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26 レティシアと伯爵4



「ならば、私と一緒にこの王国を出る選択肢も加えてくれないか?」


「伯爵様は、触れても大丈夫な女性をご自分の国へ連れて帰りたいだけでしょう?」



アシュリーは、唯一の存在であるレティシアを手に入れたいと思っている。その紛れもない事実をこうもハッキリと指摘されては、ぐうの音も出ない。

それでも、アシュリーはレティシアに対して嫌悪感など微塵も抱かなかった。



「…君という人は…勿論否定はしないが、理由は他にもある」



アシュリーは、レティシアの隣にゆっくりと腰を下ろす。





──────────





アシュリーが商店でレティシアを見た時、飾らない美しさと高貴な色合いの瞳が目についた。

その後、珍しい言語を理解する能力の高さに驚かされる。


女性であるため残念ながら自分の側には置いておけないが、自国へ連れ帰り仕事を与えてみてはどうか?…そんな思いが湧き上がったところで、あの出来事が起きた。 



「私は、レティシアの語学力を高く評価している。何事もなくカプラの実の受取りを済ませていたならば、君を引き抜きたいとオーナーに即交渉していただろう」


「…え?」


「見ての通り私は貴族だ。妙にへりくだった態度を取られたり、過度に怯えられてしまう場合も少なくない。だから、誰に対しても物怖じしない君の姿に好感を持った。

客への対応や言葉遣いは丁寧で、人に話を上手く伝える伝達力も優れている。それに…トゲの刺さった私を放置しなかった。レティシアは、親切で行動力のある人物だよ」


「…………」


「つまり、何が言いたいかというと…喉から手が出る程に欲しい人材なんだ。君なら、貿易の盛んなラスティア国で活躍してくれる。私はそう見込んで……レティシア…?」



アシュリーは話の途中で俯いてしまったレティシアに気付いて、少々無粋な行為だと思いながらも顔を覗き込んだ。



「…なぜ…泣いている…」


「……は…伯爵様の言葉が…胸に染みたからです…」


「…本当か?私の話が何か気に障ったのでは…」


「…いいえ…」



今のレティシアの人格を形成する土台となっているのは、前世の記憶。しかし、その記憶も時折霞んで途切れてしまい…自分を見失うことがある。


アシュリーの言葉は、そんな不安定で古い記憶を一瞬鮮明なものにした。


『ズケズケと物を言うな』『奥ゆかしさが足りない』

上司に度々叱責を受けた日々。語学を学んで、外国の人と交流をしてみたいと留学を決めた気持ち。“有栖川瑠璃”として生きていた懐かしい記憶に刺激を受けて、涙が頬を伝い落ちる。



(伯爵様は、私をちゃんと見てくれていた)




    ♢




アシュリーは、待ち望んでいた運命の人にやっと出会えたというのに、率直な想いを示すことがひどく難しいと感じていた。


レティシアをラスティア国へ連れて帰りたいと思うあまり…強引に話を進めようとして、嫌な思いをさせたのかもしれない。頬に手を伸ばし、涙で濡れた目元を優しく拭えば『いいえ』と弱々しく首を振る。


潤んだ青い瞳と無防備な表情は、儚くて物憂い。守ってあげたくて堪らない衝動に駆られたアシュリーは、胸に引き寄せ両腕で包み込んだ。



興奮して熱い血が脈打つ心臓は、爆音を鳴らして激しく飛び上がった。





──────────





「…あっ…」



レティシアは、突如としてアシュリーに抱き寄せられる。

今まで女性に触れて来なかったアシュリーの予想外の行動に、レティシアの涙もどこかへ引っ込んでしまった。



(…え…伯爵様のドキドキがすごい…)



今まで、元・兄ジュリオンに散々抱き締められてきたせいか、貴族の正しい触れ合い方と距離感がレティシアにはよく分からない。

強く拘束したり身体を擦り寄せることもなく、ただじっと大切に囲って胸を貸す…純粋に慰めようとするアシュリーの精一杯の行為に好感を覚える。



(…あれ?…これは…)



香水を振った直後かと思うくらいに、強く爽やかな香りが辺りに漂う。ベッドと同じ匂いに思えた。


香りの元を確かめたくなったレティシアは、アシュリーの胸の中で一度スンッと空気を嗅ぐ。香りを強く吸い込むと、不思議と気分がいい。続けてクンクンと嗅いでみる。



「…っ……んっ…?!」



腕の中のレティシアの髪や鼻先が、首筋にわずかに触れてこそばゆく感じたアシュリーは、弾かれたようにパッと背を反らす。

しかし、レティシアの伸ばした手が逃げたアシュリーを追いかけ、後ろで束ねられた藍色の長い髪を掴んだ。




    ♢




アルティア王国では、髪は魔力の象徴。

強い魔力を持つ者は、安易に髪を切ったり他人に触らせたりはしない。


何も知らないレティシアは、その髪に触れてしまった。



アシュリーの身体の奥深くにある、魔力の源がビリビリと痺れ出す。

得も言われぬ快感。どこかがむず痒くてもどかしいのに逃れられない。形容し難い高揚感が一気に押し寄せてきて、思わず声を漏らす。



「…クッ…」


「…やっぱり…髪から強い香りがする…」


「…っ…か、香り?!」



アシュリーのことなどお構いなしのレティシアは、ゆっくりと髪の香りを嗅いだ後にぼんやりそう言って頷く。


レティシアが髪を手放した時には、アシュリーの顔はもう真っ赤になっていた。







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