()()になるのだな」


「仰る通りです。レティシアとして生まれ変わる前、前世の人物です」


「…前世だと?!…もう少し詳しく話せ…」


「陛下、それならばレティシア(前世の人物)に直接お会いいただいたほうが…早いかと思います」


「…ふむ…確かに…」



気が急いていた国王は、人を使ってレティシアを呼びつける時間すら惜しい。

そこで…トラス侯爵と近くにいた護衛官たちを引き連れ、レティシアの待つ応接室へと自ら向かうことにしたのだった。








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