27 レティシアと伯爵5
「寝具は全て新しい物に取り替えさせたんだが?…何か香りがするというのか?」
「はい、特に髪の毛です。シャンプーとか?」
「…シャンプー?」
「あ、通じない?え…と、髪を洗う時に使う、香りのある…」
「香油?…私は使っていない、髪は魔法を使って湯で洗うだけだ」
(そうなの?…でも、ツヤッツヤでした)
「魔法って香りませんよね。なら、伯爵様の匂い?」
「………レティシアは、私が臭うと?」
「いえっ、誤解しないでください!変なニオイのほうではなくて、爽やかな香りがするんです!!」
いい香りだとレティシアが何度言っても、アシュリーは自分の体臭が気になって仕方がない。
♢
「レティシアはここへ滞在させる。休暇を取らせた私の責任だ、隣の部屋を今すぐ整えておいてくれ。商店に住み込みの身では戻りにくいだろうからな」
「畏まりました」
「皆には彼女へ挨拶をして貰いたい、後で時間を設ける」
お粥に続いて、部屋の準備をするよう主人より命令を受けたのは従者のゴードン。
「申し伝えておきます」
「…ゴードン…正直に答えて欲しいんだが…」
「はい」
「私は、臭うのか?」
「………は?」
ゴードンは間抜けな声を出して、パッと口元を押さえる。
「それは、どういったことでしょう?」
「た、体臭だ」
「体臭ですか?…神に誓って申し上げますが、臭いません」
「本当だな?…嘘をつくな」
「本当に、本当です!」
「よし。もう行っていい」
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「アッシュ様、ゴードンでございます」
「入れ」
ゴードンが室内へ入った時、アシュリーは水の入ったグラスをレティシアに手渡そうとしていた。
その距離の近さに…触れ合える女性を遂に見つけたのだと、ゴードンは改めて実感する。
ベッドの上でお粥をモグモグと食べるレティシアは、大きな瞳を煌めかせ、小さな口を閉じて頬をしきりに動かす。その姿は小動物のよう。
フワフワのミルクティー色の髪。やや紫がかった濃い青の瞳は、透明感のある深い海のような色。
きめ細やかな肌は白く透き通っていて、整った美しい顔立ちは『人形』と表現されるのも肯ける。
一見、大人しそうな美少女だとゴードンは思った。
「アッシュ様、レティシア様のお部屋のご準備が整いました。ご不便のないよう、全ての物をご用意してございます」
「ご苦労だった、ゴードン」
「私の部屋?」
「そうだ」
「ありがとうございます。私、てっきりこのベッドで寝るのかと思っていました」
「べっ…別の部屋に決まっているだろう!」
「伯爵様ったら、冗談ですよ」
二人のやり取りを目の当たりにして、ゴードンは体臭を気にする主人の男心を瞬時に理解した。
見た目は可愛いレティシアだが、ルークを言い負かす程の度胸があり“噂の令嬢”とは異なった言動が多く見受けられる。
ゴードンは、記憶喪失説が有力だろうと思った。
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「これから、数日一緒に過ごすことになる。私の従者を紹介しておこう」
「…それは、どうもご丁寧に…」
「お前たちは名前と…そうだな、レティシアに何か一つ質問をしてみるといい」
ソファーに座るレティシアの前に、アシュリーが連れて来た五人の男たちがズラリと並ぶ。
『私は、ゴードンと申します。レティシア様のお好きな食べ物は何でしょうか?』
「ゴードンさん、先程はありがとうございました。私はお肉が大好きです」
『マルコです。では、好きな男性のタイプは?』
「マルコさん。タイプ…やっぱり優しい人かしら?あなたみたいに、体格のいい男性も素敵ね」
『チャールズです。好きな動物は何ですか?』
「チャールズさん。私はトラが好きよ、寅年生まれなの」
『カリムです。恋人に僕なんかはどうですか?』
「カリムさん、倉庫でお会いしましたね。残念、私は恋人を募集しておりません」
『ルークです。えーと…質問…?』
「ルークさんは、結構です」
笑顔でそう言うと、他の従者たちが一斉に無視されたルークを見る。レティシアは腕を組んで首を傾げた。
『おいっ、何でだよ!』
「何か、変な自己紹介?」
『…あぁ、全員違う国の言葉で喋っていたからな』
「違う国?」
『つまり、お前が理解できるかどうかのテストだ』
「テスト?だから質問をさせたのね」
(こっちは翻訳済みなのよ…全部同じに聞こえるわ)
なぜ言葉を理解できるのか?そこを突かれては困る。これ以上追及しないで貰いたいのに、アシュリーがそれを許さない。
「文字を読むより、話を聞き取るほうが遥かに難しい。今君が聞いた言葉の中には、この王国に指導者すらいないものも含まれている」
従者たちが使ったのは、それぞれの母国語。
レティシアは、ルブラン王国から遠く離れた異国の言葉を正確に理解した。
「レティシアには分からない言語などないみたいだ。もしかして、固有スキルか…言語理解能力?」
「…スキル?」
(スキルって、魔法?)
「そうか…それで、魔法に興味が。この王国には魔力持ちがほとんどいない、隠していたのか…」
「え?」
「言語理解能力自体が珍しい。我が国でも、聖女様と…数える程度しか扱える者がいない」
「……せ…聖女?」